ウホッ! こんなにいい男、我慢できますか?



「ウホッ! こんなにいい男、我慢できますか? いいやできない!」


 ハァハァと鼻息荒く、薄暗い理科実験室の黒板に映し出された映像を、ある一人の女子生徒が食い入るように眺めている。

 中肉中背で、丸メガネの顔はよく見れば整っているような気がしなくもないが、ぱっと見の印象は地味の一言。

 そんな彼女の視線を追い、プロジェクターに映し出された顔は甘いマスクなのに身体はバキバキゴリマッチョが、フゥン!フゥン!と言いながら筋トレをするシーンを眺めながら、俺は校内の自販機で買ったコーラをごくごくと飲む。

 やっぱ映画にはコーラだろ。

 異論は、あんまり認めません。

 月一くらいで認めます。



「……部長って、ほんとマッチョの裸好きですよね」


「チョイチョイチョイイイイ!!!! 語弊ありスギィ! べ、べつにうちはマッチョの裸が単体で好きなわけじゃないですから! 悲哀と宿命を背負った戦う男の背中に惹かれるってだけだから! バックグラウンドありきだから! そこ! 勘違いしないでもろて!」



 そしてこの華の女子高生とは思えないほど、汚らしく唾を飛ばしてなんだかよくわからないことをオタク特有の早口で捲くしたてるの彼女の名は、雲母坂柚きららざかゆず

 俺の所属する映画文化研究部の部長で、ちょうど俺は今まさに週に2回しかない部活動に勤しんでいるところ。

 数少ない、藤田のいない放課後だった。


「だってなんか、部長が選ぶ映画、絶対ちょっと少年っぽさのあるイケメンゴリマッチョ出てきません? 完全に物語じゃなくて、肉体美と顔の好みで選んでますよね?」


「パアアアアア! ぬぁにぃ言っちゃってんのって感じ! うちがそんな低俗な理由で映画をセレクトするわけないじゃろがい! 蕗くんは何もわかってない。わかってなさすぎて、雲母坂柚十七歳、バリ困惑」


 サブカル丸出しのマッシュルームヘアーを、雲母坂部長はヘドバンかと思うほど強く揺らす。

 最初この部活に入った頃はさすがに、このあまりに強烈なキャラクターにやや、というよりはめちゃめちゃドン引きしたが、さすがに二年生になった今ではもう慣れた。


「そういう蕗くんだって、いつも選ぶ映画偏ってるじゃんかよ」


「え? そうすか? 俺はわりとバリエーションに富んでるってか、ホラーからアクション、SF、ラブロマンスまでなんでも見てるつもりなんすけど」


「デュフフ! ジャンルはたしかに結構色々だけど、蕗くんの選ぶ映画には、ある共通点があるんだよ? もしかして自分で気づいてないゾイか?」


「共通点? ありますかね、そんなの」


「あるんだな〜、これが! それはね、蕗くんの選ぶ映画のヒロインっていつも、似たような雰囲気なんだよ。だいたいいつも、なんかこうクール系で飄々とした、モデルっぽい感じの美人が出てくるんじゃ。オッフ。完全に性癖だゾイ」


「いつもころころ変わる部長の語尾の中でも、そのゾイってやつ、なんかめちゃ不快ですね」


「お? 図星ぞ? 図星ぞ?」


 ジョンレノンみたいな丸眼鏡をきらきらと輝かせて、雲母坂部長は得意げにニヤつく。

 なんだよこのキノコヘッド調子乗りやがって。

 レットイットビー耳元で歌ってやろうか。

 だがクール系で飄々とした、モデルっぽい感じの美人か。

 心当たりがありすぎて恥ずかしいな。


「部活やめたろかな」


「ちょま! それだけはまじ勘弁! 反則! ただでさ部活存続の危機なんだから! せめてうちが卒業するまではやめないでけろ!」


「卒業した後はいいのかよ。清々しいくらいに自己中だなこの人」


「この時間がうちの学校生活の中の数少ないオアシスタイムなんだよぉ! 頼むよフキエモン!」


「部長、友達少なそうすもんね」


「フッ、虎は群れない」


「そういうとこだぞ」


 この映画文化研究部の部員はたった三人しかいない。

 俺以外には、この癖の塊でしかない雲母坂部長と、あと一年生が一人いるだけ。

 もっとも俺と部長は週二の部活動に真面目に顔を出しているというか、他にやることないというか、とにかく皆勤賞を続けているが、もう一人の後輩くんはだいぶ不思議ちゃんなので、きたりこなかったりという感じだった。


「あれ、でも、よく考えたら、クール系で飄々としてモデルっぽい感じの美人って……」


 すると、何か閃いたかのように、雲母坂部長が目を瞬かせる。

 嘘だろ。

 さすがに俺の対イケメンストーカーキャラって、他学年には伝わってないよな?

 俺は若干の怯えを隠しながら、雲母坂部長の次の言葉を待つ。


「まさかうち——」


「ではない」


「この映画文化研究部の部長である——」


「だけは絶対ない」


「雲母坂柚十七歳——」


「ということだけは決してありえない」


 ほんとふざけないでほしい。

 全然、次の言葉待つ必要なかった。

 被せ気味で否定しまくると、雲母坂部長は不満そうに下唇を突き出して、ドピュッ! ドピュッ! という効果音を唐突に叫んで、俺を睨みつけてくる。


 なんでそれで威嚇になると思っているのか。

 謎すぎるだろ。


 意味わからんし、この人絶対アホだと思った。

 



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