とりあえずそこに座りまショータイム?


「蕗くん? とりあえずそこに座りまショータイム?」


 数少ない映画文化研究部の活動日。

 いつも通りに理科実験室に足を運ぶと、珍しくまだ映画を見始めていない雲母坂部長がまた変なことを言っていた。

 

「なんすか? 面接?」


「ダムシット! いいから。座るべし」


 奇妙な口調のせいでわかりにくいが、どうやら雲母坂部長は少し怒っているようだ。

 神妙な面持ちで、俺のことを見つめている。

 心当たりが全くない。

 なんとなく面倒臭そうな雰囲気だけを感じ取っていた。


「蕗くん、うちは君に失望した!」


「え? なんで?」


 びしっと勢いよく指をさすと、若干唾を飛ばしながら雲母坂部長は俺に失望したことを告げる。

 そもそも何の期待をされていたのかすらわからないが、なんか、すいませんって感じだ。


「うちはつい偶然、目撃してしまったのだよ。だよ。だよ。だよ」


「どうして、だよ、のとこ何回も言うんすか?」


「そこはどうでもいいじゃろがい!」


 いや、普通に気になるけど。


「うちは見てしまったのだよ、蕗くん、君が可愛らしい女子生徒のことをナンパしている、とこをね」


「あー」


 なるほど。

 そこまで話を聞いて、やっと内容が見えてきた。

 完全に柊さん案件のことだ。

 まさかこれほど早く雲母坂部長に知られることになるとは思わなかった。

 というか、いつ見られたんだ?

 近くにいた覚え全くないんだけど。


「まあ、そうっすね。部長には言わないとな、は思ってました」


 と言いつつ、本当は伝えるつもりなんてこれっぽっちもなかった。

 なぜなら、どうせすぐに別れることになるから。

 でもこうなっては仕方がない。

 仮初ではあっても、俺が雲母坂部長とは異なるステージに辿り着いてしまったという、残酷な事実を伝えなくてはならない。


「俺、彼女できました」


「蕗くん……っ!」


 俺の一言を聞いて、雲母坂部長は色素の薄い瞳を大きくする。

 数秒、フリーズする時間。

 そして一度、強く目を閉じると、その人は覚悟を決めたようにして俺を真っ直ぐと見つめるのだった。


「このバカちんがあああああ!!!!!」


「え? なにが?」


 唐突なバカちん呼ばわり。

 困惑に俺は首を傾げることしかできない。


「蕗くんに彼女ができるわけないじゃろがい! しかもうちが見たとき、どう見ても嫌がってたっつってんの!」


「めちゃめちゃ失礼すぎる!?」


 全否定された。

 ただ嫌がっていたという点に関しては、一理どころか百里あるのであまり強く否定できない。


「い、いやいや、まじなんですって。俺、彼女できたんすよ。その嫌がってたように見えたのは、まあ、気のせい的なアレというか、シャイな子なんで」


「はあ〜、クソでか溜め息」


 クソでか溜め息の部分を口で言うな。


「まさか蕗くんがこんな限界ギリギリ犯罪者予備軍系男子高校生だとは思わなかったぜよ。どこで育て間違えたのかしら」


「誰が限界ギリギリ犯罪者予備軍系男子高校生だ」


「じゃあ何かそういうデータあるんですか?」


「は?」


「証拠見せてみぃ証拠を!」


 証拠?

 柊さんと俺が付き合ってる証拠?


「証拠って、たとえば?」


「うーん、じゃあ、ライン見せてよ」


「え?」


「本当に付き合ってるなら、甘々のベトベトの恋人トークをしてるはずでは?」


 チャカリ、と自らの眼鏡に指を当てると、腹の立つドヤ顔を雲母坂部長は見せてくる。

 終わった。

 まさか、部長程度に一瞬で詰まされるとは。


「あー、それは、ちょっと、えー、プライベートなので……」


「おや? おやおやおやおやおや? 変ですねぇ? まさかとは思いますが、連絡先すら、知らないということはないでしょうねぇ?」


 誰だよこのネットリ右京さんモドキは。

 しかし俺はこの低クオリティ探偵に追い詰められている。


「残念ですよ。蕗くん。君とは仲良くなれると思っていたのに。ええ」


 ぽん、と俺の肩に手を置くと、一粒も流れていない涙を雲母坂部長は拭う。

 信じられない敗北感だ。

 俺の方はリアルに泣きたくなってきた。


「要するに、校内でナンパに失敗し、連絡先すら交換してもらえなかったということですね。ええ。ええ。お察しします」


「勝手に察するな。いや、違うんすよ。本当に俺は——」


「蕗くん! もういい! もう、いいんだ……」


 慈しみに溢れた瞳で、雲母坂部長はゆっくりと首を横に振る。

 全然よくない。

 何もよくないぞ。


「君はもう十分戦った。もう、楽になって、いいんだ」


 勝手に敗北者に仕立て上げられた俺に対して、雲母坂部長はすっとスマホを取り出すと、なぜかラインのQRコードを表示させる。


「女子に飢え過ぎた君に、少しでも恵みを与えようじゃないか」


「……」


 何となく意図を察した俺は、もう色々面倒臭くなって、雲母坂部長のQRコードを読み取った。

 よく考えれば、別に本当に付き合ってるわけでもないし、そこまで必死に否定するようなことでもない気がしてきた。


「ほら、超絶美少女の連絡先だよ? これで少しは、救われるだろう」


 俺は苦笑する。

 自分で超絶美少女とか言うなよ恥ずかしい。



「……いらねぇ」


「ああん!? 東京湾に沈めたろかクソガキがよおおおおおんん!?!?」



 でも、雲母坂部長なりに俺を慰めようとしてくれているのはわかったから、スマホに表示される“ゆずぴ”とかいう名前に対して、ありがとうございます、と一言トークを送っておいた。

 




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