第三章

第25話 再三の委員長

 早見姉弟のゴタゴタ――なんて呼ぶには生ぬるい、本物の事件に巻き込まれたのが、数日前。

 早見くんも、羽風さんも、日常に戻れたらしいことに、俺は安心していた。が、もちろん俺の日常とやらは、どこかへ迷子中だった。


 それもそのはず、朝、目が覚めれば、枕もとに早起きの愛猫が鎮座しており『ご主人。ケミは腹が減ったのにゃ。はやくエサを与えるにゃ』と、謙虚なのか傲慢なのかわからないセリフを吐いてくる。


 異世界へ飛ばされた四年前――いや、現実世界では、たった四日前には、考えもしなかった、朝の鍛錬。

 その後に、シャワーを浴びてから体を拭いていると、なぜか妹が洗面所のドアをいきおいよく開けて「きゃあ! お兄ちゃんのエッチ!」とか、騒いでいる。開けたのお前だろ……。


 登校途中、見慣れた景色の中の電柱の前には、前述の早見姉弟が立っていて、「師匠! おはようございます! あなたの弟子です!」と詐欺みたいなことを言い始めるし、その隣には「今日は、童貞を殺す服を着てきたの。早見くん、死んだ?」と真顔で確認してくる羽風さん。

 服装は本当に童貞を殺しにきている、超ミニのニットワンピースであるが、それをなんとか下から見ようと、三バカとも呼ぶべき元・不良が地べたに落とした十円を拾おうとしているので、チョップをして防いでおく。


 これは、日常だ。

 でも、俺にとっては非日常にも思える。


 異世界に飛ばされ、世界を救うこととなった俺は、どうしたって、普通の高校生活になんて、戻れないようだった。


 体感、4年。

 実質、4日だけだった。


 他者からすれば、たったの96時間。

 でも、俺からすると、約35000時間

 大変なことばかりだった。いつだって孤独だったし、仲間が死ぬこともあれば、敵を殺すこともあった。きれいごとばかりではなく、なんとか地球に戻るために、様々なことに手を染めた。


 変わってしまったことばかり――その中でも、いつまでも変わらない存在も、この世界にはあるのだけど。


 それはなにかって?

 いつだってポニーテール、眉毛がまっすぐで、正義感の強そうな委員長である。


 聞きなれつつも、どこか懐かしい声がした。


「景山くん、おはようございます。なんだか騒がしいですが、なにかありましたか? まさか、またいじめられたんじゃないでしょうね……? あら、あそこに痴女みたいな人がいる。通報しなくちゃ」


 振り返れば、いついかなるときもそうであるように、一糸乱れぬ姿の委員長――久遠奏(くおん・かなで)が立っていた。


 なぜだか、俺はいつも、通学路で委員長と出会うのだった。

 それは、四年前……じゃなくて、四日前から変わらず、なんなら高校に入ってしばらくしてから、ずっと同じだった。


 俺は、スマホを取り出した委員長を止める。


「委員長、おはよう。あと、痴女は俺の一応の知り合いで、早見くんのお姉さんだから、多めに見てやってくれ……」

「そうですか? なら、いいんですけど――あと、わたしの名前は久遠奏です。委員長ではありません」

「見逃すんだ……? まあ、助かるけどさ」


 委員長は当然のように言う。


「景山くんが嘘をつくわけないですから」


 そういってスマホを、バッグの中にしまう所作は、育ちの良さが出ている感じだ。

 俺なら、バッグにボンっと投げるようにしまうか、ポケットにつっこむだけ。

 しかし、委員長は、それが宝石であるかのように、大事そうにしまうのだ。


 それにしても、聞き逃せないことを言われたので、否定しておく。


「俺が、嘘をつくわけないなんて、委員長、買いかぶりすぎだよ」


 委員長は、俺の言葉に、少々、驚いている。


「景山くんは、嘘つきさんなんですか?」

「ああ、そうだよ」


 四日前の俺とは、違うんだ。

 こんなことを言ったところで、中二病のやばいやつ扱いされるだけだろうけど、初めて人の命を奪ったあの日から、俺は変わった。

 そいつは、子供たちを快楽のために殺すようなくそ野郎だったけど、それでも、あの、生ぬるい血の色、臭い……魔王を倒し、地球に戻ってきたところで、記憶は消えない。


 様々な記憶がよみがえる。

 嘘なんて、生ぬるい。

 勇者が乱立している世界で、魔王を倒せないやつらがばったばたと倒れていく。俺は最終的に一人で魔王を倒した。

 まっとうなやり方ではなかった。

 まっとうな勇者が表の世界の存在ならば、俺は、選ばれた存在ながら、アウトロー側だ。

 この世界でいうならば、俺は、悪を倒すことを言い訳にしただけの、悪人でしかなかった――。


 その時だった。

 悪の世界になんて、絶対に関係がなく、いつだって清廉潔白を望んでいるような、委員長――久遠奏の声が聞こえた。

 それは、聴覚アップのスキルがなければ聞こえないような、呟きだった。

 

「景山くん……? なんか、その表情……まさか……あなたも、こっち側の人なの……?」


 なんだか、不穏なセリフ。

 残念ながら、俺は勘違いをしていた。

 別に、異世界に行こうが行くまいが、現実が不変なわけはないのだった。


 いつだって、この世界は回っているのだ。


 もちろん、委員長の世界だって――。

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