第21話 これで居場所が見つかる!

 カフェの前につく。

 店内は見えない造りとなっているが、隙間から明りは漏れるはずだ。しかし、当然というべきか、店内は真っ暗だった。

 ドアに手をかけてもみるが、やはりこちらも鍵がかかっている。

 試しに、普段はオフにしている気配探知スキルを発動するが――人の気配はなかった。


 誰もいない。

 なのに羽風さんは帰ってこない……。


 しばらく調査し、ここにヒントがないことを理解した頃。


「お、おまたせしました!」


 早見くんがやってきた。

 到着すると、膝に手を置いて息を整える。


「疲れてるとこ申し訳ないんだが、時間がないかもしれない。急ごう」


 色々なことが一日の間に発生しすぎていた。

 俺も速度感がわかっていない。


 これは本当に事件なのか。

 事件だとして、どういった類のものなのか。

 そして、時間はどれくらい残っているのか――。


「す、すみません……こ、これ! 持ってきました……!」


 早見くんは背負っていたバッグの中から何かを取り出した。

 さきほど、持ってくるように頼んだ代物だろう。


 俺が異世界で取得したスキルの一つに『追跡』というものがある。

 モノには持ち主の思念が宿るものだ。大切につかっているものや、日常的に使っているものは、とくにソレが強く残る。

 警察犬が匂いを元に追跡するならば、人は念を読み取り追跡をする――。


「俺に任せろ。これさえあれば、どこまでだって羽風さんを追いかけてみせるさ」

「匂い……とかですか?」

「まあ、似たようなもんだ」


 俺はしっかりと頷きながら、早見くんの手中にある物体をしっかりと受け取った。

 ずいぶんと柔らかく、さらさらとした布だった。


 駅近くとはいえ横路地だ。

 常夜灯はあるものの光源は弱く、暗くて、手元が良く見えない。


 手触りからして……普段から持っているハンカチあたりだろう。

 常に持ち歩いているものを――という指定だったので、使用頻度の高いものを選んできたのだろうから、問題はない。


 俺は、ハンカチっぽいものを握りしめ、その手を自分の額(おでこ)に重ねた。

 集中――。


「先輩、それで大丈夫ですか?」

「ああ、問題はないはずだ」

「姉が普段から使ってるやつで、一番のお気に入りのやつです」

「集中するから、少し静かにするように――」

「あ、はい、すみません……。でも、先輩、いったいどうやって、姉のパンツで居場所を探るんですか……?」

「集中してるから――ちょっと待て、今なんていった」

「どうやって探すんですかって」

「その前だよ……!」


 なんか不穏なこと言ってたろ!

 俺が一瞬で異常者になるワードがお目見えしていたろうが!


「え? パンツ、ですか?」

「パ……」

「はい。急いでいたので、とにかく、普段身に着けてるものは……と思いまして、洗濯籠から持ってきました……!」

「パ、パ、パパ、パンツ……」


 俺は震え始めた手をゆっくりと開き、自分が何を握りしめ、額にあてていたのかを確認した。


 ――手触り抜群のさらさら感、めちゃくちゃ高そうな刺繍のはいった、白いパンツを握りしめていた……。


 早見くんが、戸惑ったように言う。


「匂いで、わかるものですか……? 先輩、警察犬じゃないですし……」

「かぐわけないだろ! 見つかるわけもないわ! ていうか警察犬でも、パンツはやめろ!」

「え!? 見つからないんですか!?」

「見つかるけども! 見つけるけども!」

「嗅いで、ですか?」

「嗅がねえよ! パンツを嗅いで持ち主見つける男子高校生なんて、居てたまるか!」

「や、やっぱり見つけられないんだ……うう……」

「ややこしい!」


 俺はパンツを地面にたたきつけたい気分を抑えながらも、必死に自分い言い聞かせた。

 命がかかってるかもしれないんだから!

 下着なら、条件に合致しているんだから!


「早見くん、このことは羽風さんには絶対に言うんじゃないぞ……!」

「パンツを嗅いでいたことですか?」

「嗅いでない! 額に当ててるだけだ!」

「パンツを額に当てたことを言わなければいいんですね……?」

「俺がパンツを握りしめていること、そのほかすべて!」

「わかりました……! 絶対に、姉には言いません!」

「よし……!」


 言質をとったところで、俺は大きく息を吸って、静かにはいた。


 心を無に。

 さらさらで刺繍の入ったいつもはいているお気にいりのパンツ――いや、心を無に。


 無!

 無!

 無!


 額にパンツを押し当てて、念じる。

 魔法とは違い、スキルに詠唱は不要だ。


 必要なことは精度を高めるための集中力だけ――


「――トレース」


 その瞬間、手の中のパンツが仄かに発光した。

 日中は気が付かないレベルだが、薄暗い路地では蛍光のように薄く光る。


「あ、先輩! パンツが光ってます! 手品ですか!?」


 行方不明の姉のパンツで手品されてるとしたら、もっとキレていい。むしろキレろ。


 俺の心の中に、ぼんやりと浮かんでくるのは、根拠のない――しかし、はっきりとした感覚。


「……わかったぞ。ここから……北西に2キロ……あのあたりって、空き店舗の多い商店街のほうだよな」

「タ、タクシーとか使います!? 姉は無事ですか!?」

「俺が走った方が早い! ――先にいくからな、早見くん!」

「え、ちょっと、場所って……ええ!? 足、はやっ!? ちょ、せんぱ――」


 いつまで時間が残っているのかが、わからない。

 羽風さんの安否確認が優先だ。


 ――敏捷性アップスキルを発動。


 俺は早見くんを置き去りにして、一人で夜の街を疾走した。

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