第二章

第11話 ふたたび登場、委員長

「『じゃあさ、あたしに任せておいてよ。誰かが見つけてくれるように手配しておくからさ――ということで、昼休みも終わったし、またね、サムライくんっ』」


 というのは、昼休みのララの別れの言葉である。

 その宣言通り、屋上で人が倒れているというという騒ぎはすぐに皆の耳に入ることとなり、学校に救急車まで乗り込んできた。

 当然といえば当然だ。ケガ人が多すぎるし。


「まさか、俺も連行されたりしてな……いや、まさかな」


 心配していたが、そこは面倒ごとを避ける教師陣ということもあってか、事件性はなしという意味のわからない結論となったらしい。俺は追及されることなく、けが人だけが救急車に乗せられて、退場していった。


 奴らもまさか、自分たちがいじめていたヤツにやり返されてた、なんてことは言えないだろう。

 俺のあだ名が『サムライくん』になったことも、誰にも言えないようにな……。


 だが、嗅覚の強い奴というのは、どこにでもいるものなのだった。


     *


 放課後。

 とにかく今日は色々とありすぎたので、家に帰って整理をしたかった――のだが、俺は人の少ない廊下の奥で、一人の少女につかまっていた。


 その名は――委員長。


「わたしには久遠奏という名前がありますっ」

「俺の心が読まれた……!?」


 委員長もそっちの人間だったのか。


「景山くんは顔に色々と出すぎるタイプだから、わかるんです」

「そうですか……」


 だからこそ『いじめられてない』って何度伝えても信じてもらえず、避けても避けても、ずっと話しかけてきた――いや、話しかけてくれたんだな。

 そこは素直に感謝だ。


 でも、わざわざ放課後に俺を待ち伏せしていたという事実はいただけない。

 何か嫌な予感がするから。


 委員長は組んでいた腕をほどくと、俺に突き付けた。


「率直にお聞きしますが――今日、屋上で生徒が倒れていた件……景山くんが関わってるんじゃないですか?」

「……いや、別に」

「やっぱり関わってた……!」


 委員長が口元に手を当てた。


「否定してるだろ!」

「顔に出てます。『俺が関わりました、俺はすべての状況を把握しています。でも誰にも話す気はありません』と出てます」

「そこまで出るものですかね!?」


 心を読んでいる説のほうが説得力あるだろ。


「ここまでバレているのだから、観念して教えてください」

「……なにを」

「なにを、ですって? そんなこと一つに決まっているでしょう。この件の顛末です」

「顛末って――」

「――ごまかさないでください。わたしは、景山くんが心配なだけなんです。人が人を心配することは悪いことですか?」


 委員長は真面目な表情だ。

 茶化すような雰囲気じゃない。


 それに――俺を心配してくれていることは嘘ではないようだ。


 どこかくすぐったい感覚だった。

 なぜって……あっちの世界では、いつだって『助ける側』だった。転移当初は、感じていなかったが四年の間に『助けてもらう』なんて感情は消え失せていたから。


 俺が口を開いたり閉じたりをしている姿を見て、委員長は言葉を重ねた。

 きっと、俺が『白状すべきかどうかを悩んでいる』と思ったのだろう。

 妙に優しい声を出し、俺を包むように語り始めた。


「わたしには、絶対に許せないことがあります――それはね、人を暴力で支配しようとすること。人を人とも思わずに、力でねじ伏せようとすることです。軽蔑し、嫌悪し、憎んですらいます」

「暴力……」


 ドキリ、とした。

 ボタンを押したみたいに、異世界の記憶が一つ蘇る。


 小さな山間の村が、質の悪い盗賊に襲われ、村人が虐殺されていたのだ。

 子供も女性も老人も、みんな残虐な殺され方をしていた。

 俺の心は冷え切ると同時に、熱く叫びはじめた――で、俺は盗賊の隠れ家へ単身乗り込み、壊滅させた。

 ここからが、重要。

 結果的に誤解は解けたが、盗賊の血にまみれた俺が、村人を埋葬していてやると、通りかかった商人が、俺を殺人犯扱いしたのだった。

 繰り返すが、結果的に誤解は解けた――でも、『事情を知らぬものがみたら、血は血である』ということも、理解した。


 つまり――いじめの仕返しとはいえ、相手にこぶしをふるったら、見る人によっては暴力になってしまうのではないだろうか、と考えてしまった。

 それで、ドキリとしたのである。


 俺の思考など絶対にわからないだろう委員長は、それでも小さくうなずいた。


「そう、暴力。それは絶対に許されるものではないの――だから、巷にあふれる不良や、ギャング、それに……そう――」


 どうしたことだろう。 

 優しげな声を出していた委員長の目が、鋭く光ったような気がした。


「――ヤクザなんて、絶滅したほうがいいっ! 仁義の切り方もしらない団体なんて、ただのクズの集まりです! 本来、博徒や任侠とはそういうものではないんです! 力とは、民衆を守るためにあるんですからっ」

「ん? 委員長?」


 委員長が急に興奮しはじめたぞ?

 どうしたどうした。


「あ、いえ……すみません、つい熱くなってしまって」

「いや、いいけど……」


 なんだ?

 なにがスイッチだった? 委員長と呼ばれても、否定さえしなかった。

 というか、こんなに真面目で正義感の強い女子高生から『ヤクザ』なんて単語が出てきたことに違和感を感じるんだが……。


「こ、こほん!」


 委員長は咳ばらいをすると、話題を無理やり変えるようにして、『とにかくっ』と詰め寄ってきた。

 もちろん、女子に耐性のない俺は、近づかれた分だけ下がる。


「とにかくっ、景山くん!」

「は、はい」

「包み隠さず教えてください、屋上であったこと――わたしにだって、想像はつきます」

「いや……まあ……」


 断定的な発言だ。

 見られてはないと思うが……バレる可能性は……あ。

 まさか……ララが吹聴したのか? サムライだのなんだの? ありえない話とは言わないが……いや待てよ。あいつは日本語が話せないんだし、委員長がドイツ語ペラペラとも思えないぞ?


「さあ! 景山君! 一気に! どうぞ!」

「飲み会じゃあるまいし……」


 くっそ。

 そもそも、説明しようにも、どこからどこまでを伝えればいいんだ。

 異世界の話なんて信用されないだろ。


「……、……」


 委員長は、白状すると確信しているような表情で俺を見ている。

 俺は心が揺れた。

 ずっと助けてくれようとした人だもんな……。


「いや、俺は……」


 少しなら言っても――と心が揺らいだところで、委員長は力強くうなずいた。


「わかってるんですよ、景山くん! あなたは『誰かにお金を払って、用心棒を雇った』のでしょう!? でも、お金で解決しても、仕方がないんですよ……!」

「……は?」


 この委員長――壮絶な勘違いをしているらしかった。


「いいんです、気持ちはわかります。わたしのような女子には解決できないと思った末に、きっと、他の強い人に頼んだのでしょう? いじめている相手を懲らしめてくれと――でも、暴力で解決しても、新たな暴力を生むだけです。わかりますね?」


 まっすぐな視線。

 俺を弱者と信じて疑わない表情。


 悪いやつじゃないのはわかるが……面倒くさい展開になりそうだ。


 こういう時の対処方法は、異世界だろうが現実だろうが、一つに決まっていた。


「委員長」

「はい」

「心配してくれて、ありがとう。委員長はみんなに必要とされる存在だと思う」

「は、はい……!」

「でも……今日はこのへんで! さよなら!」

「はい!?」


 俺は説明を放棄した。

 ついでに敏捷性のあがるスキルをすこしだけ発動。

 委員長の脇をすり抜けると、風のように廊下を駆け抜けて、逃げることにした。


「え? はや!? というか、廊下は走ってはいけません! ちょっと! 待ちなさい! まち……待って! ねえ、景山くん、待ってくださーい!」


 ごめん、委員長。

 次に会う時までは、納得できるような言い訳を創作しておくからさ……。


 なんて思っていたのだけど。

 まさか、委員長のほうこそ創作を必要としている人間だったなんて、知りもしなかったのだった。

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