第24話 本当の化け物は……
俺は、刺激の強すぎる光景から逃れるように、一足飛びにスマホの元へ飛んだ。
着信画面を見ると、当然というべきか、早見くんだった。
置いてけぼりにしてしまったものな……。
「もしもし――」
『――セ、先輩! どこにいるんですかあ! 僕、もう、走り回って、疲れちゃいましたよぉ……』
姉がどうなっているかわからないのに随分と気ままな発言だ。
もしくは俺を信用してくれているのか。
「悪い悪い。でも、羽風さんは、助けたから安心してくれ」
『ああ、そうですか……よかった……二年ぶり八回目の出来事なので、すごい焦りましたよ』
「それ、共通見解なんだ……」
表現が特殊すぎる。
『それで、姉はいまどこに? 犯人は?』
「ああ、えっと、犯人は床でへばってる――」
俺は微動だにしないオーナーを確認。
まだまだ自力で目覚めることはできないだろう。早いところ警察を呼ぶか。
「――羽風さんもそこに居るけど……あれ?」
いない?
俺は周囲を見渡した――すると。
「だーれだ」
などという、ふざけたセリフと共に視界が奪われる。
……気配がなかっただと!?
いや、違う。
俺が、羽風さんのことを意識しないようにし過ぎていたせいで、自動的にハイド状態のようになっていたのだった……!
『あ、姉もいるんですね。良かったです』
早見くん、全然よくないぞ。
お姉さんは、状況がわかっていない。
だーれだ、とか言っている場合ではない。
俺はゆっくりと羽風さんと思しき手をずらすと、真顔のままスマホをいじり、早見くんに位置情報を送った。
「早見くん、申し訳ないけど、この位置に警察を呼んでくれ。現行犯じゃないと、説明もできないだろ」
『あ、はい、わかりました。じゃあ一度切りますね』
つーつー、と音が聞こえる。
背後を、ゆっくりと振り返った。
当たり前だが、羽風さんが居た。
きわどい衣装のまま、にっこりと笑う。
「景山くんって強いのね?」
「ああ、まあ……多少は……」
なんだろう。
ふんわりとしているはずなのに、笑顔がめっちゃ怖い。
「わたし、昔、彼氏がいたこともあったんだけど、すぐイナクなっちゃうのね? 新しくできても、イナクなっちゃうの。だから人と付き合うのはやめてたんだけど……」
「いなくなる……」
え?
いなくなる……?
別れる、じゃなくて……?
え?
「どうしてか、みーんないろんな事件に巻き込まれて、いなくなっちゃうの」
それは、まさか二年ぶり八回目の何回かの事件でいなくなっているのでは……。
ああ……俺は気が付く。
こういう『悪いパッシブスキル』というか、『悪い星の元に生まれた人間』ってのは異世界にも居たよ……!
やたらと悪者にさらわれる姫みたいな人。そして周囲は巻き込まれ、時として命を落としていた。かわいそうな護衛隊長……。
まさか、地球にもそんな人間が存在していたとは。
羽風さんは、一歩、こちらに近づいてきた。
俺は、なんとなく、一歩、後ずさった。
「な、なんでしょうか、羽風さん」
「なあに? 景山くん?」
「い、いや、羽風さん……警察が来る前に、着替えておきませんか。それは証拠で置いておけばなんとかなるでしょうし……そのまま警察とあうのもイヤでしょうし……」
「やだ。脱げってこと? こんなくらいところで……なにするの?」
ぽ、と赤くなる羽風さん。
「違うわ! もう少し緊張感を持てよ!?」
こんな暗いところに拉致監禁されていたヤツの対応じゃない。
悪い意味で慣れ過ぎている。怖いよ、この人……。
「ねえ、わたし、思うんだけど、景山くんなら、わたしと付き合っても『イナクならない』んじゃない……? そう思わない……?」
「思わないです……俺もイナクなるはずです……」
「そうかなあ? ためしてみない?」
ごくり、と唾を飲んだのは、恐怖からではない。
なぜか……なぜか、羽風さんがやたらと、体をしならせて、こちらに近寄ってくるのである。
肌色の多いセクシー美女なのだ。なのに――なのに、なぜか冒険者を誘惑して捕食するモンスターを思い出している。
「ねえ、景山くん。お姉さんに興味ある……?」
後ずさり、後ずさり。
俺の踵が壁に当たる。
「ぐっ!?」
逃げ場がない。
「……景山くん、彼女、いるの?」
異様にてかった唇が、俺の名前をなぞった瞬間――ぶちっと、脳内の何かがはじけ飛んだ音が、耳の奥から聞こえた。
「いませんけど! 生まれてから一度も居ませんけど、ごめんなさい! とにかく警察と弟さんと合流してください! 犯人は縛っておきますから……! ――小さき生命よ、輪廻をその身で示せ『スネーク・バイト!』」
射出されるのは、小さな蛇である。
思いのまま、手を振り、オーナーの体と足に巻き付かせ、自分の尻尾をくわえさせる。と、そのまま硬化し、奇妙な蛇のオブジェクト――拘束具の完成。これで犯人の目が覚めても動けないし、仮に目を覚ましたとしても俺の元に反応が届く。
視線を元に戻すと、眼前にでかいナニカがプルプルと接近していた。
緊急退避! 緊急脱出! 緊急――とにかく緊急!!
「とりあえず、さようなら! 近くで見張ってますから!」
俺は割った窓ガラスを踏みしめてスキルを発動。
とにかく隣のビルの屋上にでも隠れていよう……肌色の世界にはもう耐えられない……!!
「ああ! 景山くーん!」
待ってー、と背に声を受けながら、俺は夜の街に飛び込んだのだった。
犯人がやったことは許されない。そんなのは当たり前だ。
しかし。
けれども。
もしかすると、本当の怪物だったのは、実のところ――いや、これ以上考えるのはやめておこう。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。
これで終幕となりそうだ。
*
後日談。
オーナーは無事につかまり、法の裁きを受けることとなった。
やはり初犯ではなかったらしい。
ああいう輩はまだ街にたくさん存在するのだろう。
俺は自分が何をすべきなのか――それを今回、理解できた気がした。
なお、事件は解決したというのに、早見くんからは、毎日、通学路の同じ場所で「師匠! 弟子入りをさせてください!」と頼み込まれている。
で、その横に、もう一人、登場人物が追加された。
やけに色気のあるお姉さん――羽風さんだ。
「景山くん……! 師匠はどうでもいいから、お姉さんとちょっと話さない?」
「お姉ちゃん! どうでもよくないでしょ! 数か月ぶり、九回目になったら、どうするの!?」
「それは景山くんが助けてくれるから~」
「まあ、それもそうだけど……」
それもそうだけど、じゃないわ!
俺は心の中でツッコミながら、もはやストーカーじみてきた姉弟から、今日も今日とて逃走するのであった……。
―第2章 終了―
○コメント
2章終了です。
基本的にこの物語は、延々と誰かを救っていく話を想定していますので、ある意味、ストーリーは繰り返されますし、最終回もこんな感じを想定しております。
さて、今後の方針は『2023年6月24日投稿済み』の『近況報告』をお読みください。
よろしくお願いいたします
(近況報告URL)
https://kakuyomu.jp/users/kugakyuu/news/16817330659316159413
元いじめられっ子の俺、異世界から帰還する 斎藤ニコ・天道源 @kugakyuu
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