第13話 ルート分岐が風呂場で発生するってマジ?

 早見くん&お姉さんペアと別れた後は、とくに何かに巻き込まれることはなかった。


 無事に自宅にたどり着いたときの感動といったら、ソロで潜った洞窟から数日振りに生還したとき並みのものがあった。


 家は良い。いろんなことがあった後だと、なおさら心にしみた。


「一日でこんなに人と知り合うなんて、俺の人生、最初で最後だろ……」


 つぶやいた言葉は風呂場の湯気の中に消えた。

 現在、俺は一人で『浴槽』につかっていた。


 温かいお湯は最高。水がいくらでも出てくる蛇口は魔法よりすごい。

 腹も膨れている。

 帰還してから何度目かの母親の食事だった、何度食べてもただただ美味かった。

 そもそも日本食はヤバい。異世界へ転移して、ふっくらとした米の甘味をあんなに懐かしく感じるなんて思わなかった。


「かたすぎて歯が折れそうな黒パンとか、臭い獣肉とか……ああ……思い出しただけで、もう戻りたくない……」

「どこに?」

「どこって、そりゃイセ――」

「伊勢?」

「……伊勢神宮」

「ふうん? 戻るも何も、お兄ちゃん、行ったことないよね、伊勢神宮」

「ちょっと、待て。なんでいる――サキ」


 当たり前の様に会話に入ってきた我が妹。

 別に、家族だし、会話をすることに問題はないが――時と場合による。


 ここは風呂場である。

 裸になる場所である。


「ちょ、ちょっと! 出ていってくれ!」


 俺は思わず体を隠した。

 いや、隠す必要なんてないんだけど、なんだかんだで四年ぶりに会う妹に、ちょっと気恥ずかしさを覚えていた。

 祖母の家に一か月ほど預けられた時でさえ、久しぶりに再会した親に違和感を覚えたものだ。それが四年分である。


「なにいってるのよ、兄妹なんだから。それに、わたしは水着着てるでしょ」

「いや、まあ、そうだけど」


 その通りで、先は学校用のスクール水着を着用していた。

 咲はおもむろにスポンジを手に取ると、石鹸をこすり付けて、泡立て始めた。


「……なにしてんの?」


 股間を隠しながら尋ねると、我が妹は手招きをしてきた。


「ほら、お兄ちゃん。背中ながしてあげるから、あがってよ」

「いいよ……べつに……」

「エンリョなんてしないでいいから」


 妹は泣き虫だが、強情でもある。

 否定しても、絶対に引かないだろう。

 

「じゃあ、目をつむっていてくれ。あがるから……」

「女の子みたい……」

「っく」

「ほら、目をつむったよ」


 股間を蹴ってくる女を救急車に乗せてしまった俺だけども。

 それでも、妹とはいえ股間を見られるのは嫌だ……!


「じゃあ、出るよ……」


 ていうか、なんで背中を流してくれるんだよ。

 そんなこと、今まで一度もなかったろうに。


 椅子に、前傾気味に座った俺を確認すると、咲はスポンジを俺の背中に押し付けてきた。


「じゃ、あらうねー。かゆいとこあったら教えてねー」


 ごしごしごし。

 ゆっくりと丁寧に背中がこすられていく。


「おお……なかなかうまいな……」

「そう? 洗ったことないから、コツとかよくわからないけどね」

「むしろ、なんで洗ってくれるんだよ」

「んー? 別にー」


 咲はそう言いつつも、勝手に言葉をつづけた。


「なんか、お兄ちゃん、遠くに行っちゃいそうだから……たまには背中を洗ってあげれば、ずっとうちに居てくれるかなって……」

「なんだそれ。俺の家はここしかないんだから、どこにも行けないだろ」

「わかんないよ……でも、そう思っただけ」

「……そっか」


 朝からずっと似たようなことを言っているよな。

 咲には本当に負担をかけてしまったみたいだ。


「お兄ちゃん、学校で嫌なこととか、あるんでしょ? なんとなくわかるし、わかってたし。そういうのも、気づかないふりしてたけど、わたし……ちゃんとお兄ちゃんのこと気にしてあげるね、これから」

「ああ、そっか……」


 いじめられてたことも、誤魔化せていなかったわけか。

 昔の俺なら、焦りまくって、顔が熱くなって、息も苦しくなって、即座に否定してたと思うが――今の俺は違った。


「たしかに、お兄ちゃんはいじめられてたこともあるよ。学校も嫌いだったし、友達もいなかったし」

「そっか――ん? 過去形なの?」

「ああ。俺も強くなったからな。もう大丈夫だよ」

「そうなの?」

「嘘じゃない、安心してくれ。俺はどこにも行かないしな」

「ならよかった――たしかに、そうだね。なんか……嘘みたいだけど、お兄ちゃん、たくましくなった気がする。体も……あれ? 朝より、ちょっとお兄ちゃん、大きくなってない? そんなことある?」

「はぁ? そんなことあるわけないだろ……たぶん」


 言いつつも、思う。

 俺は常に『異世界に転移』と表現していたが、女神が言うには、正確には『魂の転送』というらしい。

 体は現実世界にあったわけで、魂だけが形をともなって異世界で活動していたのだ。だから時間のズレも解決できた。

 あちらの世界では、四年で身長が175センチ以上はいっていた。

 こっちの世界では160センチ前半だ。

 仮に成長した魂が、現世の体に戻ってきて……体格に影響があるのだろうか。でも、ステータスも変わってるわけだし、無いとは言い切れないよな。


「はい、おわり――でも、お兄ちゃん、元気そうでよかったぁ」

「だから、心配しすぎだって」

「はいはい――あ、ついでに前も洗ってあげよっか?」

「い、いらねーよ!」

「あはは、彼女でもできたら洗ってもらうといいよね」

「あほか!」


 女の子の成長は早いとか聞いたことがあるけど、いくらなんでもませてるだろ。


「いないの? 彼女」

「いるわけないだろ……」


 異世界でもそんな浮ついた話はなかった。 

 明日死ぬかもしれないと思って戦っていた。魂による体とはいえ、死すれば滅するといわれていたし。

 途中知り合った他国の勇者――つまり他の転移者も、少なくない人数が死んだのだ。


 だいぶ暗い顔をしていたのだろう。

 咲がつらそうな声を出した。


「お兄ちゃん……辛いんだね……」

「ああ、いや……そんなことは……」

「でも、最近は、結婚をしない選択も普通にあるんだよ……?」

「今からそんな心配はしてない!」

「あははー。うそうそ。でも、なんかお兄ちゃん、女の子の話をしても慌ててないし……実はそういう出会い、あったりして?」

「出会い……」


 たしかに、今日は恐ろしいくらいの出会いがあった。

 思い返してみれば、ほとんどが女子だ。


「……え? うそでしょ。冗談でいったのに、ほんと?」


 咲が目を丸くしている。

 俺は急いで否定した。


「い、いや! ないない! できたのは――そう! あれだ! 弟子ができたぐらいだ!」

「え? 弟子? 弟子ができたの? 嘘じゃなくて?」

「ああ……うん、嘘じゃなくて……」


 なんてこった。

 今、俺は『自分で自分のルート』を決めてしまったようだった。


 つまり、弟子がいることになった。

 だって――お兄ちゃんとして、妹に嘘はつけないだろ……?

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