第8話 ララ・クラウゼは期待している

 俺はあさっての方向の空を見ながら言った。


「……いや、人違いだ……俺は日本語しか話せない……」


 ドイツ語なんて1ミリもわからない。

 中二病っぽい響きがあるくらいしかわからない。


「『は、はあ? なにいってんのよ、あなたいま、ペラペラと話してるじゃない……でも、なんか、ちょっと不思議な感じがするけど……』」


 否定は、さすがに無理か。

 同時に、日本語ツウジマススキルを説明するのも、絶対に無理だろう。

 ここはもう押し切るしかないか……。


「いや、まあ、たしかに少し話せるかもしれない」

「『すこしどころか、くだけた日常会話もばっちりみたいだけど』」

「……ありがとう」

「『ねえ……なら、聞きたいんだけど、あなた、それでいいわけ?』」

「え?」


 赤髪の少女が俺を睨むように口を開いていた。


「『サムライはもういない、ってお姉ちゃんは言ってた。でも、わたしはサムライに会いたくて、お姉ちゃんの海外転勤に土下座してついてきて、日本にたどり着いたって言うのに……どこにサムライはいるの? 負けることを認めてたら何も変わらないじゃない』」

「うーん……制度上はたしかにいないけど……武士の心というのは残っていると思うけど……たぶん……」


 つっても、あんなリンチみたいな現場を目撃させといて『日本人、サムライだよ?』なんて言っても、説得力ないよ。そんなの俺でもわかる。


 空は青い。

 雲は白い。

 赤い髪の少女は、小さく首を振った。


「『ねえ、あなたはサムライじゃないの? ジダイゲキみたいに、本当は強いけど、弱いふりをしているとかないの? ……ないか。あるわけないよね、そんなこと。だって、悪人の前で力を隠している意味なんてないものね』」

「……、……」

「『この学園だけなのかはしらないけど、みんな、暴力には耐える方針なの? やり返すことが美徳とは言わないけれど、力あるものが弱者を守ったりしないのかしら』」


 なんだろう。

 意味なんてないはずの指摘なのに、一言一言が心に刺さる。


 異世界で俺は何をしていたんだっけ?

 人を救い、人に救われて、また人を救って、笑顔を見た――覚えているはずなのに、まるで人の行動を見せられているような記憶だった。

 

 俺は――この世界の俺は……悔しくないのだろうか? 

 

 なんでへらへらしていたんだろう。自分の人生をなんだと思っていたんだろう。『サムライ』なんて過去の文化に在り方をゆだねないと、他人に良さを語れないような、そんな情けない人間でいいのだろうか?


 ――ちがう。

 ――それは俺の望む未来にはつながっていない……気がする。

 ――なら、どうする?


 答えは簡単だろう。


「……よし。オーケイ。わかったよ、この『学園の生徒』だって出来るヤツがいるってところを見せよう。えっと……キミ、名前は? 俺の名前は景山蒼汰だ」


 俺は地面に手をついて、ゆっくりと立ち上がった。

 遠くを見ると、じゃんけんで力矢が負けたらしく、皆を軽く蹴りながらもルールに従ってパンを買いにいくらしい。仲間内には優しい世界だね、ほんと。


 赤い髪の少女は、『え? 立ってなにすんの?』みたいに、ぽかんとしていたが、かろうじて声を出した。

 真正面から見た少女の髪は軽くウェーブしていて、まるでどこぞの国のお姫様のようだった。

 ふと、ライオンを思い出す。そんな強さを彼女は秘めている気がした。


「『えと、ララ・クラウゼ……だけど』」

「いい名前だな。なんて呼ぶといいのかな」

「『……ありがと。ララ、でいいわよ。日本じゃ誰からも呼ばれないから、自分の名前忘れちゃいそうだし』」

「そりゃ笑えない」


 といいつつも笑いかけると、ララは俺をバカにするように、しかし楽しそうにクスリと笑う。


「『で――ソウタはなにするの?』」


 ララの質問に答えようとしたが、その前にAとBが大きな声を出しながら近づいてきた。


「おいおい! サンドバッグ! かってに起きてなにしてんだよ! まさか童貞がナンパしてんの?w」

「あれ? なんか外人いるんだけど、なんで? りゅーがくってやつ? 結構カワイイじゃん。景山にはもったいねーからこっちこいよ」


 ララが眉をしかめた。


「『わたし、四月からこっちにいるせいで、ほとんど日本語の意味わかってないんだけど、たぶん、バカにされてる気がする』」

「まあ、似たようなもんだけど――ちょっと離れててくれるか?」

「『でも』」

「俺が代わりに文句言ってやるから」

「『あ、うん……?』」


 日本を背負うつもりはないけれど。

 学園の平和を守れるかもわからないけれど。


 やっぱり、どうせ向けられるなら、失望の目より、期待の笑顔のほうが良い。

 俺はゆっくりと迫りくる雑魚キャラ二名を視界に入れながら、両手を、開き、そしてゆっくりと閉じていき――誰にも聞こえない声で、つぶやいた。


「なあ、四年前の俺。こっちの世界でも、俺は勇者を目指してみるよ……」


 負けても良い。でも自分から負け犬だと認めるのはやめよう。

 

 今ここに、俺の指針は定まった。

 こっちの世界でも、俺は俺に嘘をつかずに戦おう。


 なら、まずは――こいつらにわからせないと何も始まらないってことだ。


「さて、やりますか」


 慣れ親しんだ武器はもちろん存在しないが、徒手空拳でもなんとかなるだろう。

 俺はあちらの世界で培った戦闘術の構えをとった。本来なら両手に短剣を持ち構えていたのだが、空の手でもファイティングポーズ的に問題はないだろう。



「『ね、ごめん。いま勇者って言った? サムライじゃなくて、勇者? ゲームの話?』」


 独り言をララにめっちゃ聞かれてて恥ずかしかったが、気にしないふりをして敵を睨みつける俺であった……。

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