第18話 メイド属性・姉属性

 早見くんのお姉さん――羽風(うか)さんに案内されて、席についた。

 四人掛けのボックス席だ。


「カウンターじゃなくていいんですか?」

「うん。今の時間は暇だし、席も空いてるしね」

「そうなんですか」

「このお店、場所が少し奥まったとこにあるし、お店の中も見えないし、SNSもしてないから、常連さんばっかりなの。あ、でもリピート率はすごい高いんだよ~」


 えへ、みたいに笑う羽風さんは、大学生というより、高校3年生がバイトをしているように見えてしまうぐらい、無邪気だ。……とりあえずスタイルは置いておけ、俺。

 彼女とは、最初に挨拶をしたあと、もう一度だけ挨拶をし、軽く話をしたことがあった――つまり今回話すのは三回目のはずだが、距離感のつめかたもエグい。まるで近所のお姉さん。

 リピート率の高さの10割が、目の前に立っていると思われた。

 羽風さんは重そうなメニューを俺の前に置いた。


「景山くん、これ、メニューね。決まったら呼んでね」

「あ、はい、わかりました」


 俺はメニューを開く。

 初めて見た、という感じのものはない。

 それにしてもメニューって久しぶりに見たな。

 異世界なんて、基本的に口頭だからな。転移当時は、注文の一つもできなくて、よくわからない獣の肉とか出されてたけど、臭くてしかたなくて――えっと。


 俺は顔を上げた。

 笑顔のままの羽風さんが居た。

 立ち位置変わらずに、俺をずっと見ている。


「あの……なにか?」

「気にしないでいいのよ?」

「いや、さすがにこの距離感で立ってられると、気になるといいますか……」

「じゃあ少し離れるね」

「はい」


 羽風さんは、後ろに半歩ずれた。


「……」

「はい、すこし♡」


 意味がわからないのだが、羽風さんはそういうと、巨大な胸の前に両手をおいて、両手で♡マークを作った。

 まるでメイドカフェのようだが、ここはそういうサービスはしていないだろう。メニューにも書いてない。


 そこからまた動かずに、ニコニコしながら俺を見る羽風さん。

 最初から思ってたけど、早見家の人間は距離感や雰囲気が独特である……。


「ヒマだし、どうせ店内で立ってるんだから、景山くんの傍にいたほうが、早いでしょ~? 現代は、効率化の時代なのよ? タイパなの」

「……はい。ちなみにそのハートポーズは、メニューじゃないですよね……?」


 念のため。

 課金されてたら高額っぽい。


「わたし、本当はメイドカフェで働きたかったんだけど、まちがってここに面接にきちゃったの」

「間違いすぎです」

「でも、オーナーが良い人でね、メイド服を用意してくれたの~。だからたまーにこういうこともするんだよ。もちろん無料だから安心してね~」

「な、なるほど」


 来店時に、ここのオーナーの趣味を疑ったのだが、むしろ着ている本人の希望だったか。


「景山くん、弟のこと、守ってくれてありがとうね? 一週間ぐらいかな? 毎日、景山くんのお話をするのよ、つーちゃん」

「ああ、いえ、守ったなんて、そんな……」


 羽風さんは軽く腕を組んだ。

 軽く、というか、軽くしか腕が組めないようだった。

 理由は想像に任せる。


「つーちゃんは、すこし細いし、色が白いし、かわいいから、いっつも攻撃されちゃうの――でも、本当はたくましいところもあるんだよ」

「ええ、わかってますよ。お姉さん想いのいい弟さんだと思います」

「なんか、景山くんって大人っぽいね。年上の人と話してるみたい。具体的には今より四歳ぐらい上の精神年齢に見える~」

「……ハハハ、ソンナコトナイデスヨ」


 天然っぽい人の直観ってやけに鋭いときあるよな。

 なのに天然だから、ストーカーとかは気が付かないっていう。


 俺は店内を見渡した。


「あの、それで他の――コーヒー淹れる方とか、いないんですか」


 店内は俺と羽風さんのみだ。

 羽風さんがコーヒーを淹れるのだろうか。


「オーナーはいま、奥の倉庫の片づけとかしてるよ。以前、わたしがやったら、更衣室が半壊したから」

「なんで倉庫を片付けると更衣室が半壊するんですか……」

「えっと、ロッカーとカーテンで仕切ってる倉庫兼更衣室で、ロッカーが全部倒壊したの――オーナーは許してくれたけど、それからは倉庫の片づけはオーナーがやってくれてるんだ。優しいよね~」


 えへえへ、と笑う羽風さんを、オーナーさんも許すしかなかったんだろうな……。


 盗撮の中には、更衣室ってシチュエーションはなかったな。

 全部、私生活の一部と、あと――風呂か。上から撮影した感じの。

 今気が付いたが、もしも俺がこの店の客で、かつ羽風さんのストーカーなら、店内のメイド服姿は、普段は見られない貴重な姿だから、撮影しまくる気がする。

 それが入ってないってことは、この店の関係じゃないのかな。

 もしくはメイドは趣味じゃないとか、メイドは見飽きたから私生活のほうが興奮するとか――ダメだ、わからん。


「難しい顔してるね、景山くん」

「ちょっと悩みがありまして」


 あなたの悩みなんですけど、なんて言わない、言えない。


「そっかぁ。おっぱい枕する?」

「そうなんですよ……いまなんて?」

「おっぱい枕」

「お……?」

「おっぱいで出来た枕ね?」

「そんなものが存在してたまるか! 異世界にすらなかったわ!」

「え? 景山くん?」

「あ、す、すみません。ちょっと、持病の興奮病が」


 びっくりしすぎて、素が出てしまったが、どう考えても俺は悪くない。


「うちね、親が外資系に勤めてるから、すっごい転勤が多くて、わたしが親代わりしてたんだ。つーちゃんは、小さいころ、不安なことがあると、わたしのおっぱい枕で、お母さんを思い出してたんじゃないかなあ。不安も解消したみたい」


 お母さんか……なんか、今の時点でも、すごさが伝わってくるぞ。


「まさかですけど、今も、そのスキルを弟に……?」

「ううん。大きくなってからは、つーちゃんも、求めてこなくなったのよ。強くなったのね」

「そ、そうですか」


 お姉さん。

 それは強くなったんじゃなくて、恥ずかしさが増したんだ。

 同じことかもしれないが、男にとっちゃ違うんだ。


「で、する?」

「するわけないだろ!」

「メニューにも書いてあるのよ?」

「参考に、どちらに!?」

「嘘よ~」

「知ってましたよ? ほんと、知ってましたけどね?」


 ざわざわとしていた時だった。


 店内の奥――おそらく、倉庫兼更衣室につながっているだろうドアが開いた。

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