第37話 待ち合わせという幕間
本日、晴天。
約束通り、俺は駅前に居た。晴天駅から数駅離れた、映画館併設の駅である。近くには大学もあり、駅は小さいながらも、人の往来は絶え間なく続いていた。
遊具の少ない芝生公園が近くにあり、恋人や家族がゆったりと過ごしている。
なんと牧歌的な風景だろうか。
なぜ俺がこんなところに突っ立っているのかといえば、委員長と映画を見るためである。昨日、約束したからだ。
映画はラブロマンスだかなんからしい。それを見て、委員長は「色恋の術の完成度をあげたい」と言っていた。
俺に術が効かないことに、やけにこだわっていたしな。
「それにしても、昨日はあぶなかった……」
久遠奏によるノーブラ・ヘッドロックという、クラス委員長がぜったいにしないシリーズベスト10に入りそうな技を食らった瞬間、色恋の術にひっかかりそうな不穏な空気を感じた。
「俺、誘惑耐性あるんだけどな……」
サキュバスにも打ち勝った男として有名な童貞だったんだが……。
昨日の悪寒は、どういう理屈なんだろうか。
地球に戻ってきて、耐性が弱まったとか? そのうちきちんとしらべたいところだ。死活問題だし。
目の前で、待ち合わせしていただろう男女が出会い、消えていく。
さて。俺の待ち合わせ時刻は、14時だったよな。映画が14時30分からだ。
で、今は何時だ?
「えっと……13時か。……なるほど」
俺は時計を一度見て、スマホを見て、それから周囲を見る。
当然、委員長は来ていない。
来るわけないよな。だって、待ち合わせ一時間前だし。
俺は頭をかかえた。
「おかしい……なぜ一時間前に、一人で突っ立っているんだ……?」
冷静に考えてみよう。
昨夜はなぜか眠れなかった。
なんでだろうか。
なんか、どきどきしたからだ。
洋服を選ぶのに時間がかかったし、しなくてもいいのに、どんな映画を見るかという調査までした。あと、近くの飯屋を調べて、そしてまた洋服を選び直した。
妹の咲から変な目で見られても、そわそわが止まらなかった。
「なにかあるの?」と聞かれても、「べつに」と否定した。
でも、自分自身が、一番、己の変化を理解している。
「くそ……これは認めるしかないのか……? 内なる俺は、理解してしまっているから、こんなことになってんだよな……?」
天を仰いだ。
空は青い。
とてもいい天気――つまり、デート日和だ……!
ああ……! くっそ!
「だよな、これはデートなんだよな……? 映画デートってことだよな……!」
なんてこった。
ようするに俺は、委員長と二人きりのデートイベントに緊張しすぎて、待ち合わせ一時間前に到着した、へたれ野郎ってことなのだ。
それもこれも、委員長のせいだ。他責だと言われても、そうに違いないと答えよう。
昨日の別れ際に委員長が「明日は、べつにデートでもなんでもないからね。一人で勘違いして、変な感じにしないでよね」なんて軽口を叩くからだ。
それまでなんでもなかったのに、俺はそれで、ダメになった。
「だって……しかたないよな……」
俺、平和な世界での、デートの経験なんて、皆無なんだもん……。
高校生活初デートの相手が、委員長ってわけだよ……!
「ああ、まあ、でも、あれだよな」
俺はぶつぶつと独り言を言う。
「委員長の言う通り、意識しすぎるから悪いんだよな。俺だけバカな考えしてちゃだめだよな。委員長は、真面目に色恋の術を改善しようとしてんだし……」
そうだよ。
委員長は、ただ、色恋の術強化のために、映画イベントをこなそうとしているだけだろ。
俺が何度も考えた服装チェックなんかも、当然、してくるわけはなく。
きっと色気もなにもない部屋着みたいなので、来るに違いない。
俺だけが独り相撲をしているなんて、はずかしすぎる。
その時だった。
まだ、13時半だというのに、背後から声がした。
「あれ? ――おまたせ、景山君。なんか、早くない?」
委員長の声である。あいつも早くきてしまったのか? いや、待ち合わせ30分前は、礼儀のうちか?
どちらにせよ、深呼吸。
俺は、とにかく冷静に、冷静に、浮かれていないことを示すように、ゆっくりと振り返った――。
そこに居たのは、久遠奏だった。
髪をおろしている。
リップをつけているのか唇がてかっている。
小さなバックを肩からかけている。
洋服は、やけにぴったぴたの白のニットワンピースにショートブーツ。なんていうか、童貞を殺してきそうな、服装だった。今日は着やせをするつもりはないらしく、胸元も、ボリュームがすごい。
俺は冷静に、委員長の足元から頭のてっぺんまでを観察した。
「な、なによ? そんなにじろじろ見られても、困るけど……」
委員長は、赤くなり、もじもじしはじめた。
見られると興奮するタイプかもしれない。
そんなことはどうでもいい。
突然だが、人には『傾向』というのがあるよな。
たとえば焦っているときに、自分よりも焦っている人間を見ると、逆に冷静になるとかさ。
まさしく、今がそれだったので、俺は言った。
「人にあれだけ言っておいて――お前、めっちゃくちゃ気合い入ってるだろっ!」
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