モテる男はつらいねぇ?


「モテる男はつらいねぇ?」


 困った、困ったと、全く困ってなさそうな呑気な調子で呟く藤田は、綺麗なフォームのアンダーハンドトスでバレーボールを弾ませる。

 体育の授業で、今は二人組を作ってバレーボールのパス交換をしているとこだ。

 こういう二人組作成のくだりで、藤田が迷わず俺のところに来てくれることは、正直めちゃくちゃありがたい。


 藤田とは違うクラスだった一年生の頃は、本当にこの時間がきつかった。

 あたりをキョロキョロと見渡しながら、じわじわ周りが二人組をつくっていくあの時間。

 今思い出しても、ゾクゾクするぜ。


 同じぼっち属性強めのやつと強制的に組まされるか、担任の先生と組まされるかの二択の過去。

 彼にやたら絡まれることで、幾つか学生生活に不都合が生じているのは確かだが、それでも助かっている事の方が遥かに多かった。


「つらいのは結構だが、本当に弓削ゆげのことは頼むな? 段々あいつの苛立ちが強くなってる気がするんだよ。このままじゃ梅雨明ける頃には、お前の彼女前科持ちになってるぞ。高橋蕗傷害罪だ」


「なんか自分専用の犯罪みたいでかっこいいな」


「どこがだよ。どういうセンスしてんだお前」


 俺の下手っぴなオーバーハンドトスで飛ばされたボールを、藤田は軽やかな動きで拾うと、ぴったり俺の頭上にパスをし返してくる。

 こいつたしか、運動は外部のテニスクラブに入ってるだけのはずなのに、なんでこんなバレーボール上手いんだ?

 イケメン彼女持ち運動神経良し、勉学得意って。

 欲張りすぎだろ。

 もしかして、あまりに人生が楽勝すぎて、あえて俺と友達になるという縛りプレイしてるんじゃないか?


「まあ、たしかに、今年度から三智花とは違うクラスになっちゃったからなー。だけど代わりに電話とか増やしてんだけどな。もっと電話した方がいいのか?」


「いやいや、そういう問題じゃないんじゃないか? なんつーか、蔑ろにされてる感覚っていうか、大事にされてる感、みたいなのが足りないのでは?」


 と、いっちょ前に彼女いない歴イコール年齢のクソザコチギュがほざいております。

 恋愛のアドバイスする側の人間じゃないことくらいわかっているので、あんまりそこいじらないでください。


「んー? そうか? 大事にしてるんだけどなぁ。普通に好きだし」


「その好きで大事な彼女放っておいて、俺と一緒に帰ったりしてるのがまずいんだろ」


「べつに放っておいてないよ? 蕗と帰るって言ってあるし」


「言えばいいってもんじゃないんだろ。知らんけど」


「まじ? 女心は難しいな。でも蕗と過ごす時間を減らすわけにもいかないしなぁ」


「いやいや、いくだろ。たしかに俺は群からはぐれた子羊系高校生だけど、ここは日本だ。野犬はいない。そんなに心配しなくても大丈夫だぞ」


「べつに蕗を心配してるわけじゃないよ。蕗と一緒にいるのは、こっちの都合だから」


 至極真面目な顔で、藤田はそう言い切る。

 断固として俺に絡む頻度を減らすつもりはないらしい。

 愛されすぎてつらい。

 藤田の考えを変えるより、護身術とか習った方が根本的解決になる気すらしてきた。


「てかそもそも、僕と一緒にいる時、三智花そんな感じじゃないんだけどな。蕗と一緒に帰るって言っても、わかったー、みたいな感じであんま気にしてなさそうだし。そもそも、蕗の考えすぎなんじゃね? 困るよ蕗。自意識過剰は」


「待て待て、いやこれガチだから。リアルガチ。お前は弓削のことをわかってない」


「お、なんだなんだ。彼氏の僕より、三智花のことを理解してるって? 言うねぇ、この色男め」


「ちがっ! そういう意味じゃなくてだな……」


 あの猫被り女。

 無駄に外面がいいせいで、この切迫感が藤田に伝わらない。

 というか彼氏相手にも、やっぱりあの素のヤカラ姿は見せてないのか。

 そこまで隠してるなら、俺に対しても隠し切って欲しいよな。


「……あ、でも待てよ、一つ、いいアイデアが浮かんだぞ」


「ん? なんだよ色男。言ってみ?」


 しかし、ここで俺に天啓的思いつきが舞い降りる。

 藤田は絶対に俺と一緒に帰りたい。

 弓削はもっと藤田と一緒に過ごしたい。

 

 なら、三人で一緒に帰ればいいんじゃね?


 天才すぎる。

 美男美女カップルにくっついて歩くのは、色々な意味でシンドイものがあるが、命には代えられない。

 それに実際に俺と藤田が絡んでる時の弓削の負のオーラを目の当たりにすれば、こいつも事の重大さに気づくはずだ。

 これだ。

 これしかないだろ。


「今度さ、試しに俺と藤田と弓削の三人で帰ろうぜ」


「え?」


 俺の完璧すぎるアイデアに度肝を抜かれたのか、いつもは飄々としている藤田の顔が驚愕で染まる。

 だが、しばし考え込むようにして、頭上に飛んできたバレーボールをキャッチすると、藤田は難しい顔をしながら首を横に振った。


「……いや、それは無理だな」


「なんでだよ。いいじゃん」


「すまないけど、無理」


「恥ずかしいのか? 大丈夫。変な茶々とかいれないぞ」


「それだけは、まじで無理なんだよ。悪いな」


 これまでで一番の断固拒否。

 有無を言わせない強い圧を感じる。

 どんだけ嫌なんだよ。


 でも珍しいな。

 そういう照れとか、あんまり藤田ないタイプだと思ってたのに。


 もしかして、弓削と二人っきりになると、むしろ藤田の方がキャラ変わる系?



 まあそもそも、よくよく考えたら弓削側にも拒否られそうだし、仕方ないか。

 


 

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