第38話 余裕をなくした俺は気が付けなかった
映画館内。
すでに座席はとっている。後方の真ん中、ベストポジションだ。
今から見る映画は、ハリウッド製のラブストーリーものだった。
不人気ではないものの、公開から時間が経っているせいで、人はまばらだ。
俺は、一人でロビーへ買い物に出ていた。
周囲にはカップルが多い。俺たちはただの知り合いでしかないが。
買いにきたのは、キャラメルポップコーンと紅茶と……俺は、レモンスカッシュにしておく。
受け取った品物と共に、委員長――久遠奏の元に戻った。
自然と、気配を消してしまっていた。
一人で席に座る委員長は、なにかに必死であり、遠くから見ている俺に気が付かない。
「……、……っ」
委員長はもぞもぞとしている。どうやら、短すぎるスカートの裾を、すわったまま伸ばしているらしい。
どう考えても、くノ一衣装のほうが露出は段違いに多いのだが、スカートだと、また違うのだろうか。
俺は、こんな映画館デート、なんでもないぜ――という風に、委員長に近づくと、声をかえた。
「ほら。買ってきたぞ」
びくっ、として委員長は顔をあげた。あんなにひっぱっていた裾から手を離す。ニット製のワンピースの裾は、伸ばしていた反動で元に戻る――どころか、さらにずりあがっている気がしたが、俺は気が付かないふりをした。
「……ありがと」と、委員長も気が付かないふりをして、俺から紅茶を受け取る。
「あと、ポップコーン。甘いやつ……」
「わ、気が利くね。認めます」
「なに目線だ」
俺も横に座る。
委員長は焦ったように言う。
「べ、べつに、彼女と彼氏みたいだね、気が利くね、あなたを公認します――とは言ってないでしょ」
「いちいち、そっちに持ってくのやめろ……!」
「そっちって何よ……別に、こっちもそっちもないじゃない」
委員長はプリプリとしながら、キャラメルポップコーンを口に運ぶ。「あまーい」と機嫌がすぐによくなるのは、俺の妹と同じレベルで助かる。
待ち合わせから、お互いに、変な意識をしてしまっていた。
委員長に「デートはほぼ初めてです!」なんて言えるわけもなく、委員長に「こういうことってよくするんでしょうか」などと聞けるわけもなく。
お互いに、ただの知り合いであり、友達であるはずなのに、なぜか、どこか、 意識してしまっていることだけは確実だった。
映画が始まる前なので、まだ、話せる。
俺ははっきり言っておくことにした。
「委員長。申し訳ないけど、俺は何とも思っていないからな。委員長は委員長だ。そしてこれは、ある意味訓練の一環であって、それ以上の何かではないと思っている」
「なにを言っているのかわからないけど、景山君、外で委員長って呼ぶのやめてくれる? わたし、あなたのママじゃないの」
「まったく意味が分からないけど、まあ、たしかにそうだ」
会社じゃないし、役職で呼ぶのもおかしいのかもしれない。
委員長は言った。
「……か、カナデって呼んでもいいけど」
「そっちにもってくな!」
やべ。
大きな声を出しすぎたせいで、少ない観客の大半がこちらを見てきた。
小さく頭をさげて、なかったことにする。
「恥ずかしい人だね、景山君」
「お前に言われたくないわ。全力で共犯者だろ」
「一つ言っておくけど、わたしだって、なにも意識なんてしてないから。これはすべて、色恋の術のための訓練。そして術のきかないあなたへの対抗」
「その話なんだけどな。申し訳ないけど、俺には絶対に、色恋の術は効かないぞ。そこはあきらめて、『自分を守る』という意識だけに力を注いでくれ」
何度も言っているように、誘惑耐性がついてるからな。
委員長は俺の言葉を受けて、何かを否定するわけでもなく、普通に返してきた。
「でも、昨日、ヘッドロックしたとき、若干かかっていたような気がするのよね……?」
「……さあ?」
「さあってなによ。自分のことでしょ」
「……さあ?」
「怪しい。本当に、かかってたんじゃないの、あの時」
かかってはいないが、なんか、危なかった気がするのは確かだ。
委員長がジト目でこちらを見てくる。
そのとき、館内の照明がおちていった。
「あ、始まるみたいだぞ!」
委員長は納得がいかないようだったが、映画がはじまってはしかたないということで、前を向いて、集中し始めた。
助かった。
実際、俺もよくわからないのだから、答えようがないのだけども。
*
映画が終わった。
結構、泣けるストーリーだったのが意外だ。
ラブストーリーって、退屈だと思っていたけれど、今度、色々と見てみようかなと思えたレベルだ。
「よがっだねええええええ、最後、二人ともたすがっでええええええ」
なんて、泣くやつもいるぐらいである。
というか、それは俺の隣に座っていた。
「委員長、ほら、ハンカチ」
「あり、ありが、と……うう……まさか、こんなに泣けるなんて……適当に選んだ映画だったけど、よがったぁ」
「適当かよ……」
委員長って、本当に、委員長を演じてるとき以外は、ダメだよなぁ……。
とりあえず、委員長が泣き止むのを待って、コーヒーショップへ移動することとなった。
「ちょっと、まって、ちょっと、景山くん、泣きすぎて、立てないぃ……ああ、荷物おちた……」
ちょっと観察。色恋の術だったら面倒だ。
しかし、何も起きず、本当に色々と力が入らないようだった。
まあ、あれだけ声を殺して泣いてりゃ、疲れるか。
荷物のまとめかたも、雑だし。
ブーツも歩き方を見る限り、履きなれていない感じだったしな。
俺は傍に立ち、手を出す。
「ほら、委員長。手、つかまって立つといい。荷物は今ひろってやるから」
「う、うん……」
泣きはらした目で、俺の手をつかむものだから、なんだか俺が何かしたみたいだ。
「……じゃあ、いくか」と俺は言い、手を離す。
「そ、そうね」と、落ち着き始めた委員長が答える。「あ、ハンカチありがと、返します……」
「ああ、はい。どうも」
無言で映画館をあとにする俺たち。
あー、やりづらい!
余計なことを考えなければ、もっと気楽に過ごせるのに……!
これが、もしもデートだというのなら、世の中のカップルは、相当、カロリーを消費しながら、過ごしているに違いなかった。
*
さて。
それから俺たちは、同じようなことを繰り返しながらも、コーヒーを飲み、軽食を食べて、解散することとなった。
夕暮れの駅前で、俺と委員長は向かい合って、別れを告げる。
「じゃあな、委員長。明日は、訓練休みだから、月曜に」
「ええ、わかった」
「で、色恋の術のヒントはなにか得たのか?」
俺の言葉に、委員長は微笑む。
「そうね。少なくとも、景山君が、こういう服に弱いことはわかったかも」
「言ってろ……」
自分だって、丈が短いことに、ずっと気を取られていたくせに……とは言わないでおいた。ずっと見ていることがバレるからである。
たしかに俺は、こういう服に弱いかもしれない。
終始、ドキドキしていた。
どう考えても、くノ一衣装のほうが露出が多く、訓練の時のほうが密着しているというのに、私服で適度に離れているほうが、なんだか、近しい気がするのは、どういうことだろうか。
不思議だ……。
そして、同時に俺は気が付いていなかった。
いちいち心拍数があがっていたり、目の前の服装に気を取られていたのだろう。
数キロ離れた場所から、監視されていたことに、最後まで気が付かなかったのだ――。
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