第41話 委員長を救え
(主人公side)
不穏な連絡。
窓が叩かれた音。自然音ではない。
敵か、味方か。
俺の部屋は二階だ。屋根の上から敵が攻撃を仕掛けてくることはあるだろうが……わざわざ呼びつけている奴が、俺の家に来るわけがないだろう。
もちろん、そういう罠ということもありうるし、窓をあけた瞬間に、上から大鎌が振り下ろされた経験もあったりするが……日本で、それはないよな。
俺は窓を開ける――と、忍者が一名。腕を組んで、空中浮遊をするように、立っていた。目をこらすと、強靭な糸が宙にはられているのが見えた。忍術であり、マジックのようだった。
月明りに照らされて、めっちゃ目立つ。忍ぶ気が見られない。
どうやら、弥一郎のようだった。
前回と違い、口元も頭も、衣装と同じ黒い布で隠している。
口元の布がもごもごと動いた。
「カナデの阿呆がさらわれた。夜凪組というやつらだ。妹を解放されたくば権利書を渡せという。ついでにお前を使って、持ってこさせろということだ」
「権利書?」
「ああ。組同士、例の諍いの根源だ。俺たちの収入減を奪うためには、土地の権利書が一番手っ取り早いからな」
「シノビのシノギの話ね……」
やってることは、ただの裏社会の陣取りゲームみたいなもんだけど。
忍者って言い張るから、これは忍者が現代で生き残るための方法の一つなんだろうな。
たしかに、異世界でも、魔族と人間そして他種族を巻き込んだ攻防があった。それだって、蓋を開けてみれば、土地争いであり、資源の奪い合いであり、富と名誉の確保だった。現代となにもかわらない。
知能のある生命体ってのは、そういうもんなんだろう。
弥一郎は、鼻で笑う。
「小僧。祖父はお前に頭を下げたか、実にバカバカしい。俺は、お前に負けたつもりはない……もちろん権利書も渡すつもりはない。このまま、奴らを叩くだけだ」
「委員長……妹はどうするんだよ」
「知らぬわ。忍者が、後ろを取られて、さらわれる時点で失格だ。まあ、奴ら――夜凪組の反乱分子を殲滅する機会を作り出したことは、褒めてやらんでもないがな」
「……まあ言いたいことはわかるけど」
これが実戦なら、委員長は命を失っているだろう。
だから、弥一郎の言うことは正しい。
しかし、正しいから、受け入れられるわけでもない。人間がそんなに単純なら、陣取りゲームなんて起きないんだ。
弥一郎は手を出した。スマホを求めているんだろうとすぐにわかる。
「俺がここに来た理由ぐらいわかるだろう? 場所は、お前のスマホに送られたと連絡がきた。早く出せ。相手は、腐っても忍だ。探知していては夜が明ける。祖父が気づく前に、決着をつける」
「唯一の良心が不在かよ」
「良心? バカをいうな。ただの平和ボケだろう――俺たちは忍者なんだ。戦わずして、得るものはない」
「へえ?」
おや。
この弥一郎さん。
強さは不明だし、態度はでかいし、偉そうだし、色々と目立つが、考え方としては、意外と芯が通ってるかもしれない。
まったく忍んでないけども。
忍者としては正しいのかもしれないな……と思ってしまったので、俺は素直に場所を教えることにした。
条件つきで。
「いいよ。教えてやる。ただし――案内役の俺の速さについてこられるならな」
*
市街地から、山の中へ。
飛び、しゃがみ、避けて、すべって、駆け抜ける。
人の明かりは消え、星の瞬きが増えていく。
目的地手前に到着。
木から降り立ち、工場を視認した。
随分と前に、廃棄された工場のようだ。電気は通っていないはず。
しかしぼんやりと明かりが見えるのは、つまり、そういうことだ。
なんでこんな不便なところに……と思ったけれど、この山も誰かの持ち物みたいだし、なにか怪しいものでも作っていたのだろう。
勇者も忍者もいる地域だ。驚きはない。
ここまでの道のり、俺はビルを飛び越え、木々を伝い、走ってきたが、下を通る山道を見る限り、ところどころ、長年の雨風によって倒された木々で、ふさがれていた。車が一台通れる道があろうとも、これじゃあ安易に警察は呼べないな。
まあ、そういうところを選んでいるんだろうけど。
しばらく工場を観察していると、数分後に、背後に声がした。
俺を追いかけていた弥一郎だった。
「っく……なんだ、貴様の身体能力は……!?」
「お、随分、早かったな」
「なんだと……!?」
「褒めてるんだよ、地球人にしては、かなりすごい」
つまり、俺は、スマホを見せない代わりに、先導して走り、委員長が監禁されている場所まで案内したというわけだ。ただし、敏捷性強化はオンにした。レベル5まで存在する強化も、3まであげた。
それなのに、数分差で到着するということは、ぶっちゃけ、忍者の能力は人間の規則(ルール)を超えている。ようするに、弥一郎もなんらかのスキルを発動しているんだろう。ステータス画面を確認できないのが、本当にもどかしい。
自分のスキルすら、手探りだからな。今のところ、使おうと思ったものはすべて使えているけど……俺の予想だと、地球に戻ってきた段階で、異世界と地球のスキルが混ざり、そのうえで、地球にも存在可能なものだけが残っているのだろう。
そうすると、魔法が使えることも、面白い話になってくる。地球で許されていない法則ならば、発現すらできないからだ。でも実際は、ファイアを出せば、ライターの火ぐらいは出てくる。つまり、形は違えども、地球にも魔法が存在するってことなんだろうな……。
俺は、異世界流の方法で魔法を使ってるけど、地球魔法の方法を知れば、使えないと思っている魔法も、使用可能になるかもしれない――あ、まて、殺意だ。殺意を感じる。
俺は、冷静に右にジャンプして避ける。と、すぐわきで風を切る音がした。
視認した限り、手裏剣みたいな金属を俺の頭に向けて投げたらしい。遠くの木に、カンカンと二つ、なにかが刺さる音がした。
俺が振り返るより早く、背後から声がした。
「……きさま、本当に、我々とは別次元の力を持っているというのか」
「いや、もう確信してるよな、その行動」
じゃなきゃ、致死攻撃を背後からしないだろ。
俺が避けられると思ったから、やったわけで。
さきほどの、目的地先導レースで大差をつけて勝った挙句、少し力を抜いているところを見せたのが、効いたらしい。
抑止力になるから、弥一郎も、俺のことを少しは脅威だと思ってくれればいいんだけど。今は協力したい。
しかし、こんなに上手くいくとは。
客観的に自分と相手の力を見ているあたり、弥一郎という男の本質が見えた気がした。やっぱり委員長の兄貴だなと思う。どこか、真面目だ。
「っく……認めざるを得ないか……? しかし、この能力は……貴様は一体なにものだ……」
「まあ、いつか教えるよ。それに、俺はあんたに尊敬してほしいわけじゃない。敬語を使えっていうなら使うよ、あんたが上からモノを言わなきゃね――ただ、それより大事なのは、久遠奏なんだ。権利書だって持ってきてないんだから、ハッタリ使ってでも、夜凪組とやらを、どうにかしないとだろ?」
「……今は、従おう。どうする?」
やっぱり真面目だ。
自然の掟ってものを知っている。
逆に、今から倒す相手――たしか、夜凪家とかいうところの問題児は、なにもわかっちゃいない。
会ったこともない相手に、こんなことを言うのは、それこそルール違反かもしれないが――奴らは、売っちゃいけない相手に喧嘩を売っているんだからな。
「俺が正面から行く。全力で暴れるから、委員長の安全確保は頼んだぞ」
「承知した」
「でも、ギリギリでいいぞ。早めに出ても、警戒されるだろ。俺が倒せるようなら、全員倒す。検知したところ、20人もいないっぽいし」
「……承知した」
さあ、やってやるぞ。
俺は、動きやすさ重視のために着てきた、黒いジャージのチャックをきちんと上までしめて、準備を整える。
そういえば、もう少し動きやすい戦闘服、用意しないとな。これだと多少の斬撃も防げない。
ま。それはそれ。
いまは、これだ。
「――身体強化レベル5、オールON」
魔法みたいな詠唱はなく、派手なエフェクトが発動することもない、実にシステマティックなスキルONの宣言が、試合開始のゴングだった。
(委員長sideへ)
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