君が俺の彼女の柊さんだよな?



「君が俺の彼女の柊さんだよな?」


 否が応でも過ぎ行く時間。

 放課後の下駄箱で、俺は前髪の長い少女に向かって、俺はバカみたいな言葉をかける。

 小柄で細身、伏せがちの視線は決して俺の方に向けられることはない。


「え、あの、その、えと」


「よし。じゃあ、帰ろっか」


 有無を言わせず、俺は柊さんを手招きして下校を促す。

 なんとも心が痛すぎるが仕方がない。

 少し離れたところか、邪悪に微笑んでいる弓削がいるので仕方がない。

 まずはあいつの視界から消えるのが最優先だ。


「ほらほらほらほらほら」


「わ、わかったから。ちょっと待ってください」


 柊さんの目と鼻の先で高速手招きを見せつけ、煽る。

 そこまでしてやっと柊さんも覚悟を決めたらしい。

 靴を履き替えて、俺と一緒に下校するという耐え難い現実を受け入れてくれたみたいだ。


「ほら、帰ろう、俺の彼女の柊さん」


「……うん」


 心底不服そうな顔で、柊さんは頷く。

 わかってはいても、心が泣いている。

 控えめそうな印象だけど、すごい感情に顔に出るなこの子と思った。





 学校から離れて、弓削はもちろん周りに同校の生徒がいなくなったことを確認してから、そこで俺はやっと肩の荷が降りた気分になる。

 わかってはいても、中々心的にハードな作業だ。

 それほど長くこの状態を続けるつもりはないが、それでもうんざりした。


「……あの、その、高橋くん」


「ん? なに?」


 すると、校門を抜けてから沈黙を保っていた柊さんが緊張した様子で喋りかけてくる。

 なんだろう。

 愛の告白かな。


「実は、高橋くんに言わないといけないことがあって」


「ああ、わかってるよ」


「え? そう、なの?」


「うん。俺のことが好きだってことでしょ。この前聞いたよ」


「ちっ、違う! そうじゃなくて、えっと、まあそのことについてなんだけど」


 ちょっと軽く揶揄ったら、尋常ではない勢いで否定されて内心へこむ。

 柊さん、そんなに大きな声出せたんだね。

 出会ってから一番声量出てたよ。

 知らなかったよ。

 知りたくなかった。


「冗談だよ。この前の告白が弓削に強制的にさせられたもので、本当は俺のこと好きでもなんでもないって話でしょ。知ってる」


「あ、その」


「本気で柊さんの彼氏ぶるつもりはないから安心してよ。そもそも、こっち全然俺の家の方向じゃないから、もう俺も帰るよ。とりあえず下校のタイミングの最初の方を合わせてれば弓削は満足するからさ」


「でも、高橋くんにわたし」


「いいって。巻き込んだのは俺のせいでもあるから。ていうか状況はわかってるって、この前言わなかったっけ? まあ、いいや。一旦こんな感じで誤魔化しに付き合ってもらうけど、近いうちになんとかするから、ちょっと待っててよ」


「あ、うん、あ、ありがとう」


 ペラペラと捲し立てる俺の勢いに押されたのか、柊さんは若干引いている。

 いや、引くなよ。

 つらいだろ。


「じゃあ、また明日」


「……うん。また明日」


 また明日。

 その言葉が酷く憂鬱で、俺はため息を吐く。

 


『蕗! また明日!』



 同じまた明日という台詞でも、言う人によって全然変わるもんなんだな、と柊さんとは反対方向に道を曲がりながら俺は思った。





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