ちょっと二人っきりになれるとこ、いこ?
「たかはしくん、ちょっと二人っきりになれるとこ、いこ?」
無事学生の本文をこなし、帰路につこうとしたその瞬間、後ろから甘ったるい声が聞こえる。
聞き覚えのあるその声に、俺は辟易しながらも、緩慢な動作で振り返る。
そこにいたのは、身長約150cmほどの小柄な女子生徒。
ビー玉でも詰め込んでんのかよ、と言いたくなるようなまん丸で嘘みたいにキラキラしたはっきり二重の大きな瞳。
ぷっくりとした唇は薄桃色で、全体的に童顔なわりに通った鼻筋。
髪先が軽くカールしたゆるふわボブは、都会っぽいオシャレさと清楚な可憐さが共存している。
それでもボディラインはしっかりとしていて、艶っぽい女性らしいスタイルをしている。
最悪だ。
見つかってしまった。
俺はその非の打ち所がない美少女を醒めた目つきで眺めながら、見せつけるように大きな溜め息をつく。
「……あー、すまん弓削。俺、いまから部活だから——」
「部活文化系なのに外履履いてるの? それにたかはしくんは映画文化研究部だよね? たしか活動日は月、金のはず。今日、水曜日だよ? それとも課外活動でもするの? でも部活動で外に行くなら顧問の先生も同行しなきゃだよね? どこにいるの?」
舌足らずで幼い印象を与える喋り方なのに、めちゃくちゃ早口で滑舌が良い。
捲し立てられた俺は余裕で脳のキャパオーバーを起こし、馬鹿みたいに口を半開きにするのみ。
にこにこと、俺を口で圧倒した美少女は純粋無垢な笑顔を浮かべているが、その裏側から底知れぬ圧を感じる。
俺の友人である
もっとも、中学時代は一回も喋ったことないけど。
「それじゃ、いこっか?」
そして弓削は、俺に一切の返答をさせることもなく、勝手に俺の内履きを下駄箱から取り出すと、俺の方に差し出すのだった。
※
「なあ、
場所は変わって、屋上に続く階段の最上階の踊り場。
鍵が固くかけられた屋上扉の前で、俺は思いっきり胸ぐらを掴まれた状態で、ドスの効いた声を浴びせられていた。
この俺を恫喝するうら若き女子高生の名は、弓削三智花。
数分前まで、わたしすいーつだいすき! みたいなポワポワした雰囲気で振る舞っていたあの天使のような美少女だ。
普段の彼女の姿しか知らない人がこの光景を見たら、あまりの豹変っぷりに、同一人物だと認識できないかもしれない。
「小雨くんに付きまとうのやめろって、言ったよなあ? あ? なんとか言えよこのウスノロが!」
「……いやだから、毎回言ってるが、俺じゃなくて、藤田が俺に近づいてくるんだ。不可抗力だよ。俺から一切話しかけないようにしても、あいつからやたら絡んでくるんだよ」
「パチこいてんじゃねぇぞ、ゴミハシ。小雨くんみたいな陽キャイケメンが、お前みたいな存在が性犯罪の腐りかけチー牛に自分から絡みにいくわけねぇだろ」
信じられないくらい口が悪い。
顔の可愛さとか関係なく、女子高生にここまで罵倒されると普通に泣きそうになってくる。
「藤田にきいてみろって」
「頭悪りぃな、カスハシは。小雨くんにきいても、あの人優しいんだから、グロハシのこと悪く言うわけないじゃん。ちっとは考えてからもの喋れや」
というかもう口悪いとかいう次元じゃなくないこの子?
もう本職なんですがこれは。
今度から姐さんと呼んだ方がいいかもしれない。
「お前みたいなミジンコモドキのせいで、私と小雨くんの時間が奪われてんの。おわかり? わかったかって聞いてんだよウジハシおい!」
「わ、わかったって、わかったから、落ち着けって」
「これが落ち着いてられるかってんだよ! クラスのみんなに本妻が高橋で、弓削は愛人じゃねってからかわれる私の気持ちが、お前みてぇなグズにはわかんねぇだろうなぁ!?」
俺のネクタイを掴んで、がんがんと弓削が揺らしてくる。
その際、弓削と俺の距離が縮まり、彼女の豊かすぎる胸部が身体にぶつかる。
あ、柔らかい。
男子高校生の煩悩は制御不能だ。
どんな状況でも、常にご機嫌で隙あらばタップダンスを踊ろうとする。
だが、これはあまりよくない。
いくら口が地上波NG級に悪くても、こいつは俺の友人の大切な彼女だ。
友人の彼女の
「お、おい、弓削、ちょっと待て」
「あー!? そのくせぇ口で私の名前を気安く呼んでじゃねぇぞ! 豚の頭でも突っ込んで黙らせてやろうか!? ああん!?」
豚の頭突っ込んで黙らすってなに。
発想が怖いよ。
スプラッター映画のキラーだろこいつ。
「その、大変言いづらいんだが」
「だから黙れって言ってんだろ!? 耳ん中に大グソでも詰まらせてんのかあ!?」
「当たってる」
「あああ!?」
「だから、当たってる」
ピタリ、とここでやっと弓削の動きと口が止まる。
ゆっくりと自らの胸の辺りと俺の身体の距離がゼロになっている地点を見たあと、ひゃんっ、とかいう謎の鳴き声をあげて俺の首元から手を離し距離を取った。
これまでの勢いが嘘のように黙り込んだ弓削は、顔をタラバガニみたいに真っ赤にして、ぷるぷると子犬のように全身を震えさせる。
「……ころす」
そして俺の方を涙目でキッと睨みつけた後、殺害予告だけを残して、ぱたぱたと足早に階段を駆け降りて行った。
ふぅ、やれやれだぜ。
俺は誰も見てないのに、無駄にハードボイルドを気取って、ぐちゃぐちゃになったネクタイを溜め息混じりに整える。
まあ、冷静に考えて、自分より10cm以上背の低い女の子に首絞められてボロクソに言われてる時点で、ハードボイルドもくそもないんだが。
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