俺にまるで絡んでこない彼女
そこに愛はあるのか?
「本当にそこに愛はあるのか?」
まだクラスメイトもまばらな平日の早朝。
しばらく体調を崩していた藤田が神妙な顔で、俺を見つめていた。
やっと帰ってきたか。
嬉しい半分、変な気まずさがあるのも確かだった。
「何だよいきなりCMみたいなこと言い出して」
「彼女、できたんだって? 全然そんな気配なかったのに。ずるいぞ。僕に内緒で」
「何もずるくないだろ。それにお前にはちゃんと報告したし」
「え? そうだっけ?」
「やば。熱で記憶飛んだ?」
「……やっぱ直接言ってもらわないとな。それ以外は全部ノーカウントだ」
自分のミスを絶対に認めないパワハラ上司みたいなことを言いながら、藤田が俺の隣の席に座る。
病み上がりだっていうのに、熱量が凄い。
また体調悪くするんじゃないかと心配になった。
「そもそも誰なんだよ」
「何が?」
「お前の彼女って」
「柊さんだよ」
「柊さん? そんな子このクラスにいたっけ?」
「いや、クラスは違うと思う」
「何組?」
「……わからん」
「は?」
「そういえば知らないわ」
「そんなことある?」
「あるんだなこれが」
お前の彼女のせいでね、とまでは言わない。
弓削のやったことはさすがにやりすぎだと思うが、そのことを伝えるタイミングは今ではない。
「どんな子なんだよ?」
「何が?」
「何がって、その柊さん」
「どんなって言われてもなあ。実はまだあんまり話してないからな」
「は? 話したこともないし、どこのクラスかもわかんない子を好きになったのか?」
「待て待て。お前は一つ、重大な前提を勘違いしている」
「勘違い?」
「俺は告白した側じゃない。告白された側だ」
「なん、だと……?」
最近読んでいた死神代行漫画の主人公みたいな驚き方をして、藤田が珍しくその整った相貌を歪ませている。
驚きすぎだろ。
この世で俺を一番過大に評価しているはずの藤田でさえこの有様。
一体他の普通の奴らには俺はどんな風に見えているのか怖くなった。
「俺のどこに惹かれたんだろうなぁ。やっぱりこの素敵すぎる性格かなぁ。モテるもんなぁ俺って」
「……」
「お願い。突っ込んで。泣いちゃうから」
変な空気を変えようとボケたら普通にスルーされて余計に変な空気になった。
勘弁してくれよ。
どうせ俺の彼女(仮)との関係は長く続くものではない。
「……まあ確かに、蕗っていい奴だもんな。ちょっと、のんびりしすぎたかもな」
「へ?」
しかし、悲しそうな表情で藤田が席を立ち、俺は呆気に取られてしまう。
おいおい待て待て。
このスベり散らかした状態で俺を置いていくな。
「彼女ができても、僕と友達のままでいてくれるか?」
「……当たり前だろ。大体お前も彼女いるじゃん」
「ははっ。たしかに。ありがとな、蕗。ちょっとだけ、安心したよ。少なくとも、僕はね」
俺と藤田の関係性。
弓削が言っていたように、放課後はもう一緒に帰ったりできなくなるかもしれない。
だけどそれ以外は何も変わらない。
変わらない、はず。
「頑張れよ、蕗。まあ僕も、頑張ってみるからさ」
そのまま藤田は自席に戻っていく。
残された俺は、逃げるように頬杖をつく。
俺の親友に何を頑張る必要があるのかは、わからない。
俺は自分の彼女になった柊さんのことをよく知らない。
だけど友人である藤田のことも、結局よく知らないままだった。
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