第12話 僕は強くなりたいんです! 姉の……。
委員長の元から逃げてきた俺は、敏捷性アップのバフスキルを解除し、普通の高校生へと戻った。
「はぁ……危なかった。自分から余計なことを言うところだったぞ……」
地球に戻ってきて、たった数日。
高校生活に戻ってから、たった1日。
慎重にいかないといけない――と誓った矢先に問題を起こしてるのだから、自業自得ではあるが……まさか、用心棒を雇ったと思われていたとは。
まあ、たしかに『俺がやった』とは思えないか。こっちでは数日しか経過していないのだから、委員長の中の俺は、非力ないじめられっ子だ。
「それにしても、用心棒ねえ……?」
異世界的にはよく聞いたワードだけど、地球で聞くと、やけに浮いて聞こえるよな。
サムライ、なんて呼ばれていたから思いついたけど――時代劇ぐらいしか、用心棒なんて聞かないよな。ああ、あとは、夜の世界とか。
うーん。
なんか委員長の独特のワードセンスが気になるんだよなぁ? ――なんて考えながら歩いているときだった。
「あ、あの先輩!」
突然、声を掛けられた。
見覚えのある道だ。
今朝、一年がイジメられていた場所。
同じ場所に、同じ顔があった。
「ん? ああ……君は確か、早見くん?」
中性的な顔立ち。
細い四肢と白い肌。
髪は細く、茶色く、長めである。
「は、はい! 師匠!」
「え? 師匠?」
師匠なんて初めて呼ばれたぞ。
異世界では基本的にソロで活動していたからな……。
同行する仲間がいることもあったが――いや、その先を考えるのはやめよう。
早見くんは、どこぞの委員長のように断言をした。
「今日の屋上の事件……センパ……師匠がされたんですよね……!?」
まあ、あそこまで見られてたら、そういう話になるよな。
一応誤魔化すけど。
「いや……用心棒を雇ってだね……」
「セ……師匠、嘘を言わないでください。そんな話を信じる人間、いるわけがありません」
猛烈に委員長を連れてきたい。
だが、それにしても……。
「先輩でいいって。先輩って言いかけてるし」
「いえ、言ってないです。セン……師匠って言いました」
「言ってるよ、ほら」
「師匠。師匠。師匠」
「意外と頑固だな……」
「お願いします! 師匠! 僕を……僕を弟子にして、強くしてもらえませんか!?」
弟子!?
異世界でもいなかったのに、地球で――弟子……!?
「いや、ちょっと待ってよ、早見くん。俺は弟子なんて取るような立場じゃないって」
「でも、強いんですよね!? 朝、僕をイジメていた人たちも、撃退してくれたんですよね!?」
「俺、殴られただけだよ。それで気まずくなったあいつらが逃げたんだ」
「強いから、殴られても平気なんですね……!?」
「強くないって」
「絶対に強いです! 僕にはわかるんです!」
「とっても頑固だな……」
早見くんはうつむいた。
「僕、強くなりたいんです。どうしても、強く……」
「まさか……朝のやつらに仕返しをしたい、とかじゃないよな?」
そうなら、協力はできない。
危ないし。
なにより仕返しはさらなる暴力を生みかねない。
早見君は小さく首を振った。
「違います……違うんです……僕には……僕が強くならないと……姉が……」
「姉?」
「あれ――つーちゃん?」
会話に強制的に割り込むような声――俺は思わず振り返った。
そこには、一人の女性が立っていた。
大学生か社会人一年目といったところか。
かなり……大きな……なんというか、つまり、とてもグラマラスな女性だ。
目は大きく猫顔。
髪は茶色でウェーブがかっていた。
そして身長は並みだが、他の部位がとにかく飛び出ている……。
どことなく、目の前の一年に似ている気がした。
「お、お姉ちゃん!? どうしてここに……?」
早見くんの目が丸くなった。
やっぱり姉か。
早見君のお姉さんは、ゆったりとしたペースで話始める。
「だって、保護者連絡で救急車の件が流れてきたから――まさか、つーちゃんのことかと思って……心配になったから、大学からこっちに来てみたの」
「それは大丈夫だって」
「それに、またイジメられてたら大変だし……あの、まさかアナタ、つーちゃんのことイジメてないですよね?」
「え? 俺、ですか?」
今までまったく眼中になさそうだったのに、突然、話題を振られて驚く。
おっとりとしたタイプに見えたが、俺への質問はハキハキとしていた。
どうやら弟のことを心配するタイプの立派なお姉さんらしい。
「ちょ、ちょっと! お姉ちゃん!? せんぱ……師匠になんてことを!」
「師匠……って?」
「いえ、師匠ではないです」
俺が首を振ると、お姉さんは困った顔をした。
「師匠ではないらしいけど……」
「も、問題はそこじゃなくて! お姉ちゃん、ダメだよ! 先輩は、その……少し、怖い人に絡まれていた僕を、助けてくれた人なんだからっ」
「え? そうなの!? なら恩人だわ――謝らないと!」
「そ、そうだよ! 謝らないと!」
妙に息の合った姉弟は俺に向き直ると、同時に頭を下げた。
「「ごめんなさい」」
独特すぎるぞ、この姉弟。
「いや、別に気にしないでください……」
話はわからないが、先ほどの会話で『強くならないと』と『姉』という単語が出てきた。
つまり、早見くんが強くならないといけない理由は、このお姉さんがらみってことか。
てっきりイジメに関することだと思ったんだけど……どうやら違うみたいだな。
とはいえ、ここで本人に聞くのも、理由がわからない以上、安易に進められないな。
お姉さんは、弟と帰る気らしいから、今日はこれ以上の話はなさそうだし。
だが……早見くんは去り際に、お姉さんを先に行かせたうえで、俺にこんな話をしてきた。
「弟子の話、どうですか」
「それはまた今度にしよう。今、どうこうできる話でもないし」
「師匠。もしも、引き受けてもらえたら……」
「ん?」
「僕のお姉ちゃんは正直、すごいスタイルが良いんです。お風呂あがりなんて、色々とはみ出て大変なくらいです。だから……もしも僕を強くしてくれたら、お姉ちゃんに色々と頼んでみますから……だから、考えておいてください! お願いします!」
そうして、早見君はお姉さんを追いかけて、二人でゆっくりと去っていった。
俺はその背中に、心の中で語りかけた。
――おい、弟くん。いくらお姉さんの為らしいとはいえ、その姉を売ろうとするんじゃないよ
……で、ちなみに色々ってなんなのでしょうか。
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