理解のある彼くん欲しすぎん?



「理解のある彼くん欲しすぎん?」


 理科実験室の隣にある備品室で、いつの間にやら種類を増やしている映画のブルーレイディスクを眺めながら、雲母坂部長が呟いている。

 いつもハイテンションな部長にしては珍しく気落ち気味で、片手でスマホを適当にいじくり回していた。


「理解のある彼くんってなんすか」


「知らんの? メンヘラ女子の激しい情緒不安定な言動にも、おおらかな心で接してくれる穏やかな性格の男性のことやで」


「部長ってメンヘラだったんすか」


「いやいやいや、うちは違うけどさ。あーいう、深夜に急に電話してきて、今すぐきてくれないと死ぬとか騒ぐような面倒な女子に彼氏がいて、清廉潔白令和の卑弥呼と呼ばれるうちに彼氏ができないのっておかしくないすか、って話なんよ」


 令和の卑弥呼って、言うほど清廉潔白なのか。

 いまいち部長が持っている卑弥呼のイメージがよくわからない。


「そもそも、部長って彼氏とか欲しかったんですね」


「まあ、多少はね?」


「友達すらいないのに」


「うおおおい! そこ! 正論やめろぉ!」


 ただの頭のおかしな人だと思っていたが、意外にも部長にも普通の感性があったらしい。

 しかしこんな、悪い意味でうるさい人と付き合う人は、たしかにその理解のある彼くんとやらでしか対応不可な気がしなくもない。


「だってうちもう高三だし、このまま恋の一つや二つ知らないまま卒業していくなんて、寂しすぎん?  やだ〜、うちもキュンキュンしたい〜」


「駄々こねないでください。埃舞うんで」


 あざとく両腕をぶんぶんと振り回して、ジタバタとする高校三年生。

 小学校低学年くらいまででぎり許されるような行為をされても、なんだこいつとしか思えなかった。


「部長ってどんな人がタイプなんですか? まだ夏前だし、こっからギリ間に合うかかもしれないし」


「タイプ? ん〜、悩むなぁ。わりと普通でいいんだけど」


「普通ね」


「見た目は塩顔系で、うちの趣味を否定しない人で」


「はあ」


「あとはピアノが弾けて、数学が得意で」


「ん?」


「そつなく運動はできて、女姉妹のいない長男かな」


「おい、待て待て。注文細かすぎんだろ」


「なんか蕗くんの近くにいない? そんな感じの細マッチョイケメン」


「しかもまだ微妙に条件増やしてる!」


 だめだこいつ。

 彼氏つくる気ないだろ。

 普通の意味を全くわかっていない。


「いませんよ、そんな奴。いたとしても、部長そいつと釣り合うんですか?」


「釣り合うとか考えてんじゃないよアンタ! 心をまっすぐハートで決めろ! 大事なのは気持ちでしょうが!」


 なぜかシャドーボクシングをしながら、部長は無駄に通る声で叫ぶ。

 大事なのは気持ちか。

 それはたしかに一理ある。


「まあ、気持ちが大事なのは俺もそう思いますけど、実際、誰か好きになったこと部長ってあるんですか?」


「んー、ぶっちゃけない」


「だめじゃん」


「だってそもそも、男友達すらろくにいないんだよ? 誰かを好きになるとか無理じゃろがい」


「告白されたこともない感じすか?」


「お、やんのか?」


「草」


「草生やしてんじゃねぇーぞ小僧!」


 どうやら俺の想像以上に、部活外の部長は寂しい高校生活を送っているらしい。

 俺も他人のことは全く言えないため、これ以上部長をおちょくるのはやめておこう。

 なぜなら全てがブーメランで返ってくることを理解しているからだ。


「まあ、そういうとこは、似たもの同士っすね」


「悲しい部活すぎる。やっぱりうち、入る部活間違えたのかしら」


「俺は、楽しいっすけどね」


「……それはよかったけどさ」


 俺は改めて、部長の顔をまっすぐと見つめてみる。

 特徴的なマッシュルームヘアーに視線がいきがちだが、顔の造形自体は整っている。

 性格こそ若干やかましいが、話していて楽しいし、きっと出会いやきっかけさえあれば、簡単に彼氏くらい作れるのだろう。


「な、なんだよ蕗くん。じろじろ見るな」


「部長って……」


「な、なんだよ!」


 あまり人に見つめられることに慣れていないのか、インドア派丸出しの真っ白な肌をみるみるうちに赤くして、分かりやすく部長は恥ずかしがる。

 こういうところは、女子っぽくて、可愛いのにな。

 なんてことは、捻くれている俺は、絶対に直接本人には言わない。



「磨けば光りそうっすよね」


「……まじ何様なんこいつ? 処す? 処す?」



 憮然とした表情で中指を立てる部長を見て、俺は思わず笑ってしまう。

 つられて笑う雲母坂部長は、なんだかんだで生意気な俺を許してくれている。

 

 たぶん、大丈夫だ。


 この人には、いつかきっと、理解のある誰かが現れてくれる。

 それに相応しい人だと、俺は思った。

 

 

 

 

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