そんなに嬉しそうな顔するなよ?



「そんなに嬉しそうな顔するなよ? 柊さん?」


「げ」


 おい。

 げって今言ったぞこの子。

 当然のように今日もやってくる下校時間。

 色々諸々様々な事情で柊という名の、まるでよく知らない女子生徒を待ち伏せしていると、顔を見合わせた瞬間露骨に嫌そうな顔をされる。


「ほら、帰ろう、俺の彼女の柊さん」


「……うん。わかってるよ」


 うんざりしたような表情で、今日も柊さんは溜め息をつく。

 割とこの子容赦ないよな。

 俺にも心あるんだぞ。

 今度いきなり目の前で泣きじゃくってやろうかな。





 また学校から離れ、弓削の生息地から無事離れることに成功した俺たちは、そこでどちらともなく安堵の息を吐く。

 平和の象徴である鳩が道の反対側から歩いてきて、俺と柊さんは同時に二人とも道を譲る。


「というか今更だけど、柊さんと弓削ってどんな関係なんだ? いじめられてんの?」


「……本当に今更だし、高橋くん。すごいストレートに聞いてくるね」


 嘘だろこいつ、みたいな顔をしながら柊さんは俺の方に目線を送る。

 おそらく元はと言えば、俺が適当に彼女欲しいから紹介してくれと弓削に言ったせいで、柊さんがこのような状況になっていることは想像がつく。

 しかし、なぜ柊さんがその大外れくじを引かされる役目になったのかまではわからなかった。


「一応、友達、だよ」


「一応、ねぇ」


 含みがすごい。

 一応に含まれた意味深がマリアナ海溝だ。


「べつにいじめられてるとかは、ないよ。ただ、その、あんまりわたしは三智花ちゃんに強く言えないというか」


「ふーん、なるほどねぇ」


「……なんか、わかった風な顔してる」


「まあ、大体わかるよ。俺、柊さんの彼氏だからね」


「……」


 うっわ、キッモこいつ、みたいな顔で柊さんは俺をジト目で睨みつける。

 これはこれで、アリかもしれない。

 俺は高校生二年生にして新しい世界を拓きつつあった。


「という冗談は置いといて、まあ大体予想はできるよ。弓削ってなんか、支配的な奴だからな。気強いし、自分の思い通りにならないとすぐ不機嫌になるし、目立ちたがり屋というよりかはお姫様体質って感じで、自分ファーストだからな」


「え、うそ。すごい。高橋くんって、三智花ちゃんのこと、よく知ってるんだね。他の人が、特に男の子がそんな風に三智花ちゃんのこと言うの初めて見た」


 ずっと伏目がちだった目を大きく見開いて、柊さんは驚きに口を半開きにさせる。

 そういえば弓削は外面がめちゃくちゃいいんだったな。

 やれやれ、困るぜ。

 俺をそんじょそこらのモブ高生と一緒にしないで欲しい。

 と、学校一のモブが学外でドヤ顔しておりますありがとうございます。


「もしかして、高橋くんって、三智花ちゃんの元彼さんだったりするの?」


「は?」


 するといきなり柊さんが、至極真面目な顔で猫もひっくり返るほどの予想外の言葉を放つ。

 俺が弓削の元彼?

 なんて危険思想。

 そんな発言弓削本人に聞かれでもしたら、殺されるぞ。俺が。


「いやいやいや、どう考えてもそれはないでしょ。俺と弓削だぞ?」


「でも、なんか仲良さそうっていうか、二人だけの空気感みたいなの、ちょっと感じたし。そもそもわたしにいきなり彼氏つくらせてあげるって言って、高橋くんを紹介したのも、元々なんか知り合いみたいな感じってことじゃないの?」


「知り合いっていうか、あいつの彼氏が俺と友達だから。それ繋がりだよ」


「藤田くん? あ、もしかして名前を誰も知らない藤田くんの親友って、高橋くんのこと?」


「なんだその世にも奇妙な呼び名は」


 都市伝説じゃないんだから。

 顔も名前も覚えられていない、謎の藤田の親友という概念扱いやめてくれ。


「まったく彼氏の名前も知らないなんて。彼女としてちゃんと広めておいてくれよ」


「うーん、えと、嫌、かな」


「はっきり嫌って言った!」


「……ふふっ」


 チクチクどころかトゲトゲ言葉を使って俺を刺す柊さんは、可愛らしく控えめに笑う。

 俺の彼女役という拷問を受けている中で、一瞬でも楽しんでもらえて何よりだ。


「じゃあ、俺はそろそろ行くわ。今日も悪かったね」


「あ、高橋くん」


「ん? なに?」


 そして再び別れ道に差し掛かる。

 本来の帰り道に戻ろうと、俺が横に曲がろうとすると、なぜか柊さんは俺を呼び止める。

 なんだろう。

 急に一発殴りたくなったのかな。


「高橋くんの下の名前、なんていうの?」


「……ふきだよ。高橋蕗」


 柊さんのつぶらな瞳の中で、瞳孔がわずかに動く。

 どうしていきなり俺の下の名前が気になったのだろうか。

 本当に広められても困るんだけど。


「そっか。いい名前だね。高橋蕗くん」


 そして何か大切なものをしまうように、ゆっくりと一度俺の名前を呼ぶ。

 柔らかな風が、柊さんの前髪を揺らし、いつもは隠されている可憐な顔がよく見える。



「それじゃあ、高橋くん。またね」


「うっす。またね、柊さん」



 小さく手を振ると、柊さんは踵を返してそのまま道を歩いていく。

 俺はその小柄な背中を見送りながら、想う。


 言われてみれば、俺も柊さんの下の名前、まだきちんと教えてもらっていない。


 またね。


 このまたねは、長くは続かない。

 


 最後のまたねまでに、名前を教えてもらわないとフェアじゃないな、なんて思ったり思わなかったりした。

 

 

 



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