第23話 ヴー、ヴー

「大丈夫ですか? 俺です。景山です」


 羽風さんに口枷はついていたたが、目隠しはされていなかった。視界の中で、俺の姿がぼんやりと浮かんできたのだろう。


「んんんんんん!」


 たぶん、名前を呼ばれた。


「落ち着いてください。脅威は排除しましたから」


 バイトの制服は破れていても、血は出ておらず、ある種――性的なロープの縛り方をされているだけで、何かが始まっていた様子はない。


 犯人が言っていた通り、『予想外に開始をせねばならなかった』ので、用意する時間が余計にかかったのかもしれない。

 ……ただ、これが初犯とも思えないから、あとで、警察に担ぎ込まねば。


 ジロジロ見るべきではない……どちらかというと、見ると大変なことになるので、見たくないというほうが正しい。


 俺は体の奥底から湧き上がってくる『ナニカ』を放出するように、羽風さんを拘束している赤いロープを両手でつかみ――ちぎった。


「……!?」


 羽風さんの目が丸くなるのが、ありありとわかったが、取り繕っている暇がない。

 視線をどこに向けても、肌色か、密着か、ロープである。変に動くものだから、何かが見えて、隠れて、また見える。勘弁してほしい。


 あと――ヴーヴー、という振動音が延々と続く。


「ん! ん!」


 羽風さんが俺を苦しげに見て、首を振った。

 思わず視線が合う。


「あ、いや……く、くちの外しますから……!」


 これまたブチブチっと口枷をちぎった。


「ぷはっ!」


 羽風さんが新鮮な酸素を求めるように、大きく口を開いた。

 ところどころロープは残っているが、外れきっていないだけなので、問題はないだろう。

 ロープの跡は残っているが、目に見えないケガもしていないようだった。


 羽風さんには、色々なことを見られた。

 暗く、遠かったため、ぼんやりとだろうから、刃物が折れたところなんかは見られてはいないだろうが……。

 

 俺はそっとしゃがんだ。


「大丈夫ですか?」

「う、うん……」


 いつもは明るい羽風さんも、さすがに顔が青い。


「ありがとう、景山くん……」

「い、いえ」


 間近で見る羽風さんの目が赤い。

 怖かったのだろう。

『ストーカーには慣れている』なんてうそぶいていたが、ここまで急展開な事件に巻き込まれたことなんてないはずだ。


「わたし、こんなことに巻き込まれたことって……」

「はい」

「……二年ぶりぐらいかも」

「経験あるの!?」

「二年ぶり八回目だよ……もう巻き込まれないのかなーって安心しちゃった~。今回のは過去最高だったけど」


 よく今まで無事でいられたな。

 運が良すぎる。


 羽風さんはゆっくりと立ち上がる。

 ぶるん、と何かが揺れたが、気にしない。


 で、振動音。

 ヴー、ヴー。


 羽風さんが声をあげた。

「あっ」

「え!?」

「そうだ、伝えたかったことがあるの……!」

「は、はい!」


 半裸に近い……いや、それよりも煽情的な姿の羽風さんが、俺にぐいっと近づき言った。


「さっきから、スマートフォンが着信してない?」

「え?」


 ヴー、ヴー。

 ヴー、ヴー。


 冷静になって音をたどる――遠くで、小さく光り、振動している物体。


 俺のスマホである。


 ……どうやら、突入してゴロゴロ転がったとき、ポケットから落ちたらしい。

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