第42話 委員長、爆発

(委員長side)


 わたしは、変わらず、工場に監禁されている。


 縄で椅子にしばられていただけれど、今は、地面に転がされている。手足の縄も結ばれたり外されたりしており、常についているのは腰縄だけだった。

 最悪な行為を行うには、そちらのほうが良いのだろう……。


 すでに目隠しは外されて、視界は確保されていた。周囲の様子がわかる。下卑た男たちが、わたしの体をなめるように見ている。

 だから、目隠しを外したのだろうか。

 男たちからしたら、顔を見ないと、満足感がないのだろうか。

 最悪な人たち……。


 捕縛術はならっているし、その逆もしかり。

 手足が自由ならば、腰縄なんて、一瞬で解くことはできる。でもそれは、密室などに、一人で捕まっていて、監視役がいない場合の話だ。


 周囲には、男性が5名。

 すべて忍者だろう。ゆえに、腰縄がほどけても、すぐに囲まれる。

 さらに気配を探れば、工場の入り口や、なにかの機械、小さいコンテナの影にも、五名ほど、感じる。つまり、総勢十名に囲まれているのだ。

 逃げ出そうとした瞬間に、抑えつけられて終わるだろう。


 唯一の対抗手段は、色恋の術だけど、人数が多すぎる。

 この術は、対象者からの視線を、わたしの体に集める必要があるし、なにより単体効果の術である。このような、集団戦では扱いにくく、催眠効果も分散して、弱くなる。


 どちらにせよ、遠くから監視している忍者がいる以上、わたしの色恋の術は警戒されているのだろうし。


 詰んだ。

 詰んでいる。

 誰も助けは来ない……。


 それに、もう遅いのだ。

 すでに、痴態をさらしているのだから……。


 わたしは、体を抑えつけてくる男の手から逃げるように身を捩ると、ちいさく叫んだ。


「もう、やめて……おねがい……!」


 周囲の男と、中心の柳が、愉快そうに笑った。


「っは! さっきまでの威勢はどうした! もっと叫べよ、いやだーってよ! たすけてー彼氏〜! でも、もう遅いんだよぉ! 彼氏が権利書もって、こっちにくるころには、お前のプライドもがたがただろうからなあ!」


「うう……」


 恥ずかしさから、涙がでてきそうだった。


 わたしは忍者であり、くノ一だ。数百年前から、我々のような存在は、拷問を受けることはあったらしいし、性別によって、その内容も変わったという。


 わたしは、そっち方面の訓練を受けたことはないし、彼氏もいないから、そういう経験はない……でも、それが忍者一族に生まれたうえでの定めだというなら、受け入れられると信じている。


 でも、これだけは……これだけはイヤだ……!

 わたしにだって、見せたくない部分はある……!


 涙目のわたしのことなど、意にも介さず、柳は、部下に次なる指示を出した。

 先ほどから、わたしは、指示がでるたびに怖くなる。次は、なにをさせられるの?


 柳は真面目な顔をしながら、身ぶり手ぶりで、部下に説明をつづけていた。


「だから、ちがうよ。おい、つぎのは、さっきとちがって、こうやって、手を頭の上にさせるんだよ。腕の縄はつけるなっての! ほどいたら、腰の縄はしっかりと持っておけばいいんだから! 俺等はごまかせても、縄はソフトで消すのだりいんだよ!」


 部下の男が、わたしの腕をつかんだ。


「い、いやっ、痛いっ」


 抵抗するが、相手の腕が太すぎて、びくともしない。

 わたしの両手はそのまま垂直にひっぱりあげられた。

 わきの下が、相手に見えるぐらい、まっすぐに。バンザイみたいだ。


 ああ! またこれだ! 人質のわたしがいうのもなんだけど、絶対に指定されているポーズではない!

 これじゃあ、ただ、半裸で手を挙げているだけの、馬鹿な女だ! 恥ずかしい!


 腕っぷしはつよいが、要領は悪い男が、自信満々に話す。


「できました、ボス」


 柳は、叫んだ。


「できてねえよ、ばかやろう! それじゃあ、ただの万歳だろうが! 手が、うさぎの耳にみえるみたいに、頭付近で、あげるんだよ! 頭のうえに! かわいらしく! こうだよ! こう! かわいいだろ!?」

「は、はい! すみません! こうですか!」

「あほーーー! それじゃあ、オワッタ感じの顔文字と同じ角度だろうがっ、オワらせてどうすんだよ! うさぎの耳になるように、手をあげるってのはこうっつてんの! こう!」

「それにしてもボス、うまいですね……ポーズ」

「そりゃおまえ、色々と研究してるからな。撮影会にいきゃ、夜の帝王ヤナギさまって呼ばれてるんだぜ」

「さすがっす」

「へへ。よし……じゃあ、とにかく耳無しバニーガール、自分の手で恥ずかしげに耳をつくるシチュ、いくぞ」

「はい! ボス!」


 とうとう、わたしの目から涙がこぼれた。


「ああ! やめて!! なんて下劣な会話なのよ! 馬鹿がする会話じゃないの!! 巻き込まないで……!」

「うるせえ女! でも、涙目で、目が赤くなってるのは、うさぎちゃんみたいでポイント高いぜえ?」

「うう……何を言っても聞かない馬鹿だった……」


 柳の言う通り、わたしは今、うさぎの耳のついていない、バニーガールの恰好をさせられていた。これが最初ではなく、4回目の衣装替えだった。


 着替えはどうしたのかといえば、腕の縄を一時的にほどかれて、腰にロープを結ばれた。

 それから衣装を渡されて「早着替えは得意だろうが。早くしろ」とせかされた。たしかに、色恋の術を得意とするわたしは、早着替えも得意であるし、同じ忍者としては、そのぐらいできることは、バレていた。


 わたしは男たちに囲まれながら、独自の早着替えの文言「疾風!」と唱え、バニーガールの衣装を完璧に着こなした。

 さらに、あろうことか、色恋の術の時の癖で、衣装をお尻に食い込ませ気味に着替えてしまった……。さっきのセーラー服のときも、下着を食い込ませてしまった……わたしも同じバカになりかけているの……?


 そのあとは、この通りだ。


 女が男を誘うときにするような、羞恥心もへったくれもない媚びた変態的ポーズをとらされている。

 もちろん、わたしの顔と体は、柳のやけに高そうな一眼レフカメラで撮影をされていた。


 ほかにも、セーラー服で、脱ぎかけのポーズ。

 メイド服で、スカートを捲し上げるように。

 犬耳をつけた尻尾つきのビキニ姿で、ちんちんのポーズまでとらされた……。


 なんて、ひどい行い。


 ぶっちゃけ、忍者同士で腹を殴りあうなんて、相手の力量をはかる挨拶みたいなものだ。暴力ですらないと感じる人も多い。

 でもこれは――これは、暴力よりもひどい、精神的暴力だ!


 気力をそがれたが、わたしはそれでも、叫んだ。


「もうやめて! こんなバカみたいなポーズ、我慢できない! わたしにも忍者としてのプライドがある!」


 柳がにやにやとしながら言う。


「色恋の術だって同じだろうが。男に媚びて、相手を操作するんだからよ。まあ、これだけの人数がいれば、お得意の術も、効果はないだろうがな」

「もうやめて……」


 シャッター音が響く。


「今度は、ケツをつきだして、四つん這いだ!」

「はい、ボス!」

「お前がケツをだすんじゃねえよ!! モデルにださせんだよ!!」

「すみません、ボス!」


 そのとき、焦って移動させようとする男の指が、わたしの太ももの内側にふれた。少しだけだ。


 柳が、カメラをさげて、怒る。


「おい、てめえ! 女の変なところ触るんじゃねえぞ! コンプラがうるせえからな! 見えちゃいけないところがでてないかも、確認しろよ! 修正がめんどうくせえからな!」

「コンプライアンス、了解です、ボス!」


 なんでそんな素晴らしい観点を持ってるのに、女の腹を殴れるのよ……だから体育会系忍者の価値観って嫌いなのよ……。


 抵抗むなしく、わたしは、レンズに向けて、無理やりお尻を突き出させられた。

 しかも、足を開かれて、腰をあげ、上半身は地面へぺたりとつける感じだ。


「これはさすがに無理っ! 卑猥すぎる!」


 わたしは逃げようとしたが、腰を振るだけで、動くことはできない。


「うるせえ! 色恋と同じだっつってんだろ! 場合によっちゃ、あっちのほうがひでえだろうが!」

「あれは技法よ!? 鍛え上げた術式発動の動きよ! これはただの卑猥なポーズじゃない!」

「はあ!? てめえ、全国のグラビアアイドルに謝れクソくノ一がっ! おい! さっさと、もっと足を開かせろ! この画像データを使って、てめえのデジタル写真集を作ってやるからなあ! それをMAMAZONで売ってやる! あたらしいシノギのネタになりやがれ!」

「いやあああ! やってることがスゴイちいさくて、いやあああああ!」

「売れたら、即売会、顔見せ売り子販売……そのあとは、ヘイヨーチューブLIVEで変態ポーズLIVE……! お触りは厳禁だから安心するんだな!」

「普通にいやあああああああああ!」


 こういうやつに限って、タイトルに『くノ一』とか使っちゃうバカなんだから!


 柳は、にやりと笑った。


「デビュー写真集のタイトルは決めてある……。『くノ一のイケない早着替え』。どうだ、いけるだろう」


 ほら! センス最悪じゃん! くノ一だってバレたら、わたしの人生終わる! いや、バレないだろうけど、それはそれで、最低な写真集だ。


 こんな辱め、想像していなかった。

 この世界に、ここまでセンスの悪い、みみっちい拷問があるなんて、知らなかった。

 

 正義のくノ一になりたかったのに、これじゃあ、脇役にもなれない。ただのお代官様に襲われる町娘だ……まあでも、相手が景山君ならいいけど……はっ!? 景山君には、今のわたしは、絶対に見られたくない!


 わたしはポツリと呟いた。


「男たちにお尻をつき出している姿なんて、見られたら、お嫁にいけないよ……」


 周囲の男たちが、顔を見あわせる気配がした。

 柳が戸惑ったように言う。


「いや、だからさ? 何回も言ってるけど、色恋の術のほうが、エグいときあるだろ……? あれ、端から見てると、痴女だぞ、痴女」


 わたしは、噛みつかんばかりに反論した。


「うっさいわね! エグい、エグいって、男どもの表現、なんなのよ! エグいパンツだって、装備の一つなんだからね! ああいうの、常に持ち歩きながら生きてるくノ一の大変さ、ホントわからないバカばっか! だから忍者が衰退してくのよ!」

「うるせえな! さっさと撮られろ! つぎは、金色のビキニに、鎧兜つけさせるからな!」

「マニアックすぎて、もういや! たすけてええええええ!」


 なんて、言い争いをしていても、わたしは、尻をレンズに向けさせられている。


 ああ、本当にこんな姿、見せられない。

 景山君には絶対に見せたくない――。


 その時だった。


「ぐあああああっ!?」


 声がしたかと思うと、定規で線を引いたみたいに、まっすぐ、人がふっとんできた。

 壁にぶつかると、止まり、下にずり落ちていく。


 まるで漫画みたいな動きだった。

 わたしも、柳も、囲む男たちも、それを視線で追ってから、ふっとんできた方向に、一斉に向き直る。

 



「な、なんだ!? どうした!」


 柳が叫ぶ。慌てる。

 部下たちが意味も分からずに警戒する。立ち上がる。

 わたしはそれでも、お尻を突き出させられている……。


「……いや、なんでよ。はやく解放しなさい」


 わたしを抑えつけている男が、混乱しすぎて、動けなくなっているらしい。最悪なところで、機能停止している。


 逃げられないかとモゾモゾするが、意味がない。なんか嫌な予感がする。早く逃げたい。

 慣れ親しんだ声がした。

 考えられる限り、最悪なタイミング。


「おい、お前ら。さっさと委員長を返してもらおうか――」


 わ、なんか、すっごいカッコいい台詞!

 景山君に大事にされてる気がする、お金足らないならわたしが出したいくらいに嬉しいーーじゃなくて! 

 ちょ、まって!?

 今は、ダメでしょ!?


「あ、あの景山君!? 今は、助けてくれなくても……!」


 柳が吠えた。


「てめえら! 侵入者だ! 早く、ころせ!! 黙らせろ!!」


 わたしの声は、柳の物騒な掛け声にかき消された。

 というか『殺せ』ってなによ。そんな無慈悲な指示ができるなら、デジタル写真集で利益だそうとするんじゃないわよ! しかもモデルを大事にしてくれる系の撮影者のくせに!


 景山君の姿は、まだ、見えない。

 わたしの体は硬直する。

 だんだんと、近づいてくる気配がする。

 周囲の男たちも、臨戦態勢にはいる。


 騒がしくなる工場内。


「しねやこらああああああ」


 人が真っ直ぐふっとんできた。


「うらあああああああああ」


 人が放物線にふっとんできた。


「わああああああああああああ」


 人が地面を転がりながらふっとんできた……?


「ぶっころすぞこらああああああああ」


 柳もカメラといっしょにふっとんできた。あ、空中で身を挺してカメラを守っている。アンタもうカメラマンやりなさいよ……。


「ああ! そうじゃなくて! こんな卑猥なポーズ見せられないのに……!」


 しかし、無慈悲にも、その時はきてしまった――。


 信じられない跳躍で、わたしのいるところまで跳んできた景山君が、わたしを助けようと手を伸ばして、そして、固まった。


「委員長、助けにきた……ぞ? え? ど、どうした……?」


 わたしの恰好に目を丸くする景山君。

 四肢をついて、お尻を景山君に見せつけながら、わたしは涙目で首を振った。


「ち、ちがうの! これは抑えつけられて! それで仕方なく、こんなポーズを!」


 景山くんは、わたしのことを見た。それから周辺を見る。また、わたしに視線を戻して、口を開く。

 

「見える限り、倒したし、気配もないし……ぶっ倒れている奴以外、誰もいないはずだが……」

「……へ?」


 わたしは、四つん這いのまま、周囲を見た。

 右に男。

 左に男。

 前に男。

 みんな、倒れてる。

 たしかに、柳を含めて、みんな、倒れている。


 意識はあるようだけど、お腹を押さえたり、肩や頭を押さえたり、まともに動ける感じではない。


 そして、わたしを抑えつけていた屈強な男も、工場の天井を走る鉄骨に挟まって、うごめいていた。


 ほ、ほんとだ……。

 いつからか、抑えられていなかった……。

 わたしは自由だった。考え事をしすぎて、動けなくなっていたのは、わたしも同じだったんだ。


 息苦しくなる。

 誤解だけど、誤解なんだけど、これは間違いなく誤解なんだけど、それでも、これは、わたしが自ら、こういう恰好をして、景山君に、お尻を見せつけて、誘っているようにも見える。


「あ、あの……これは……ちがくて……誤解で……」

「あ、うん……」


 景山君の困ったような顔が、逆につらい……ああ、呼吸が苦しい。なんでこんなことに。頭が痛い。ふらふらする。ポーズをやめられない。体が動かない。どうしよう、なにかが……なにかが体の中で膨らんで、本来のわたしを飲み込もうとしている。それはくノ一でも、委員長でもない、別のなにか――。

 


「ああ……! 駄目……!」

「委員長? 大丈夫か?」

「も、もう、みないでええええええええええええええええ!」


 そして、わたしの想いは爆発した。

 周囲を巻き込んで、盛大に――。









◎あとがき


お客様にご案内いたします。

本作のアダルトなシーンは前章でもお示ししているように、すべてラブコメディへ繋がっておりますので、あらかじめご了承ください……。



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