第9話 (中野ミホ視点)なんで雑魚が強者に手を出すの?

 あー、うける。

 毎日、面白くて仕方ない。


 おっさんたちはちょこっと甘えた声で下着でも見せれば、バカみたいに金を出すし、ギリギリのところで『警察に言うよ』といえば、さらに金を出す。


 両親は一人娘をマトモだと思っているから必要以上に口は出さないし、学校の教師は面倒ごとにならないよう見ない振りをしている。


 そして、雑魚たちは、あたしのための玩具になる。

 人間って動物だよね。だから、金とか地位とかそういったものをひっくるめて、本能で力の差を理解する。だから、無自覚だとしても、強いものが弱いものをいたぶるんだ。


 力矢とは仲の良い友達で、正直、恋愛感情はない。

 でも、こいつについていくと雑魚にありつけるから、ほんとサイコー。


 高校に入ってからは特に『景山蒼汰』が、お気に入りだ。


 誰にも助けを求めないし、かといって逃げることもないし。変に男っぽいところがあるのに、わたしに体をいたぶられても、やり返すそぶりさえ見せない。

 昔、どうしても欲しかった玩具を思い出す。あたしは今、それを手に入れた。

 おっさんたちが、かわいい女子高生の価値を知ってるくせに、安値で買いたたこうとしている気持ちがわかってしまう――あたしは、景山蒼汰をそういう目で見ている。

 なんだか、やればできそうなやつ。チビだけど、後から背も伸びそうだし、顔だって悪くはないんだ。

 ぶっちゃけ、鍛えれば、いいところまで行きそうな気がする。


 なのに、あたしや、それこそ佐藤や佐々木みたいなFランク不良にも、絶対に勝てないような絶望を覚えている。


 やっすい買い物!

 本当に掘り出し物!


 どうか、壊れませんように――そう願って、あたしは今日も、ゾクゾクしながら、景山の股間を蹴り上げたくなる……んだけど。


 ゴールデンウィーク明け、一日目の昼休み。

 屋上でいつも通り、景山と遊んでいたはず――でも、今日のあいつは、なんか変だった。


「……なに、これ」


 あたしの膝は震えていた。


 遠くで、異常事態が発生している。

 なんだっけ、なんだっけ……順番に思い出そう。


 サンドバッグを地面に投げ捨てた後、あたしたちは、じゃんけんを始めたんだ。

 それで力矢が負けて、皆のパンを買いに行った。

 ぐちぐち言ってたけど、ルールだし、力矢は佐藤と佐々木のケツを軽く蹴って、あたしのお尻を所有物みたいに叩いてから、下に降りて行った。

 いつもの光景だ。

 あたしの体は許してないけど、力矢は所有欲が強い。チームよりも、ただの使用人程度にあたしたちを見ている。それぐらい強いヤツだし、悪いやつらにも少しは顔が利くし、仕方ないとも思うけど。


 えっと、違う、大事なのは、そうじゃなくて……そうだ。


 それで、どうでもいいことを三人でだべってたんだ。


 佐々木と佐藤の視線は、いっつもエロい。座ってるあたしのスカートの中をチラチラ見ながら話をする。こいつらを上手く使うためにも、パンツぐらいは大目に見ているんだけど。


 で、二人合わせて50回ぐらいの視線を感じたころ――。


「あれ? なんか、あいつ起きてね?」

「お? 体力復活? もう少し遊ぶ?」


 佐々木と佐藤が、景山の姿を見て、話し始めた。

 あたしはスマホを見てたし、なにより力矢が居ないところで玩具に手を出すと、後処理に困る可能性もあるから傍観するつもりだった。


 そうだ。たったそれだけのことだった。

 なのに――なんなのよ、この光景は!


「うう、いてえ……腕が……頭打った……」

「な、なにが……足、いて……背中も……」


 佐藤と佐々木が、地面に倒れている。


 二人はなにをした?

 なにもしてない。


 ただ遠くで、景山がどこかの女子と話をしているところに、邪魔をしに行ったんだ。


 それから、たぶん、どっちかが女子に手を出そうとした。

 そしたら――佐々木と佐藤が……宙に飛ばされてた……。


 人間って、飛べるんだ? なんて、あたしはバカみたいに考えていた。


     *


 遠くから見ていたから、かろうじてわかった。

 すごく速くて、まるで人間じゃないみたいな体の動かしかたで、景山が二人を投げ飛ばしたんだ。


 女子に手を伸ばしたほうの手をひねって、足首を払って、そのまま――物理法則を無視するような動きで、自分よりガタイの良い人間をさっと放り投げた。


 アイキドウってやつ?

 でも、もっと、不自然で、地球の重力なんて無視したような動きだった。


 それから、もう片方の男へと幅跳びをするみたいに飛んだ。

 空中で相手の体にくっついたかと思うと、まるでポールを軸にして、横回転するみたいな動きをして、それから――やっぱり、人間が宙に飛んだ。

 

「な、なに、あれ……?」


 よくわかっていない。

 なにが起きているのかもわかっていない。

 でも、一瞬でわかったこともある。


 アイツ、オカシイ。


 ウサギだと思っていたら、クマ……いや、化け物だった。

 そんな恐怖が、ダイレクトに心を揺さぶった。


 佐々木と佐藤は絶対に理解していない。

 遠くから見た、あたしだけが、理解した。

 戦っていないからこそ、戦っている者の力量差がわかるのだ。


 足が震える。

 そんな気持ちになってないはずなのに、体が震えている。


 ガシャン――あたしの手から、スマホが落ちた。

 画面が割れた?

 命と同じくらい大事なスマホなのに、今はそんなことよりも、音を立ててしまったことの後悔のほうがデカい。


 だって……気が付かれてしまうじゃない!


 ゆっくりと――ゆっくりと、化け物が……景山がこちらを見た。


「ひっ」


 こ、こないでよ!

 言葉にならない音が、喉から出てきた。


 距離があるはずなのに、どうしたことだろう。

 まるで耳元でささやかれているみたいに、鮮明に、景山の声が聞こえる。

 

「なあ、中野……中野ミホ。あんた、自分が悪者だって理解してるか?」

「あ、あ……」

「自分が、いかに他者の人生を安く見ているか、理解しているか?」

「あ、え、うう……」

「なるほど。野生の勘は鋭いみたいだな。あっちの世界じゃ、長生きするタイプだ。無駄な戦闘を避けられるからな。あっちじゃ、俺も、そういう感じで最初はすべてから逃げていた」

「あ、あっち……」


 あっち? 裏の、夜の、そういう世界ってこと? なんなの、こいつ、まさか……力矢みたいに、夜の世界とつながってるタイプなの?

 でも、そんなことはないでしょ! だって、じゃあ、なんで一年からずっとイジメを受け入れてきたのよ!?

 こいつは、わたしの玩具で、壊れない優秀な玩具で――。


「きっと、あれだよな。自分のペットだと思っていたザコが、まさか自分に牙をむくなんて、思いもよらなかったって感じだろ?」

「い、いえ……そんな、こと……」


 景山が大きくなったみたいな錯覚――相手の目が暗く光った気がした。


「『俺の質問に答えろ、ナカノミホ』」

「『は、はい……はい、そうです……わ、わたし、あなたを玩具だと思って、大事に、大事に壊してきた……だから、まだ、壊れないでよ……あたしのモノでいなさいよ……ぜったいに、あたし以外のやつに、あんたの股間なんて、蹴らせないんだからね……!』」


 そ、そんなこと言わないでよ、あたし! なんで!? 答える気なんて、なかったのに、なんてことを言ってるのよ!?

 

「ち、ちがう! ちがいます! いまは勝手に口が動いただけで! そんなこと……!」

「おちつけ、あんたのせいじゃない。俺が本心を喋らせただけだ。だから、気にするなよ。な? 俺の股間なんて、いくらでも蹴ればいいよ。できるものなら、だけどな」

「き、気にしないなんて……」


 できるわけないでしょ!?


 叫ぼうとした――その瞬間だった。


「――おい、なんだこれ。どうなってなんだ……? ああ?」


 ピタリ、と。

 唐突に、あたしの震えが止まった。


 戻ってきた。

 あたしのセーフハウスが戻ってきてくれた!


「り、リキヤ! 景山が、なんか、いきなり佐々木と佐藤を殴ってさ! きっと武器とか持ってるんだよ! あっちの女もグルだから! ――あ、あたしも、襲われそうになった! やばいよ、あいつ!」


 だいぶ違うが、それ以外に的確に伝えられそうもない。

 結果が同じなら、それでいいだろう。


 力矢はこれでもかってくらいに、景山を睨みつけた。

 買ってきたパンは、地面にたたきつけられる。


「あんだと……!? てめえ、カゲヤマっ!! おい! なにしたかわかってんのか、てめえ!」


 ビリビリビリ――空気が振動する。

 すごい!

 やっぱり力矢には『特別な力』があるんだ。

 

 この世界には、練習とか、修行とか、経験とか、そういうこと以前に『素質』というものが、存在すると思ってる。


 どんなに練習したって、どんなに修行したって、素質がなければ、到達できない場所がある――それは、きっと嘘みたいな話だけど『特殊な能力』として、出てくるんだ。


 そして、力矢は『怒る』と『空気を変える』。


 いつもとは比べ物にならないほど、動きが力強くなって、コンクリートだって拳で砕いてしまえそうなくらい、迫力を増す。

 だから、力矢の幼馴染のめっちゃ怖い不良グループの人も、力矢に一目置いてるし、チームを組んでなくても喧嘩の時にヘルプを求めてくるし、色々とあたしたちも融通きかせてもらってるんだ。


 勝てる! 

 これで勝てるよ!

 あたしの玩具が返ってくる!


 景山は、少し離れた場所で――口元だけで笑ってる?

 怖すぎて、さっきのあたしみたいに、ぶるっちゃったんだろう。


「……なるほどな、今、理解したよ。今まで気が付かなかった。あっちにはあっちの法則(ルール)があったけど、地球にも、そういう感じのルール(法則)があるのか……探せば超能力者ぐらいはいるかもな。いやあ、思いもよらなかった」

「あ? なにいってんだ、景山、ぶっころすぞ!」

「ん? ああ、わるい、カツマタリキヤくん。さっきの話聞いてなかったんだけど――もう一度、最初から喧嘩を売ってくれないか?」

「……、……」


 ブチブチって。

 ブチブチって、空気が切り裂かれる音を、あたしは確かに聞いた。


 でも、それはあたしの側の音だから――逆に足の震えを抑えてくれた。


 力矢の限界は、今、突破したことを、あたしは知った。


「カゲヤマああああああああああああああ! てめえええ、生きて帰れるとおもうなよおおおおおおおおおおおおッ!?」


 そうして――力矢と景山の影が交錯したんだ。

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