なんかアンパサンドって美味しそうじゃない?



「なんかアンパサンドって美味しそうじゃない?」


 俺の普段の苦労を知ってか知らずかというか知ってくれてないと困るんだが、今日も放課後の帰りに藤田はどこからともなく現れてついてくる。

 というかなんだって?

 アンパンサンド? 

 アンパンをさらにサンドイッチしたのか? 

 小麦粉の割合多くね?


「アンパンサンドだかアンサバサンドだか知らんが、そんなことよりお前の彼女のこと本当にどうにかしてくれ。まじでこのままだと俺いつか四肢のうちの一つくらい奪われるぞ」


「アンパンでもアンサバでもなくて、アンパサンドね。というか餡に鯖って、どう考えても美味しそうじゃないでしょ。それでぼくの彼女ってなんの話?」


「なんの話じゃないんだよなんの話じゃ。俺が藤田とこうやって一緒に帰るたびに、お前の彼女が俺に対してヘイトを溜めてるんだよ。たまにはこの愛しの俺から離れて、弓削ゆげと一緒に帰ってやったらどうだ?」


「んー、そう言われてもなー。ぼくにとっても蕗と一緒に過ごせる時間は貴重だし、放課後をとられるのはきついんだけど」


「まじでお前ってなんでそんなに俺のこと好きなの? ほんとに言葉選び気をつけてね? 刺されるから、俺が」


「まあ、わかったよ。よくわかんないけど、蕗に迷惑がかかってるっぽいなら、一度話してみるよ」


「それわかってんだかわかってないんだかどっちなんだよ」


 藤田は不服そうだが、どうやら弓削の説得はしてくれるらしい。

 というかなんで不服なんだよ。

 恋人と友人の両立をするタイプなのはわかったが、それにしても俺に対する偏りが大きい気がする。

 基本的に友達の少ない俺としては嬉しいのは本音だが、それでもさすがに彼女より俺を優先するのはあまりよろしいことではない気がする。

 というか弓削も弓削だぜ。

 こんな彼女のことほっぽりまくる男のどこがいいんだ? 

 顔か? やっぱり顔なのか?


「前から疑問だったんだけど、お前と弓削ってなんで付き合ってんの? 本当にあいつのこと好きなの?」


「うん? さあ、なんでだろうね。でも好きなんじゃない?」


「なぜに疑問系?」


「まあ、そのぼくの彼女とやらの話はいいからさ、アンパサンドの話しようよ」


「どんだけアンパサンドについて語りたがってんだよ」


 心底興味なさそうな声色で、藤田は自身の大事な彼女である弓削の話を打ち切る。

 なんだか一周回って弓削が可哀想になってきた。

 見た目だけならかなり美少女な弓削をここまで雑に扱えるのは、少なくともこの街じゃ藤田だけだろうな。


「ちなみにアンパサンドって言われたら、蕗はどんなのを思い浮かべる?」


「そうだな。なんか発音があんバターサンドに似てるから、やっぱそういう餡子とバター挟んだパンみたいな感じ?」


「ブッブー!」


「……なんだこいつ」


 俺の顔の前に人差し指と人差し指でばつ印をつくると、小学生みたいに嬉しそうに藤田は奇声を上げる。

 よくわからなんが、何かを俺は間違えたらしい。

 というかいつからクイズ形式になったんだよ。

 どんなのを思い浮かべるかなんて、俺の自由だろ。

 正解も不正解もあるか。


「実はアンパサンドは、そもそも食べ物じゃありません」


「お前が最初美味しそうとか言ったんだろ」


「それはひっかけです」


「日常会話にひっかけを用意するな」


「でもめっちゃ食べ物っぽい名前だよね」


「サンドってついてるから、普通にサンドイッチの一種だと思ったわ」


「まあぶっちゃけ、ぼくも最初はそう思った。だからこの話題を蕗にもしてみたんだー」


「自分が引っかかったから、俺も巻き込んだのか?」


「うん。ちょっと面白かったから、蕗と共有しようと思って」


「嬉しいような、嬉しくないような」


「喜んでよ」


「はい。じゃあ、喜んどきます」


「うぇーい」


「う、うぇーい」


 ご機嫌な藤田と謎にハイタッチ。

 それなりに一緒に過ごす時間が長くなっても、いまだに藤田は読めない。

 弓削の気持ちが少しわかってきた気がしなくもない。


「それで? 結局アンパサンドってなんなんだ?」


「アンドゥー」


「は?」


「アンドゥー」


「え?」


 なにこいつ。

 急に会話が通じなくなった。


「ごめんちょっと会話してもらっていい?」


「だからさ、アンドゥーの意味でよく書くマークあるじゃん?」


「ああ、アンドゥーってアンドのことか。発音良すぎだろ。あれだよな? なんかドルマークみたいなやつ?」


「そうそう、あの8(はち)みたいなやつ」


「それがなに?」


「あれ、アンパサンドっていうらしいよ」


「まじ?」


「まじ」


 あ、そうなんだ。

 あのアンドを意味する記号に、そんな正式名称があったなんて知らなかった。

 なんか普通に感心してしまう。


「たしかに、ちょっと面白いな」


「でしょ? やっぱ蕗に話して正解だった。この感動を分かちあえてよかった」


 藤田はご満悦そうに口角を上げて、俺のことをキラキラとした瞳で見つめている。

 興味深い話を教えてくれて何よりだが、一つだけ気になることがあった。


「……ちなみにそれ、俺以外の誰かに伝えた? たとえば弓削とか」


「ううん。とりあえず蕗に最初に話そうと思ってたから、まだ誰にも言ってないよ」


 爽やかにあっさりとそう言い切る藤田に、俺はまた心が揺れそうになる。

 

 ふぅ。

 まじで危なすぎる。


 こいつが男でよかったー。

 

 


 

 

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