第7話 屋上でとりあえず殴られる
よく晴れた日だった。
階段を何度も登り、遮蔽物のない屋上へ連行された。
青い空の下、解放感はある――しかし、この学園は見えない檻で囲われているのだ。
それにしても、なぜいじめるときに、屋上にくるのだろうか? 実は合理的なのだと思う。
校内の密室に連れていくと、見つかりにくいが、見つかったときに言い逃れが面倒くさくなる。
校舎裏などにいくと、人は少ないが、窓が多い為不特定多数の目につきやすい。
その点、周囲に高層マンションなども存在しない高盃学園の屋上は、遊ぶ理由にもなるし、見えている範囲の目撃者しか存在しない。なので、色々と都合が良いのだろう。
「……ん?」
屋上には、数名の生徒が居た。
昼食を食べていたり、ぼうっとしていたり。
その中に、見知った顔があった。
――朝がた助けた、中性的で、色白で、四肢の細い男子生徒だ。
『あ』
向こうも、こんなふうに口を開いた。
迷っていた子供が親を見つけたように、一瞬で笑顔になったが、その後、俺のパーティーの先頭を歩く勇者の顔を見て、迷子になったように顔を曇らせた。
――やっぱり自分と同種の存在だった……。
そんな失望だろうか。
朝、助けてくれた後のことは知らないのだろうが、たとえ弱くても、俺のことは一時的に勇者にでも見えていたかもしれない。
「おらっ、止まってんじゃないよ!」
まるで野蛮な盗賊のような言葉だが、これは俺のすぐ後ろを歩くミホの言葉である。
悪役令嬢に転生して、変わらず悪役して処刑されますように……。
「ほんと、グズ! ノロマ!」
口ぎたない言葉とともに、女子の小さな足で膝の後ろを蹴られる。
一度、二度、三度。
「……?」
四度、五度、六度。
本当なら、膝をカックン! とさせて体勢を崩したかったのだろうが、俺の体はポプラのようにまっすぐとしていた。
「おい、ミホ、早くいけよ。なにじゃれてんだよ」
「え、いや、別にじゃれてなんて……」
たしかに打撲痕が残るくらいの打撃ではあったが、細かい部分まで、わざわざ演じてやる必要もないだろう。
それにしても、参った。
今日はおとなしくイジメられていようと思っていたのだが……一年の子がいるなら話が変わるぞ。
理由はわかるだろう?
もしここで、俺がいじめられていると知ったら、一年の男子生徒は今後、俺のことを頼らないだろう。
それは不味い。
今朝の不良どもが再度、男子生徒に絡んだ場合、倍返しになる可能性だってあるし。
それに――なによりも異世界で『絶望の世界においてなお存在する、かすかな希望』というものの大事さを、たくさん見てきた。
明日食べるものもないのに、笑顔で俺を助けてくれた寒村の人々。
彼らは、俺が世界を救うと信じていたから、笑顔を浮かべて話しかけてくれたんだ。
一年の子だって、俺を見て一瞬でも笑ったのはそういうことだ――なら、俺だって期待に応えないといけないだろう。
俺は今一度、屋上を観察した。
高盃学園はマンモスクラスの生徒数を誇る。
敷地と広く、校舎はでかく、だから区分けされた屋上もいくつか存在する。
ここは、複数の屋上の中でも、特に人気のないスポット。
だから、教室などに居場所がない人間が集まりやすい。
見える限り4名……いや、2名はそそくさと屋上から逃げていったので、残り2名。
一人は、朝からいじめられていた一年。
もう一人は――一年から少し離れた場所で、柵に顎を載せて遠くをみつめる女子高生。
おそらく外国の血が入っているだろう。異国風の顔つきだ。
赤っぽい髪に、ロングヘアを残したままツインテールを作っている。こちらをチラと見たが、すぐに風景観察に戻っていた。
「よーし、じゃあ、やるか! 景気づけの一発!」
Aが俺を屋上の中心に立たせた。
まるでボーリングのピンのようだ。
あ、思い出した。
これはドロップキックが来るパターン。都合がいいぞ。
「うごくなよー? いたくしねーからさー」
案の定、Aは大げさな助走距離をとると、俺めがけて一直線にダッシュ。そのままジャンプして俺の胸あたりにドロップキックをかましてきた。
俺はそれを真正面から食らってやった。
「グワアアアアアッ」
なんか、こう、うまく叫べないなぁ。
まあいいか。
俺はドロップキックを受けた瞬間、大きく後ろに飛んだ。そのまま、凍ったマグロが床を滑っていくように、一直線に――一年の男子に声が届きそうな距離にまで地面を転がって到達した。
ビクッと震える一年。そりゃそうだろう。上級生が転がって近づいてきたら、誰でもビビる。
「すげえ吹っ飛んだ! 俺、連休でパワーついたかも!?」
「マジで飛んだなw あいつ死んだんじゃねえの?w」
はしゃいでいるAとBを放っておいて、俺は寝っ転がったまま男子高校に話しかけた。
「自己紹介が遅れたけど、俺は景山だ。朝は災難だったな」
「あ、いえ……え? いま、自己紹介のタイミングなんでしょうか……」
「時間がない。君の名前は?」
「早見……です。早見ツバサです」
「いい名前だな。で、早見くん。とりあえずここに居ると巻き込まれかねないから、一度、屋上から去ってもらってもいいかな」
「巻き込まれる、ですか……いじめられることに……?」
「そこは深く考えなくていい。あくまでこれはプロレスごっこってことにしといてくれ。説明は今度の機会にするからさ」
「は、はい……でも、あの、先生とか、呼んできましょうか……?」
「いや、大丈夫だ。そもそも教師たちがあてにならないのは早見君も知ってるだろ? さあ、行って。やつらに絡まれるぞ。俺なら平気だから」
「わ、わかりました……!」
変に自信のある俺の言葉のせいか、疑念のようなものが消えてくれたらしい。良かった。これで一安心だ。
で、時間切れ。
バカなAとBでも、さすがに起き上がらずに一年の傍で空を見続ける俺に疑問を持ったようだ。
「なにしてんだよ!」
「死んじまったのかー?」
近づいてくる気配に怯えた早見くんは、小さく頭を下げると、俺の指示通り、一目散に屋上から去っていった。
素直そうな子だし、教師にも言わないだろう。
これで問題は片付いた。
「おら! 寝てんじゃねえよ!」
「ぼくちゃん、起きましょうねー? ミルクの時間でちゅよー」
AとBが俺の右腕と左腕を掴み、乱暴に起き上がらせた。
そこへ、肩をまわしながら勝俣が近づいてきた。
「よっしゃ。そのまま持っておけよな。サンドバッグは動かねえから」
まるでハリツケにされたような体勢だ。
意味のないシャドーボクシングを始めた勝俣だが、そのパンチの矛先がだんだんとこちらに向いてきて、俺の顔面すれすれで何度も何度も繰り返される。
昔の俺なら、当たりそうで当たらないパンチの応酬に足を震わせていただろう。
突然。
パンッと、俺の鼻に勝俣の拳が当たった。
何かが破裂したような音がするくらいにはスピードのあるストレートだ。
「わりいわりい、当たっちまったわ。存在感薄すぎて距離感バグった」
げらげら、とAとBが笑う。
俺は何も言わずに視線を向けた。
勝俣がいらついたように拳を振り上げる。
「っち――なんか、お前、今日は、やけにムカつく顔してるぜ……!」
振り下ろされるパンチは、傷の目立たない腹へと吸い込まれた。
――それから10分。
俺は代わる代わる腕を掴まれ、殴られた。
もちろんダメージは一切ないが、体力が尽きそうな演技だけはしておく。
二度目の暴力が終わると、勝俣は肩を上下させながら、額の汗をぬぐった。
「はぁ……はぁ……今日はここまでにしておいてやるか……」
「あいよー」
「あー、ストレス発散したー」
「えー、あたしまだ、股間蹴ってないんだけどー! いいけどさぁ」
AとBがその言葉に従い、俺の両腕、両肩から手を放す。ミホが名残惜しそうに俺の股間を見ていた。いい加減にしろ。
俺は力尽きたように、地面に転がっておいた。
はた目には、ぼろっぼろの雑巾のような人間が、地面に寝ころんでいるように見えるだろう。
さて、これからどうしたもんだろう。
殴られながら、ずっと考えていた。
もしも――やり返したら、俺の立場が一気に変わってしまう。
それは良いことなのだろうか?
それが解らないのだ。
異世界では政治的な動きも、かなり求められた。
俺は変に大人になってしまったのだ。
つまり――空気を読んでしまう。
前の生活に戻ることが正しいのか、新しい自分を出すことが正しいのかがわからない。
俺を散々殴り倒した奴らは、ジャンケンをして、購買へ昼飯のパンを買いに行くやつを決めているようだった。
しばらくは自由時間だろう。
「うーん……まいった。初日から、悩むことばかりだ」
一人つぶやく――と、声が聞こえた。
それは、我関せずに、屋上で一人、景色を見続けていた異国の少女のようだった。
「『暴力を与えるやつに、暴力を受け入れるやつ。どっちもだっさ――やっぱりお姉ちゃんが言うように、本当にサムライなんて、いないんだ。こんな国、こなきゃよかった』」
少女のようだった――と考えた理由は、まだ彼女は風景を見ており、つまり俺は背中しか見えず、口が動いているのを確認できないからだ。
それにしても――まじかよ。
早見君だけを退避させておけば、希望を壊さないと思っていたのに、まさか、とんでもない方向から失望の声が聞こえてきたぞ……。
俺は、申し訳なさに心を痛め、思わず話しかけてしまった。
「あー……それは、なんというか、夢を壊してすまなかった……日本にもサムライみたいな心の人はいると思うから、失望はしないでくれるとありがたいかな……」
地面に這いつくばって伝える言葉でもないんだけど、起きたらまた絡まれるから許してください。
俺の言葉を受けた少女は――どうしたことだろう、突然、バッと振り返った。
地面に打ち捨てられた俺を、信じられないものでも発見したかのような表情で見下ろしている。
「『え? あなた、今、なんて……?』」
「あ、いや、一応、嘘じゃなくて本心なんだけど……地面からで、説得力なくて申し訳ない」
「『いや、そうじゃなくて……あなた、わかるの?』」
「え? なにが?」
サムライ魂とかだったら、それは分からないかもしれない。
だが、少女の言葉は、まったく予想だにしないものだった。
「『あなた、なんでそんなに、ドイツ語ペラペラなの……!?』」
「……まじか」
これ日本語です、って言ったら信じてもらえるだろうか……。
俺の言語スキルは猫以外にも常時発動中だった。
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