おめでとうって言った方がいいよね?



「とりあえず、おめでとうって言った方がいいよね?」


 自分の部屋に飾ってあるホワイトボードの前でチョコミントアイスを食べていると、藤田から電話がかかってきた。

 風邪気味だからなのか、いつもより小さく聞こえる声。

 開口一番に発せられたその言葉。

 祝いの理由には想像がつく。

 なんともお喋りな彼女さんだ。


「……とりあえず、ありがとうって言った方がいいか?」


 俺が素直に感謝を伝えると、そこで藤田は沈黙する。

 さすがに柊さんの俺への告白が、弓削によって仕組まれたものってとこまでは知らないはずだ。

 それにしては、なんかイメージとは違う反応だな。

 藤田のシンプルな性格だったら、もっと素直に明るい感じでくると思っていたのに。

 やっぱり身体の調子が悪いからだろうか。


「というか、そっちの風邪の調子はどうなんだよ。まだ悪いのか?」


「え? あ、うーん。そうみたい」


「そうみたいってなんだ。他人事だな」


「ふふっ。そんなことないよ。あんまり普段病気にはならないんだけどね。一度体調崩すと、結構重めっていうか、長引くタイプなんだよね。小さいときからずっとね」


「そうなのか。まあ、なんだ。早く戻ってこいよ。みんな寂しがってる」


「蕗以外が?」


「なんでだよ。俺が一番寂しがってるに決まってるだろ」


「ほんとに? ぼくがいない間に彼女つくってるのに?」


「それは……たまたまだよ。というかむしろ、お前がいないからまである」


「どういうことだそれは」


「ほら、いつもは藤田がいるから、ほかの女子が俺に近寄れないだろ? 実は昔からモテモテだった説」


「それはない」


「断言やめて。泣きたくなるから」


「ふふっ。冗談だよ。でもそうなんだ。そんなに日中も蕗と一緒にいるの?」


「いるだろ。わりと。最近の風邪って記憶までなくすのか?」


「ふーん、そうなんだ」


 アイスをそこで俺は一口食べる。

 爽やかなチョコミントの風味が、鼻を抜けていく。

 

「……てか蕗、なんか食べてる?」


「チョコミント」


「チョコミント? あの歯磨き粉の?」


「全然違うわ。むしろチョコミントほど美味い歯磨き粉があるなら教えて欲しいね」


「ぼく、あんま食べたことないかも。美味しい?」


「めちゃうまい」


「今度食べてみようかな」


「食べてみろ。とぶぞ」


「ふふっ。そういうミント?」


「今度帰りにコンビニでもよるか」


「だね」


 ふざけたことを言えば、いつものように藤田は笑う。

 べつに俺に彼女ができたからといって、俺たちの関係が変わるわけじゃない。

 その、はずだ。


「……でも、もうあんま、一緒に帰れないか。彼女さん、いるんだもんね」


「……あー、それは、まあ、たしかに」


 藤田が続けたその言葉に、俺はうまく言葉を返せない。

 べつに、彼女ができたことを忘れていたわけじゃない。

 さらにいえば、今のこの仮初の恋人関係を本気にしてるわけでもない。

 俺と柊さんの関係は、そこまで長く続くものではないと理解しているから。

 ただ、それでも、俺は今更考えてしまっただけだ。



「じゃあ、もう、電話切るね。あんま長く喋っても、あれだし。おやすみ、蕗」



 ああ、おやすみ、と俺が言葉を返せば、そこで電話が切れる。

 俺が考えてしまったのは、ずっと未来の、あるかもわからない仮定の話。


 いつか、本当に俺に彼女ができたとして、俺と藤田の関係は変わらないだろうか。

 俺とあいつはただの仲の良い男友達。

 変わらないに決まっているのに、変な胸騒ぎがして仕方がない。


 変化を怖れているのは、俺の方なのかもしれない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る