第35話 (再更新)説明と釈明

 事前に教えられていた道順で、目的地を目指す。

 バスにのったり、電車に乗ったり、またバスにのったり、そして歩いたりと、長い距離を移動することとなった。

 当初は送迎を提案されたが、こわもての運転手による黒塗りの外車で迎えに来るというので、丁重に断った。

 正直、人目のない山奥が目的ならば、全力で走れば原付バイクぐらいの速度は出るしな。


     *


 なにもないような場所に、ぽつんと設置されたバス停に俺は降り立つ。

 広大な晴天市のなかでも、とくに自然の多い場所だ。国道が走ってはいるものの、もう少しすすめばぐねぐねとした峠道がある。近辺でクマが目撃されたこともあるようだ。


 俺は、指定されたポイントを目指す。途中、黒塗りの車が停車していた。俺がちかづくと、怖い顔をした組員――じゃなくて、忍者の里の方が、運転席から降りてきて「お疲れ様ですっ!」と頭をさげてきた。怖い。顔が、怖い。


「こ、こんちは……」と俺は頭を下げながら、先に進む。


 どういう風に俺が扱われているかは不明だが、あまり大げさにはしないでほしい。


 視線の先には、けものみちと呼ぶには整地されていて、道路とよぶには放棄されている、あいまいな山道が伸びている。


 今歩いている場所は、四桜組がもつ『山』だということだった。

 名称のない、ただの山だ。それゆえに人は立ち寄ることはなく、だからこそ、特訓に適切だということだった。

 ……まさか、処理した人間を捨て置く場所じゃないだいだろうな。なんて考えつくが、すぐに忘れることにする。


 しばらく進むと、簡素な小屋が見えた。山小屋というより、資材置き場のような作り。

 その前に、丸太で作られた椅子がおいてあり、委員長が座っていた。


 俺を視認すると、「おそかったね」と立ち上がる。


 「ちょっと色々あったのと……送迎は辞退した手前、自分の足でここまできたからな」

「送ってもらえばよかったのに」

「誤解される方がいやだ」

「誤解?」


 つまり、そっちの筋の関係者に見える車には乗りたくないのだった。


 委員長は首をかしげるばかりだ。

 心からわかっていないようなので、とりあえず俺もバッグを椅子におき、ブレザーを脱いだ。


「とにかく、始めるか。時間もないだろうしな」


 俺の言葉に、委員長は背筋を伸ばす。

 今日は、委員長を鍛える初日。

 そして理由を聞く日でもあった。


「よろしくおねがいします……!」


 久遠奏は、言うや否や、早着替えをし、くノ一衣装へと着替えた――。


     *


 引き続き、山の中。

 小屋の近くの開けた場所で、俺と委員長は対峙していた。

 とりえあえず、今日は、委員長の実力を見たかったので、適当に攻撃をしてもらっている。


 それなりに早いパンチが俺の鼻を狙ってきた。

 片手で軌道をずらす。


「もっと打ってきていいぞ。遠慮しないで」

「はっ! やっ!」


 委員長の繰り出すパンチやキックが、俺に襲い掛かる。

 目をつむっても防げるレベルである。

 とはいえ、それはあくまで俺だからというだけで、一般人相手ならば通用する打撃だった。


 ただ……一つ問題が……。


「やああああ!」

「……、……」

 

 委員長は、大きく振りかぶる。

 すると、ワンテンポ遅れて、胸にある大きなふくらみ二つが、ぶるんと揺れて、浮く。


「たあああああっ!」

「……、悪くないパンチだ」


 俺が手で、委員長のパンチをさばくと、その角度に、胸のふくらみ二つが弾かれていく。

 腕に連動して、胸も動く。

 まったくダメージがない攻撃のはずなのに、どこかでダメージを受けている気がした。


「てやあああああっ」


 溜めたハイキック――そのつま先が俺の顎をねらっている。

 構えた手が、胸を寄せて、すごい谷間が現れた。


 俺は今、精神攻撃を受けている……。

 なんとか気をそらすために、委員長へ提案した。


「……よし、じゃあ、そろそろ強くならないといけない理由と、ボディガードが必要な話をしながら、攻撃してきてくれ」

「ええっ!? なんで!? やあ! てやっ!」


 右パンチ、体を引いて、右ローキック。

 良い連携だが、バレバレだ。攻撃が真っすぐで素直すぎる。


 俺は言った。


「なんでと言われても、マルチタスクができたほうが、戦い方に深みが出せるからな。戦闘ってのは、単調だとすぐに攻略されちゃうんだよ――ほら、こんなふうに」


 俺は、委員長が繰り出してたパンチを右手で外側にいなし、その勢いのまま、相手の腕をとり、足をひっかけて、くるりと一回転。委員長を投げた――もちろん、背中を支えて、地面に軟着陸させる。


「きゃっ!」


 委員長が叫ぶ。

 俺に支えられた瞬間、ぶるん、と胸が揺れる。俺の腕の中、というわけではないが、ショック吸収のために背中に手を当てたので、仰向けになっている。


 委員長はぐっと目をつむる。


「あなたって、本当に強いんだ……正直、うたがってた」

「まあ、それなりには……」


 委員長は目を開くと、俺を見つめる。


「じゃあ、なぜ、いじめられてたの? その強さで、理不尽な状況を変えられたはずでしょう?」


 痛いところをついてくる。

 俺だって、地球時間で一ヶ月まえは普通の人間だった。


 俺は、とりあえず委員長に、ひびきそうな、時代劇ぽい言葉をつかう。


「まあ、そりゃ、あれだよ。強さは隠すものだからな。ひけらかすものじゃない」

「わかる……」

「わかるんだ……」 

「わたしも、何度、不正を正そうとして、大人に色恋の術を使おうと思ったことか」

「それはそれで不正だろうが」


 不正というか、アダルトな映像になるだろうが。


 少しズレてそうだが、まあいい。

 俺の強さも、まだ『鍛えてる人』ぐらいの認識だろうし。


 それよりも、大事なことがある。


「なあ……委員長……」

 

 衣装のわきから、色々とこぼれてきそうだった。

 委員長は度重なる攻撃のせいで、息が荒い。


「はぁはぁ、なに?」


 委員長は体勢をただそうとするでもなく、俺に支えらえるようにして、天を仰ぐ。

 わざとではなく、少々疲れているのだろう。


 だが、重要なのはそこではない。


「なんというか……下着、つけないのか。とくに胸とか」


 委員長は昼間と同じ表情をした。


「だから、つけたら、見えるでしょ! いろいろ! つけて見えるより、つけないほうが、健全なのっ! 女子高生の見せパンじゃないし、いつ着替えるかもわからないし!」

「つけないほうが、いろいろ見えそうだろ! 見えたらどうするんだよっ」

「そこは絆創膏つけてるから平気なの!」

「え? 絆創膏? どこに貼ってるって?」

「あ、いや、べつに……」


 委員長は、勢いよく体を動かし、その反動で一息に立ち上がる。

 それからすぐに俺に向かってパンチを入れてきた。

 俺もたちあがり、それに対応する。


 しばらくすると、委員長は話しはじめた。

 動きは緩やかにはなったが決して動きは止めず、口は動かしていく。


「あのね、結論から言うと――わたし、狙われてるんだ」


 右パンチ。左キック。

 よけずに、受ける。


「それはわかるさ。じゃなきゃボディガードもいらんだろ。だから、誰に狙われてるんだよ、ってことなんだが」

「同業よ――やっ!」


 出会ったときと比べると、随分とくだけた口調で、委員長は言った。まるで嫌いなものを口にするように。


 俺はハイキックをさばきながら、返した。


「ヤ〇ザか……」

「ちがうっ」


 気合とともに、右ストレート。悪くない。なんでこれで弱いんだろうな……と思ったけれど、きっと現代忍者には現代忍者なりのスキル合戦みたいなのがあるんだろう。

 たしかに、そういった状況で色恋の術だけじゃ、勝てないか……?


「じゃあ、なんだ……?」

「あのね、だいたい、四桜組は、世を忍ぶ仮の姿なのよ。本業は忍者なのっ」

「ややこしいんだよ、××組って」

「しょうがないじゃない。普通の会社にできるような立場でもないし、そういう感じにするほかないのよ」

「本当に、違うのか? 組じゃないのか」

「ちがいます」

「なら、四桜組は、お祭りのときなにしてるんだ?」

「お祭り……? たいていは屋台を出してると思うけど」

「シノギじゃねえかっ」

「シノビよっ!」


 一文字違いで全然違う。

 まあいい。話をすすめよう。


「じゃあ、その同業の忍者ってのが……なんだ? 派閥争いでもしてるのか?」

「ちょっと前に、若いのが、相手の若いのにちょっかいをかけられてね、大げさにやりかえしちゃったらしいの。それで、むこうの首領は、話し合いのすえに、納得したんだけど、首領の子供のほうが、わたしたちに仕返しをしようとしてるんだ。それで一番弱いわたしを狙ってるってこと」

「それ、もう、抗争だろ」


 ヤ〇ザ映画だろ。


「ちがうわよ。それに、あいつら、暴力で何でも解決しようとする、下種なやつらなの。任侠のこれっぽちも知らないやつらなのよ。仕返しだって、わたしに乱暴するとか、そういうこと言ってるんだから」


 任侠って言ってるじゃん……と思ったが、不毛なのでやめた。

 委員長が、少し前に、やけに怒っていたのは、こういうことだったんだな。

 なら、少し前から、すでにこの話は始まっていたってことか。


「解決するのか? それ」


 指を持ってくなんて、令和にすることじゃないぞ。


 委員長は首を縦に振る代わりに、手刀を繰り出してきたので、避ける。


「すると思う。いま色々と手をまわしてるから。でも、首領の息子はそういう解決方法が気に入らないのよ。そんなときって色々と起きるでしょ? だから、わたしが鍛えて、ボディガードもつけて、備えてる――のっ!」


 話は終わりだ、とばかりに回し蹴りを繰り出してきたので、委員長のそれを片手で止めた。


「なるほどなぁ……」


 よくわかった。

 けれど……うーん?

 そこに俺をボディガードにする必要あるのかね。


 結論から言えば、その判断は正しかった。

 委員長の身に、想像以上に強行的な危険が迫っていたからだ。

 

 もちろん変な感じに。

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