第36話 嵐の前の騒がしさ
前回までのあらすじ。
委員長は、くノ一だが、組のトップの娘で、夏祭りの時はシノギのために出店を開くシノビなのだが、この度、組同士の抗争において収まらぬ火種のしわよせが、弱者かつ中心人物である久遠奏に忍び寄っているらしいので、俺がボディガードをしつつ、鍛えているのであった。
山の中で。
*
市街地から外れた、山中での戦闘訓練も、三日目となった。
俺から委員長へ、スキルは教えられないし、忍術も使えないので、どうしたって基礎訓練のみとなる。
それでも、委員長は呑み込みが早いので、新しい動きができていた。単調な攻撃が改善されただけでも、いざというときに、身を守ることができるだろう。
半裸で戦闘訓練をしていた委員長だったが、目のやり場にこまるので、昨日から、体操着とブルマで活動してもらっている。これはこれで、別の問題がありそうだが、半裸衣装よりはマシだ。
委員長は、初日に感じた通り、体の動かし方は上手だった。
忍者という枠組みに納めなければ、それなりの使い手になれたと思う。しかし、久遠奏は生まれた瞬間からくノ一になることが決まっていたそうだ。そういえば、委員長の家族の話は聞いていない。
今日の練習も、そろそろ終わりだ。
解散前に、休憩をとりながら、委員長と世間話をしていたら、家族の話になった。
「委員長って親はどうしてるんだ? じいさんじゃなくて、両親」
「わたしの両親? 生きてるけど」
「一緒に住んでるのか?」
「いえ、海外よ。アメリカ。敵を倒しに行ってるの」
「へえ? それはすごいな。相手は……たとえば軍人とか、スパイとか……?」
まさか、ホワイトハウスだの、大統領だの、マフィアや闇の組織が出てくる話だろうか。ハリウッド映画だと、忍者って、敵役が多いよな。
委員長は首をふる。
「寿司屋として、カリフォルニアロールを倒しに行ってるの。あんなの寿司じゃないって怒って、おととし渡米したわ」
「久遠家の生態がわからないよ、俺は……」
というか、逆に納得しちゃった自分もいるよ。
そういう一族なんだろうなって……。
「でも、この前、『めっちゃ儲かる!』って、笑顔で、カリフォルニアロールつくってる写真が送られてきたけど」
「大和魂が金に負けていく……」
「お店の女の子がみんなくノ一の衣装なのよね。チップがすごいみたい」
「それもう寿司が食べられるだけの別の店だろ……」
がんばれ、日本の心。
委員長は、俺を見て、少しだまる。それから口を開いた。
「ねえ、わたしからもいい? ――結局、景山君って、何者なの?」
「え? どういうことだ」
「あのね。申し訳ないけど、あなたのこと、調べさせてもらった」
「身辺調査か」
「自己流だけどね」
委員長は、くだけた感じで話を続ける。
数日前まで、敬語を使っていた委員長はどこにもいない。
こちらが素なのだろう。
「わたし、たしかに忍術戦は弱いけど、『そういう操作』なら、お手の物なのよ? キミにはきかなくても、色恋の術は有用だしね。もともと裏方タイプなんでしょうね」
「クラス委員長として、そういうことをしていいのか?」
個人情報保護法とかさ。
「委員長はただの演技だもの。だから、うまくできる。そしてくノ一がわたしの本来の姿」
「つまり、ポンコツか」
「うるさい――それで、あなたの境遇の話だけどね。過去をさかのぼっても、どこにも戦闘経験らしいものなんてなかった。格闘技もならってない。むしろ運動はすべて苦手だったはず」
「まあ、たしかに」
「それが少なくとも、ゴールデンウィークあとから、まったく別人みたいになっている。なぜあなたは、強いの? どこで強くなったの? それと身長が随分と伸びてるみたいね。たった一か月ほどで」
身長。身体的特徴。数少ない物的証拠だ。
たしかに異世界で過ごした4年で、身長は166センチから、178センチへと伸びた。勇者の加護も影響していたのだろう。
こちらに戻ってきたときは、当然、四日分の変化しか、おきていないはずだったのだが、委員長の言う通り、日に日に容姿が異世界寄りになっている気がした。
たしか、女神が『魂の形』うんぬんに言ってた。よくわからんけど。
「俺にも言えないことはあるさ。それとも答えないと、なにか問題があるのか?」
俺の言葉に、委員長は、少々気圧されたようだ。
「……べつに。キミが悪い人なら、問題はあるけど。すくなくとも、助けてくれているし……ただ、ちょっと興味があっただけ……調べ始めたら止まらなくなっただけ……」
「興味?」
俺の復唱に、委員長は顔をぶんぶんと振った。
「べ、べつに、ただの興味よっ、キミのことを全部調べたいとか、なにもかも把握しておきたいとか、分解して、中身を見たいとか、そういうんじゃないから、勘違いしないでよねっ」
「お、おう……」
「わたし、むかしから、気になることはなんでも知りたくなっちゃって、睡眠を削ってでも調べちゃうのっ。虫の構造とかも、分解して、理解したし、そういう性格なだけなんだからねっ」
「は、はい……」
めっちゃ怖いことを言っている気もしたので、聞き流しておこう。
委員長って、たしかに真面目そうだし、知りたくなったらとことん調べ上げそうだよな。
なんとなく、気を付けないと。
俺は立ち上がった。これ以上話すこともないし。
「さて。今日はここまでだ。あとの身辺警護は、組の人に頼んでくれ」
じいさんの言うボディガードは、あくまで学校の中と、今だけだ。それ以外の時間に、俺ができることはない。
正直、実際に抗争がどうとか、そういうことが本当に起きるか、疑っている。
忍者――であることは、疑わないけども。
どちらにせよ、あと数日程度、基礎訓練して、あとはすべて忘れようと思う。
異世界でも、そうだったが、すべての人間を救おうとすると、確実に道を誤る。
そして、一人の人間だけを救おうとしても、バランスがおかしくなる。
つかず離れず――それがいい。それが世界そのものを救うコツなのだ。
が、しかし……。
今日の、委員長は、少し違った。
「ね、ねえ、景山君? ちょっと、もうすこし、いいかな」
委員長は、俺の名前を呼んだあと、話を勧めずに、もじもじと立っている。
「ん? トイレなら、耳塞いでるぞ? あっちでしてこいよ」
「いきなりそんな話するわけないでしょ!? バカなの!?」
「冗談だって……」
「信じられない! 強い人って、ちょっと頭おかしい人おおくないかな!」
「興奮するなって……」
なんだ、今日の委員長は。
そういえば、朝からおかしかったんだよな、今日。
疲れてるんだろうか。
たしかに、色々とあると、神経使うしな。
「なあ、委員長。明日は土曜日だし、訓練は休みにしようぜ。ボディガードも、組の人、居るだろ?」
「あ、そ、それなんだけど」
「ん?」
「あのね、ちょうど、映画のチケットもらっちゃって。二枚あるんだけど。その、あれよね。わたし、色恋の術が効かないの、はじめてなの、それで勉強にラブストーリーの映画を見ようかなって」
「そうか。二枚か」
「う、うん」
「じゃあ二回見れるな? 勉強になるぞ」
本心で言ってみたが、委員長は笑顔でキレた。
「そういう話じゃあ、ないの。景山君? わかってるんでしょ、本当は」
「いたいよ、委員長。忍者の速度でヘッドロックかけるのやめてくれ。それができるなら、もう何も教えることはないだろ……!」
するりと俺の背後にたって、ヘッドロックをかける委員長。
胸が後頭部に当たってるので、痛いというより、むしろ温かい。
というか、なんか……突起物っていうか、なんか……あたってるの、え……? これ、もしかして……何もつけてないのか……?
耳元で声がした。
「色恋の術……!」
「っく!? 離れろ!」
心の隙間を狙われて、ちょっと危なかったぞ!?
委員長の手をつかみ、背負い投げのように、投げ捨てる。
くるりと、空中で回転して、委員長は着地した。
委員長は、腕を組む。
スライムみたいななにかが、体操着のなかでうごめいた。
「ふふん。ちょっと、危なかったでしょう?」
得意げだ。たしかに渾身の一撃だった。もし俺に耐性がなければ、持っていかれていた可能性がある。
詐欺だろうが、洗脳だろうが、なんでもいいが、心の隙というのをつかれると、人はたいてい、ひっかかる。影響を受ける。
認めたくなかったので、話を元に戻した。
委員長の態度はよくわからないが、話の流れは理解していた。
「つまり、俺は今、映画に誘われてるのか?」
委員長は、不服そうにまゆをしかめたが、俺の話にのっかることにしたようだ。
「ええ、そう。ボディガードがてら、一緒に映画でもどうかな」
山のなかで、なにもつけていないらしい、ブルマ姿のクラス委員長に、休日の映画に誘われている。
シチュエーションが理解不能だが、どうしてだろうか、本来なら断るはずが、頷いてしまった。
「まあ、いいけど。用事もないし」
「じゃあ、約束よ? 明日、一日付き合ってね」
まさかとは思うが、色恋の術、かかってないよな? と思いながら、俺は帰路につく。
まあ、映画を見に行くぐらい、どうってことないけどな。
だよな……?
〇あとがきなど
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