第10話 一時の決着

 パンを地面にたたきつけると、怒りに飲み込まれた勝俣が叫んだ。


「シねやああああああああああああああああああ!」


 異常なほどに膨れ上がった殺意。

 俺の肌を、ゾリゾリと削るような感覚。

 こんな高出力の感情、高校生が出せるものではない……そして、ようやく気が付いた。


「……なるほど。これが『地球のルール』ってやつなのかもな」


 疑問に思っていたのだ。

 いくら勇者特典だといったって、あまりにもそのまま能力を持ち帰りすぎていた。

 つまり――地球にも、似たような法則があるってことなのだ。

 そのステータスを、俺は帰還時に上書きしたんだ。


 勝俣も、ある種の力を持っているのだろう。

 問題は『地球人にはパラメータが把握できない』ってことだ。

 だから、ただの『喧嘩が強い』という評価で終わるのだ。


 昔、読んだことがある。

 人間の脳は、普通の生活では、ほとんど使われていないらしい。

 で、使われていない部分にはリミッターがかかっている。

 異質な一握りの存在は、そのリミッターを外すことができるのだ――つまり?


「勝俣の場合、『怒り』をスイッチとして、リミッターが外れるのか」

「うだうだいってんじゃねえええええええ!」


 裂ぱくの気合と共に、一直線に突っ込んでくる勝俣。


「『ちょ、ちょっと! まじでやばくない!? いや、キミも結構やばいけどさ! 向こうもなんかオカシイって!』」


 ちゃっかりと遠くに避難したララが叫ぶ。

 ほんと、異世界にいたお転婆お姫様を思い出すな。

 いっつも攫われるくせに、救われた途端、また余計なことに首を突っ込むのだ。


 なんだか昔を思い出して、元気が出てきた。


「俺に任せておけ! さっきバカにされた分、しっかりと言い返してやるよ!」


 ララは、『おおっ?』と目を丸くした。


「『なんかよくわからないけど、がんばれ~、えいえいおー』」


 ほんといいキャラしてるよ。

 それにしてもドイツ語にも『えいえいおー』なんてあるのかな。もしかして俺の通訳能力、結構いい加減?


 ま、それはそれとして。

 今は目の前の敵に集中だ。


「シねえええ! おらあああああああ!」


 衰えぬ圧力を維持したまま、勝俣が眼前に迫る。

 殴りかかってくると思ったが、そのままタックルをしてくるようだ。

 ステータスが上がってる以上、まともに受ければ、いじめの時のケガの比ではないダメージを食らうだろう。


「まあ、食らえばの話なんだけどな」

「ああ゛!?」


 俺は前傾姿勢の勝俣の背中に片手を置き、塀を飛び越えるように体を地面と平行にしてジャンプ――そのまま勝俣の背中をグッと背後へ押した。


「ぐあ!?」


 勢いそのままに、勝俣は地面へ。

 顔面からいったので、ずいぶんと痛そうだ――が、奴はまるで獣のように、転がった勢いを利用し体勢を整え、再び俺へ突進攻撃を仕掛けてきた。


「なめんじゃねえええええ!」

「いや、なめてるのは、お前だろ」


 完全に頭に血が上っている。

 このまま対応し続けても、延々とタックルをしかけてくるに違いない。

 当然、話ができる状況でもなく、時代劇のような説教パートを作れるとも思えなかった。


「できれば、わからせたかったけど……このままじゃあ、どうにせよ、理解はしないか」

「うだうだうるせえッ!」

「いや、うるさいのもそっちだろ……」


 とりあえず、勝俣を静かにさせる以外に方法はないだろう。

 限界突破してるせいで、知能がなくなってるし。


「なら――一発で仕留める」

「シねえええええええええええええええええええ」


 何回目かの咆哮は、やはり同じタックルと共に発された。


 一直線に突っ込んでくる勝俣。

 軌道は見え見え。

 進路も真っすぐ。

 パワーだけは数倍に上がったが、単調な攻撃ゆえに、せっかくのバフも意味がない。


 俺は相手の位置を確かめ、眼前に迫った目標物に向けて――右手を水平に振った。

 

 手で模った刀。


「しッ!」


 呼吸と共に、一閃。

 手刀が勝俣の顎を打つ。


「あぐっ……!?」


 勢いそのままに、勝俣の体がガクンと落ちる。


「あ、んだ、と……?」


 ぐるり、と勝俣の目が裏返る。

 それでも本能で数歩、進むが――三歩目で、ガクガクと揺れながら、地面に倒れ込んだ。


 ぐしゃり。

 そして、静寂。


「……ふう。倒すだけなら簡単だけど、このあとが面倒そうだ」


 息を一つ吐くと、高ぶっていた精神が落ち着いていく。

 白目を向いて倒れている勝俣へ、一応、声を掛けた。


「俺が刃物を持っていたら、今頃、顎ナシ高校生だったぞ。感謝するように」


 とりあえず終わったな。

 屋上には男が三人ぶっ倒れている。

 勝俣は意識なく、AとBは負傷をしている。


「……これ、正当防衛ってことになるのかな」


 おそるおそる近づいてきたララが頷いた。


「『わたしが見てたから、平気よ。証人になるわ』」

「悪いな」

「『法廷で言えばいいのよね?』」

「それ、捕まったあとだよな!?」

「『うふふ。いいのよ、感謝しなくても――日本にもサムライが居るって教えてもらったお礼だからね』」

「少しは失望感も消えたか?」

「『ええ。ちょっとは面白くなってきたわ』」

「そりゃ重畳だ――って、あれ? なんか忘れてるような……」


 あ、そういや、まだ一人残っていたんだった。

 中野ミホ――俺は、遠くに彼女の姿を見つけ、視線を送った。

 なんだか屋上の端っこに逃げている。

 追い詰められた小動物のようだった。


「ひ、ひ、た、助けて……」


 腰が砕けているのだろうか? 手で必死に起き上がろうとしているが、足に力が入らないようだ。

 地べたにすわって、M字開脚をして涙目でこっちを見てるんだけども……色々視線に困るので、どうにかしてほしい。


 とりあえず手を貸してやるか――と、思って、近づいたが、最後。


「こ、こないでよ、や、やめ、あっ――きゅう……」


 変な声を出して、中野は失神した。

 ぴくぴくとしているが……まあ、大丈夫だろう。

 そういや回復魔法って使えるのかな。

 異世界ではソロタイプの能力だったから、ちょっとした回復魔法も自力で覚えたんだけど。


 それにしても……。


「いよいよ、どうすんだこれ」


 俺は他人事のように屋上の惨事を見渡した。


「『さあ? 自業自得だし、放っておけばいいんじゃない?』」

「そんなわけにもいかないだろ……」

「『さすが義を重んじる学園のサムライね。ブシドーってやつでしょ!』」

「人としての倫理観だろ……」


 いじめっ子とはいえ、けが人を放っておけないだろ。


「『優しいっていうか、甘いっていうか。でも、カンゼンチョーアクでしょ? 悪者なんだから、放っておきなさいよ』」

「まあ、たしかにそういう考えもあるけどさ……」


 キーンコーンカーンコーン――無情にも鳴り響く昼休み終了のチャイムを聞きながら、俺は人と勇者の価値観の間に揺れるのだった。


 まさか、これから様々な厄介ごとに巻き込まれるとも知らずに――。




             ――第一章・終了――

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