ウー、サギ?

黒星★チーコ

◆拾ったかぐや姫に恋をした女の話


 ウーちゃんを拾ったのは去年の春だった。


 その夜の合コンは大ハズレでさっさと解散。1人で飲み直そうと今まで何回か入った事のあるバーに立ち寄ってみたら、カウンターの奥でグダグダになっていたのがウーちゃんだ。


 一目見て、気になってしまった。

 艶のあるサラサラのストレートヘア。薄暗い店内でもわかる白くて綺麗な肌。赤く、濡れたような唇。華奢なのに背が高くて手足が長くて外国人かと思うようなスタイル。グダグダになっていても美しい横顔。

 そして何よりも。アンニュイに伏せられた長い睫の下に見え隠れする透き通ったべっこう色の瞳。


 バーカウンターにもたれかかり、お酒をあおる姿は映画のワンシーンのようだった。


「ヒロシのばかぁ~~~!! 女を連れ込むなんて最っ低!!」


 思わず話しかけ荒れていた理由を聞くと、同棲していた彼氏の浮気が発覚し、ウーちゃんは家を飛び出してしまったのだそうだ。

 こんなに美しい恋人を置いて浮気するなんて信じられなかったが、男とは案外そんなものかもしれない。


「じゃあ、新しい家が決まるまでウチにくる?」


 同情もあったが、それだけで初対面の人間にこんなことを言うほど私もお人好しではない。

 今にして思うと、多分もうこの時から惹かれていたのだと思う。


 ◆


 ウーちゃんは桜沢 卯月さくらざわ うづきと名乗った。

 何だか漫画や小説のキャラクターみたいな名前だなと思ったが、水商売だと聞いてああ源氏名か、と腑に落ちた。

 同時に、私の目を捕らえて離さない美しさも腑に落ちたが、それは私の勝手な思い込みだった。

 ウーちゃんの美しさは生まれつきもあるのだろうが、それ以上に努力の上に積み上げたものだった。


 朝は白湯とヨガから始まり、野菜とフルーツの朝食を摂り、美顔ストレッチとマッサージ。その後美容パックをしながらお皿洗いや掃除機がけなど家事をする。家事が終わればパックを剥がし、丁寧なお肌のお手入れとメイク。

 夜は絶対に糖質を摂らない。仕事柄帰りは深夜だけど、時間があれば半身浴。無くてもシャワーと共に丁寧にメイクを落とし、パックをしながら夜のストレッチとマッサージとお客さんへの御礼や営業の連絡。終わればまたしっかりとお肌のお手入れ。休みの日にはこれに加えランニングと通院と野菜中心のお総菜の作り置きまでやる。


 これを当たり前に淡々とこなしていくウーちゃんを見て、今まで私は美人じゃないから……と言い訳したり美人に軽い嫉妬をしていた自分が恥ずかしくなった。


「ユキ、朝は食べないとダメよぉ」


 ウーちゃんは住まわせてくれる御礼にと、私のご飯も作ってくれた。お陰で体調もすこぶる良いし、たまに荒れていた部屋もいつも清潔になった。

 あまりに快適で「ずっとウチに居ていいよ」と言ったらウーちゃんは笑顔になったが、それは苦さと切なさが混ざったような笑みだった。


 ◆


 ウーちゃんはサービス精神旺盛な方だと思う。

 お店の衣装にバニーガールもある、と聞いて「見たい!」と私がリクエストしたら、お店からウサギの耳のカチューシャを借りて帰ってきてくれた。

 ふわふわのピンクのウサギの耳はウーちゃんに良く似合って、名前も卯月だし、いつか本当にウサギ人間になって月に帰っちゃうんじゃないかな。あ、月に帰るのはかぐや姫か。それも似合うな……なんて、私はチューハイ片手にバカな連想をした。


「ウーちゃん、ハグして」

「ウーちゃん、一緒に寝たい」


 そう言うと、いつもウーちゃんは私の要望を聞いてくれた。だけどこの二つを組み合わせたお願いは聞いてくれなかった。

 ベッドの中で抱き合いたい。ウーちゃんのサラサラの髪に、長い腕に、良い匂いに包まれて眠りたい……そう思うのに。


「なぁにぃ。甘えんぼさんね。でもダ~メ」

「なんで? なんでダメなの?」


 本当に甘えるように口を尖らせて言ってみたら、ウーちゃんは微笑んだ。


「だって私の事好きになっちゃうから。私とベッドで抱き合った子は、みぃんな私の事を好きになったわ」


 その微笑みには、恋も、友愛も、情愛も、勿論性の臭いも無かった。ただ聖母のような慈愛だけが満ち満ちていた。

 でも、もう手遅れだよ。ウーちゃん。


 ◆


 ウーちゃんは私には聖母のような面を時々見せていたが、だからと言って私もバカみたいに本物の聖母や聖人だと思ったことはない。

 何故ならウーちゃんはお客さんに時々店の外でお金を貰っていたから。


「ウーちゃん、それサギでしょ。結婚サギ!」

「えぇ~? ウソは言ってないも~ん」


 私の言葉にウーちゃんは透き通った茶色い瞳をくるり、と回した。

 多分わかってやっている。この綺麗な綺麗な瞳を見てしまうと、こちらは魂を吸い込まれるみたいな気持ちになって言葉が続かない。


「……もう! そうやって結婚サギのカモ達も今まで有耶無耶にしてきたんでしょ!」

「だからサギじゃないってばぁ。可能性の話だも~ん」


 ウーちゃんにはどうしても叶えたい夢がある。その為に今はお金を必死に貯めている。だからカモ達に「夢が叶ったら貴方と結婚できる可能性もあるのに」と言ってお金を出させていた。

 これを結婚サギと言わずして何というのか。私はとてもムシャクシャした。


「……じゃあ私と結婚する可能性もあるのね?」


 言った瞬間にしまったと思った。でも口が動くのを止められない。


「私……一生懸命働くよ。いっぱいお金を稼いであげる。ウーちゃんの夢を叶えてあげる……」


 ウーちゃんのべっこう色の瞳が揺れている。きっと私の何の変哲もない黒い瞳も揺れているんだろう。


「ユキ……」

「誤解しないでよ!? こんな事を言うの、ウーちゃんだけだよ? 私、そんな趣味があるんじゃないの。今までだって付き合ったのは、全員普通の男の子ばっかりだったし……!」


 どうしよう。ウーちゃんが困ってる。困らせたくないのに。ウーちゃんを好きなだけなのに。笑っていてほしいのに。


「ユキ……ごめん」

「謝んないでよ!!」


 謝るのはイコール拒否だ。そこは聖人みたいに誠実に対応して欲しくなかった。さっきみたいに茶色い瞳をくるりと回して有耶無耶にしてくれれば良かったのに。


 ◆


 結局、私はフラれたけど一年間一緒に暮らした。

 そして、ウーちゃんは私に対しては最後まで誠実だった。

 パスポートに記載された「SAKURAZAWA」「UZUKI」の文字を見た時に、何一つウソなどついていなかったと知ったのだ。


 私はその文字をそっと指でなぞり、その下に指を滑らせた。

「M」の文字を。


「これが、もうすぐFになるんだね」

「うん。やっと夢が叶うよぉ。ユキが一緒に暮らしてくれたお陰~」


 ウーちゃんは、来週タイに行く。そこで女性になる手術を受けるのだ。


「行ってらっしゃい」


 私はそれだけしか言わなかった。見送りもしないし必要以上に素っ気なくした。


 ◆


 ウーちゃんは月に帰る。光輝く美女のかぐや姫として、本来在るべきところに還るのだ。

 ウーちゃんが女になったら、女である私とは結婚できない。ううん、それ以前にウーちゃんは最初から私を恋愛対象に見てはいなかった。

 私は取り残されたおじいさんおばあさんのポジションでしかない。幾ら足掻こうが、月の使者に弓を引こうが止められはしない。


 それならば。

 いっそのこと引き留めもせず、冷たくしてやるのだ。もしかしたら追えば逃げるウサギも、こちらが興味の無いフリをしていれば向こうから歩み寄ってくるかもしれないから。


 空を翔る白い機体を見上げながら「あそこにウーちゃんが乗ってるかも」なんて考えている私じゃ、帰国したに冷たくし続けるなんて無理かもしれないけれど。

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