わたしと付き合ってくれませんか?
「わたしと付き合ってくれませんか?」
そうきたか。
まさかここまでやるとはさすがの俺も予想していなかった。
俺の目の前では、額がすっぽり隠れるほど長い前髪をした少女が顔を伏せて、気まずそうに視線をちらちらと動かしている。
「うわぁ! よかったね、
そのどことなく内気そうな少女の隣では、
どこで俺の連絡先を知ったのか。
いきなり放課後に呼び出された時点で嫌な予感はしていたが、想像の斜め上だ。
藤田はいまだに風邪を引きずって休み続けている。
この窮地を脱する方法は何一つ思いつかない。
「それでぇ、たかはしくん、返事は?」
どこかお腹でも痛いのか、梅ちゃんと呼ばれた少女は両手を固く握りしめたままもう何も言わない。
その横で弓削が、猫科を思わせる瞳で俺を真っ直ぐと見つめている。
同世代の女子からの告白。
本来ならこれほど嬉しいものはないが、今の俺の頭の中に浮かぶのは、厄介なことになったという徒労感だけだった。
もちろん、俺はこの梅ちゃんなる女子のことは全くもって知らない。
というか、彼女の方も下手をしたら俺のことを知らないのではなかろうか。
どれだけ俺が頭の中が年中ハッピーセットの男子高校生でも、この告白が純粋な気持ちから生まれたものじゃないということはわかる。
なにどう好意的に解釈しても、弓削が仕組んだものとしか思えない。
いったいどんな弱みを梅ちゃんなる女子が弓削に握られているのかはわからないが、とにかく強制的に俺をあてがわられているのは確定的に明らかだ。
彼女が欲しいから紹介してくれとは言ったが、むりやり女子一人ひっぱてきて告らせろとは言ってないぞ。
「へ、ん、じ、は?」
何度も弓削にブチ切られて続けてきたかいあって、こいつが今苛立ってきているのがわかる。
一見、いつものにこにこフェイスだが、僅かに眉がぴくぴくと痙攣している。
こいつがイライラしている時のサインだ。
「そうだな。俺の答えは……」
こんな見え見えの茶番、本来なら今すぐうるせぇと一言切り捨ててこの場を立ち去りたいところだが、そうした場合、一つ問題が生じてしまう。
それは、この梅ちゃんなる少女が、このインオブインのチーズ界の王である俺にフラれるというあまりにもな不名誉を負ってしまうということだ。
俺は女子の世界には、詳しくない。
しかし、俺にフラれる、しかもべつに好きでもなんでもない相手というのが、梅ちゃんにどれほどのダメージを与えるのか想像できてしまう。
下手をすればこれがトラウマとなり、恋愛恐怖症のようなものになってしまうかもしれない。
どう考えても、梅ちゃんは悪くない。
完全に巻き込まれてしまっているだけだ。
今ここにいる三人の中で、唯一傷ついてはいけないのが、彼女だ。
「……もちろん。イエスだ。これからよろしく、梅ちゃん」
そして俺は答えを返す。
梅ちゃんは驚いたように伏せていた顔をあげて、信じられないといった表情で目をまばたきさせていた。
その隣では弓削が一瞬目を見開くと、すぐにいつものぱっと見可憐な笑顔に戻る。
「わー! おめでとー! これで今日から二人、仲良しカップルだね! お幸せにー!」
ぱちぱちと、わざとらしい拍手をすると、そのまま弓削は俺の横を通り過ぎてどこかに行こうとする。
俺は通り過ぎる一瞬、その腕を取り、耳打ちをする。
「……いくらなんでもこれはやりすぎだろ、弓削」
「……触んな。キモい」
しかし弓削は俺の手をすぐに振り払うと、足早にこの場を去っていった。
まったく、なんなんだあいつは。
さすがにこれは、俺も俺で手を打たないとだめそうだな。
まったく面倒なことになった。
弓削なんていつでもどうにでもなると思って放置してたけど、ちょっとのんびりしすぎたか。
「あ、あの」
「ん? ああ、ごめんごめん。悪いね、面倒なことに巻き込んで。大丈夫。だいたいどういう状況かはわかってるから」
「え?」
「なんとかするから、ちょっと待ってて」
「あ、そ、その、なんか、ごめんなさい」
「べつにいいよ。梅ちゃんは悪くないから」
気まずそうに俺に話しかけてくる梅ちゃんに、俺は心配はないと手を振る。
この子自体は悪い子じゃなさそうなのが、むしろ罪悪感を煽る。
さて、まずは、どこから始めるか。
「……高橋くん、それで、その一つだけいい?」
「なに?」
俺が考え事を始めようとすると、梅ちゃんは若干申し訳なさそうな顔でこちらの様子を伺う。
「その、梅ちゃんって呼び方、やめて欲しい。わたし、苗字は
「あ、はい。ごめんなさい」
「ごめん。変な意味じゃないんだけど」
「いえいえ、こちらこそ初対面なのに馴れ馴れしくてすんませんした」
なんだろうと身構えたら、ただの名前で呼ぶのNGのお知らせだった。
「……もう、帰っていいよね?」
「あ、はい。いいっすよ」
そして、ごめん、とまた謎に謝りながら梅ちゃん改め柊さんは小走りで去っていく。
取り残されるのはなんの変哲もない男子高校生が一人。
カー、カー、と烏だけが遠くから俺を祝ってくれている気がしなくもない。
なにはともあれ、俺に人生初彼女ができましたとさ。
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