第26話 こっちとか、そっちとか、どっちなの

 授業中。

 俺は、どうしても、朝のことが頭の中から離れなかった。


 委員長は、こう言っていた。


『あなたも、こっち側』


 どういう意味だ?


 教室の中、委員長の後ろ姿を見る。

 彼女の席は、くじ引きで決めたのにも関わらず、真面目を体現するように、黒板の真ん前、最前列だ。


 あらためて、委員長のことを考える。

 久遠奏。

 ポニーテールの黒い髪の少女。

 目鼻立ちははっきりとしており、眉はまっすぐ。

 かといって、体育会系のように活発系という感じではなく、理知的な印象を相手に与えるのだから、だいぶ、バランスの整った人間なのだろうと思う。


 実際、頭は良い。

 そして、不正を許さないタイプ。

 同時に、融通が利かないタイプ。

 いじめられている奴にも、平気で土足で近づいてきて、「いじめられてるの!?」と聞いてくるような奴だ。


 つうか、俺がそのいじめられていた奴である。

 よく、委員長に聞かれていたっけ。


 あ、そういえば、いじめの首謀者たちはどうなったのだろうか。


 勝俣の席や不良A・Bの席には誰も座っていなかった。

 あの屋上での争い。多少のけがはさせたけど、入院なんてするほどじゃなかった。

 とくに勝俣力也は、異世界でいうところの『生まれつき:前衛タイプの能力者』って感じだろう。あきらかに、怒りでバフがかかっていたし。

 

 ようするに、教室に居ないのは、サボっているということだ。


 だが――ちらりともう一人の関係者を見る。

 中野ミホだ。

 席は遠いが、同じ横列なので、真横を見る形になった。


 中野ミホは、こちらを見ていた。


「……っ!?」


 俺と目が合うと、びくりと体に力を入れて、あからさまに視線をそらし、前を向いた。 

 やけに背筋が良い。ていうか、ペンを持っている手が震えてないだろうか……?


「そんなに脅したっけ……?」


 数日前なのに、すでに記憶が薄い。ララと出会ったことはよく覚えてるんだけど。

 意味もなく中野ミホを見続けていると、彼女の顔はゆっくりと下に向いていき、目をつむりはじめた。

 雷が去るのをまつ子供みたいだった。


 そのとき、教室に声が響いた。

 現国教師の初老男性の声だ。


「こら、貴様! 景山! 授業を聞かずに、そっぽをむくとはなにごとだっ!」


 瞬間、空気の流れが変わったのを、感知。

 前方から、飛来物がある。

 間違いなくチョークだ。この教師は旧時代に鍛えたチョーク投げで、生徒に暴力をふるうことで有名だから。


 俺は、前を向くと同時に、「すみません」と呟く。

 それから、額のまえでチョキを出してから、指を閉じた。


 パシッと、チョークが挟まる。

 この状況でようやく気が付いたが、現国教師、投擲スキル持ってそうだな……。いくらなんでも、狙いが精確すぎる。

 勝俣の件といい、もしかすると、現代にも確認できないだけでスキルは存在しているのかもしれないな。だから俺は、地球に合致する一部のスキルを持ち帰られたに違いない。


「なぁ!?」と現国教師が、口をあけている。


 俺は素直に褒めた。


「先生、すごい技術ですよ、これ。けど、危ないんでやめたほうがいいです」

「かあっ!」


 それからプライドが傷ついたのか、「きさまあ! 教師のチョークを受け止めるとはなにごとだっ!」と二本目を投げてきたので、ピースのチョークはそのままに、薬指と中指で飛来物を受け止めた。


「いや、だから危ないって――」


 俺の言葉を待たずに、今度は、

「え? やばくない?」

「ど、どういうこと」

「CG……?」

 と、周囲がざわめく。


 ……やりすぎた?

 でもこれくらいなら、異世界の住人、普通にやるぞ。

 ナイフ、飛んでくるんだから。

 酒場とかで飯食ってるだけで、遠くから絡まれるし。


 いや、だから、ここは地球だって。いい加減に、なれていかないとダメだろ……。


 周りから、変な空気を感じる。


「なんか、ちょっと、景山っておかしくない?」

「わかる。最近、ちょっと変」

「なんか勝俣ぶっとばしたらしいぞ」

「いやさすがにそれはないだろ」


 くっそ。

 失敗してしまった。

 目立たないようにしようとしたって、もう、俺自身がそれを拒んでいるようだった。

 思わず中野ミホを見ると、顔を真っ青にして、手を口に当てて、慄いていた。

 化け物を見るような目はやめてほしい。すこし傷つく。


 俺はそのまま、視線をスライドして、委員長を見た。

 教室内の空気にのっかって、わざわざ体をひねって、俺を見ていた。

 

 手のチョークを見てから、こっちを見る。

 そっちを見ていた、俺と、委員長の視線が絡まった。


 視線が何かを物語っていた。


『あなたも、こっちの世界の人?』


 まさか……。

 ふっと、気が付いた。

 こっちとか。

 そっちとか。

 どっちなのって思ったけれども。



 いや、まさか……委員長も、異世界帰り……とか、そういう話じゃないだろうな?


 地球に戻ってきてから、厄介ごと続きだが、それでも、これは放っておけない事態なのかもしれない。


 俺は、避けるべきだろう委員長に、自分から近づくことを決めた。


 まずは、昼休み――の前に。


「しねえええ!」と遠くから、チョーク三本目と四本目が両目を狙って飛んできたので、叩き落としてから、さすがにお仕置のつもりで、チョークを一本、投げ返した。


 つうか。


「教師が『死ね』はだめだろ!? ――あっ、やべっ!?」


 チョークを投げた瞬間、俺のナイフ投擲スキルが発動してしまった……!?


 一直線に飛んでいく、ピンク色のチョーク。

 クラス中の生徒が、風を感じるほどの速度。 

 みんなが、俺から、教師のほうへと振り返る。


「ぐはあ」と現国教師の額にチョークがめり込み、あとは、自習となってしまった。


 ……まあいいか、どう考えても暴力教師だし。

 とにかく委員長の発言の真意を確かめなければ。


















〇あとがきと注意書き

ようやく仕事が落ち着き、色々と書いているのですが、

他の書籍化作業などもあり、さまざまな平行作業が続いております。

趣味のゲームも封印していますが、それでも脳が処理落ちしております。


なにか間違いがありましたら(あってはならないのですが)、

ご報告いただけますと助かります。


更新も何もかも不安定な作者の作品を読んでくださりありがとうございます。

(時間がほしい)

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