第22話 へんな振動音がするけど、まず、助ける。

 夜の街が後ろへ後ろへと消えていく。

 人に見られることは避けたい。だから屋根の上を飛んでいく。

 ここは地方都市だ。

 中心地である駅前から外れていけば、すぐに雑居ビルの中に民家のまじった街並みとなっていく。

 そこに寄り添うようにして、複合施設に人足を奪われ閉店が相次ぐ商店街が、数キロもの間続いていくのだ。


 俺は最大出力を自らの体に求め、その都度、全力で駆ける――。


 不本意だが……めちゃくちゃ不本意だが、洗濯籠から持ってきたらしい、おそらく使用したあとの下着だったおかげで、持ち主への道筋は、糸をひっぱてきたように明確に見えていた。


「……あそこだ!」


 そこは、商店街の端だった。

 低く横幅の広い雑居ビルが1つ。そして5階まである雑居ビルが1つ。寄り添うように立っている。

 その広いほう――最上階。そこに羽風さんの反応があった。

 大丈夫だ。反応があるということは、命があるということ。


 ――階段なんて使ってられるか!


 俺は心中で足元の家主に謝罪をしながら――けれども、遠慮なく、民家の瓦屋根を思い切り蹴った。

 ぐうん! と引っ張られるような体。重力――異世界とは感覚が違う。体が重い気もする。


ミシミシミシ――骨が鳴った気がした。


「く……っそ……おおおおお!」


 しかし、俺は空中を蹴るように無理やり体を動かし、平たいビルの三階へ飛び込んだ。

 知らない人間みたら、宙に放り投げられたマネキンにしか見えないだろう。それぐらいに非現実的な動き。


 ――ガシャーン!


 小さい窓が三つ横に並んでいる。それでも俺の体は入るので問題はない。

 薄い窓ガラスは方々に飛び散った。


 俺は勢いそのままにビルの中を転がる。 

 遠くからみたかぎり光源はなかった。廃ビルのはずだ。

 人がいるわけもない――が、反応はあった。


「な、なんだ!? なにごとだ!?」


 うろたえるような声。

 聞き覚えのあるソレ――あらかじめ想定していたオーナーの声と一致した。


「だ、だれだ! 貴様!」


 おそらく、いくつかのフロアにわかれていたのだろう。

 しかし今では、すべての壁が破壊され、支柱が露出し、ワンフロアとなっている。


 その角。

 暗闇の中、小さな光源を頼りに活動する男――そして、女。


 俺は叫んだ。


「羽風さん……!」

「んー! んー!!」


 羽風さんは、体を赤いロープで縛られていた。

 それも、足を大きく開くようにして、壁にひっかけられていた。胸元も必要以上に縛られている。

 服装はなぜかバイト先と同じもの。しかし、ところどころ刃物による破損が認められる。

 血の匂いは……しない。

 なぜか異常なほどの量のカメラが縛り付けられた羽風さんに向いていた。


 距離にして約50メートルほど。

 月が明るいせいで、常人でも人影はわかるだろう。

 だが、それが誰なのか、何をしているのか。詳細は、視力強化・暗視スキルがあってこそである。


 俺ははっきりと見える。


 ――しかし、向こうから、俺の動きは見えていない。


「誰だって言ってんだ! こっちは立て込んでんだから、どっかいけ!」


 大人の焦った声。なのに、いたずらが見つかった子供みたいに、せわしない。


 ……とりあえず、血の匂いがしなくてよかった。

 命もあってよかった。


 俺は腹から声を出した。


「お前は……! 何をしてんだっ……!」


 あえて表現するならば『覇気』だろうか。

 俺はそういった『圧力』を相手にぶつける。


「ひっ」


 オーナーがびくりと後ずさる。


「ん……!」


 羽風さんも体をよじった。

 いけない……。指向性があるものではないので、羽風さんにも影響が出てしまった。


 だが、手を抜くわけにはいかない。

 いじめだって犯罪のようなものだったが、これはそういう話じゃない。

 誘拐、傷害……場合によっては殺人未遂。


「お、お前誰だ……! お前には関係ないだろうが! 同意のもとなんだよ、これは! さっさとどっかいけ! 警察よぶぞ!」

「読んだら困るのはアンタだろ、オーナーさん。バイトの女の子誘拐して、縛って、どういう言い訳するつもりだ」

「な――お、お前、なんて俺が……ああ……ああ! まさか、昼間の……! くそがき……!」


 俺の顔は見えていない。しかし正体にあたりはつけたらしい。

 残念というか、さすがというか、それは正解だった。


「あのガキ! ああ! あのむかつく顔したガキだな! なるほどなるほど! お前も、俺と羽風ちゃんの間を邪魔するごみってことか! よし、大人に歯向かったら、どうなるか教えてやろう、先にお前だお前を処理してやろう!」


 チャキっと。

 甲高い音がした。

 地面に置いてある刃物を取ると、あんな感じの音がする――事実、こちらにゆっくりと近づいてくるオーナーの手には大型のサバイバルナイフ。


 まるでサンドイッチをつくるみたいな気軽さで、俺に刃先を向けてきた。


 慣れている――俺は最初にそう思った。そしてそれは真実なのだろう。

 何をしようとしていたのかは不明だが……ここで終わらせてやろう。


 遠くの羽風さんは俺のシルエットぐらいしか見えないはずだ。

 早見くんも追いつくわけはなく、周囲の人間が気づいているなら、そもそも羽風さんは救われていた。


 俺を認識しているのは、目の前のオーナー――いや、地球に救う魔物のような生命体1つのみ。


「ほら、こいよ、クソガキ。大人なめてんじゃないぞ。俺と羽風ちゃんの時間邪魔しやがって――本当はよ、本当は、もっと準備してから、調理したかったんだよ……! てめえが、むかつく視線を向けてくるから、焦っちまったんだ……! くそ! まあいい! お前を殺せば、溜飲も下がる……!」


 俺は軽く腰を落とす。


「弱い奴ほど、強者に怯えて、余計なことをするもんだ」


 一撃でいい。

 一撃で充分だ。

 こいつと何かを語る必要はない。


「ああ!? ウルセえp9おjはⓢⅾぴは』pjhだポイjhpjhだぽj」


 よくわからない言葉をまき散らしながら、化け物は俺に向かって走る。

 手にもったナイフが、男の気持ちを過剰に強化している。


 相手は高校生だ――俺が負けるはずはない。

 俺はいまから楽しむんだ――その前に、邪魔をしてくれたこいつを排除できたら、なお楽しくなるだろう。


 欲望が、形となって俺にぶつかってくる。


「事情なんてどうでもいい。まずは、羽風さんを救う――」


 俺は俺に命令した。

 それは魔法とは違う、スキル発動のための、短文命令。

 

 意識を際立たせ、発動の精度を高めるリミッター解除の詠唱。


「――唸れ、風の咆哮……『エア・スライサー』!」

「だsぽいhsぱおいでゃ――ぎゃっ!?」


 風が刃となり、相手に襲い掛かる初期スキル。

 しかし極めれば、魔物の骨ごと断ち切ることだってできる。


 もちろん人間なんてひとたまりもない――のだが、もちろん、異世界とは違い、地球では殺人となる行為に手を染めることはない。


 撃ったのは、相手のナイフに向けて。


 カンカン、と地面にブレードが落ちる。


「……え?」


 呆けたような声。

 ふりかぶったナイフは柄しか存在しない。


 俺は、一足に飛んだ。

 数十メートルの距離が一気に縮まり――。


「――目が覚める前に、罪を償う準備をしておくんだな」


 俺は空中で回転。男の顎をかするように、回し蹴りを入れた。


 カコーン、と音がするようなクリーンヒットだった。


「あが……」


 男はそのまま崩れ落ち――静寂がやってきた。


 訂正。


「んー! んー!」


 向こうから、羽風さんの声。


 ヴー、ヴー。


 同時に、何かが細かく振動するような音。


「んー! んっ!」


 で、続く、羽風さんの声。


 そして、静寂のなかでなり続ける音。


 ――ヴーヴー。


 縛られる美人女子大生。

 赤い紐。

 

 ……俺、変な想像してませんからね、本当に。


「と、とにかく、助けますから! ちょっと待っててください!」


 俺は羽風さんに近づいた……。

















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体調不良をだましつつやっていたせいか、

三連休、突如の夏風邪でダウンしておりました・・・。

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