第6話 俺をいじめていた四人と再会した。嬉しくはない。

 連休明けの昼休み。雰囲気はどこか弛緩していた。

 もしくは、俺の意識が張り詰めていただけなのだろうか。

 日本に戻ってきたのだから、もう俺は、一人で眠り、闇夜に怯え、誰かに命を狙われることもないというのに……。


 ……なんか、平和な世界で異世界のことを語り続けると、やけに中二病っぽくなるの、どうにかならないのだろうか、これ。

 

 客観的に見た自分の痛さに頭を悩ませていると――肌がヒリヒリとした。

 やっぱり来たか。


「おい、景山。お前、朝、無視したろ」


 一人の男子高校生が、ポケットに手を入れて、座った俺を見下すように机のわきに立っていた。一目で不良だとわかる風貌。


 ガスン、と机がずれた。机の脚を蹴られたのだ。

 ずれた机を、俺は無言で直した。

 しかし、もう一度、大きな音と共に机がずれる。

 手を伸ばそうとしたが、今度は直す前に、ガンッと音が鳴って、机が遠のく。

 もう一度直そうとしても同じことになりそうなので、椅子と机は、彦星と織姫のような関係になってもらうことにした。


「あーあ、かわいそー」


 女の声に目をやると――不良の背後にはニヤニヤと笑いながらこっちを見ている、男子2名と女子1名。


 この4人組は、4年前――といっても、現実では数日前だが、娯楽として、俺をいじめて、からかい、時に金をとり、時に暴力をふるい、俺には無関心に、俺の在り方を笑っていた面々だ。


 そのリーダー格が椅子を蹴った男。

 そして、ホームルームに俺のことを睨んでいたヤツ。


 名前は『勝俣力矢(かつまた・りきや)』。

 短髪で金髪。ピアスが3個。身長は180cm程度。俺とは10センチ以上の差がある。

 昔は恐怖の対象でしかなく、特級のユニークモンスターだったが、こうして観察してみれば、特徴はほぼない。どこにでもいるような不良だ。


 正直なところ、今の俺に負ける要素は――皆無。


 しかし、勝てばいいというものではないことを、俺は異世界で知った。

 プライドの高い相手をコテンパンにやっつけると、逆恨みをされることがある。

 相手に花を持たせることもなく相手を蹂躙すると、物事が一層悪くなることがある。


 だから、まずは従っておこう。

 それがただしい……はず、だよな?


 えっと……そうなると、どんな感じ喋ってたっけ、俺。

 俺、じゃないか。

 僕、か。


「僕、無視はしてないけど……」

「はぁ? なめてんのか?」

「いや、なめてないけど……」

「口答えすんじゃねえよっ!」


 椅子がガンと蹴られる。

 ……なんかむかついてきたけど、我慢だ。


「口答えじゃなくて……」

「それが口答えだって言ってんだよ! つか、眼鏡どうした。調子乗ってんのか」

「眼鏡は割れたから……」

「で、なんで朝無視したんだよ、お前。俺と目、あったろ。頭ぐらいさげろや」

「いや……あの……眼鏡の話題は……」

「はぁ? なんだ、眼鏡の話題って。バカか、お前、口開くんじゃねえよ、バカ」

「……、……」


 ドガッと机が跳ねて、倒れた。


「黙ってねえでなんか言えやっ!」


 ねえ!?

 こいつとの会話、無理じゃない!?

 俺、どうやって意思疎通してたんだ?

 いや、そもそも会話なんてしてなかったか。

 無慈悲に襲い掛かってくる嵐が早く通り過ぎますようにと、必死に身を守っていただけだった。


「なー、ここじゃなくて、どっかつれてこうぜー」


 勝俣の後ろから声。


 別の生徒の机の上に腰を下ろしている男二人のどちらかだろう。

 どっちも茶髪で、どっちもキツネ顔で、どっちも中肉中背だ。

 やばい。

 四年ぶりのせいなのと、個性が似ているせいで、どっちが佐藤で、どっちが佐々木なのか思い出せない……。

 と、とりあえず、AとBにしよう。

 

A「リキヤ、ここで騒ぐのやめろよー」

B「そうそう。騒ぐならどっか別でやろうぜ」

A「週明けで体なまってるからサンドバッグごっこしよう」

B「いいねえ。勝ったやつがミホに奉仕してもらおうぜ」


 指名された女子生徒が眉をしかめた。


「はぁ!? あんたらのなんか、ぜったいヤダし! パンツのうえでも顔になんて近づけたくないから!」


 ミホ、と呼ばれた女のキンキン声が頭に響いた。

 かなり明るい茶髪に染めた、セミロングの髪の目つきの鋭い女子生徒。

 同じクラスで、いつも力矢とつるんでいるし、俺はこいつにだって暴力をふるわれていた。

 こんなところまで男女平等を持ち込まないでほしい。


A「うけるぜ! あんたら『の』ってなんだよ! なんの『の』なんだよw」

B「ミホー、お前いま、なに想像した? え?」

A「そうそう。俺らは、肩でも揉ませようとしただけだよなぁ?」

B「だいたい、顔ってなに?w どこに顔を近づけるつもりだったんですかねえ?」


 こいつら、オッサンか? ギルドの受付で、若い受付嬢にからんでいる(なぜか各城下町にはそういうやつが必ず一人居る)ヒゲモジャのおっさんの親戚か?


 あと、この女の名前は……ミホって……たしか……中野ミホ、だっけ……?

 一年の時から、夜に遊んでるとか、パパ活してるとか、何かと香ばしい噂がある女子だ。力矢の彼女ではないと思うが、俺にはよくわからない。


「あー、まじうざ! ――ねえ、リキヤ! ムカつくから、あたしもコイツでストレス発散したい~、移動しようよ~、ボール当てゲームしたい~!」


 わかると思うけど、俺が『的』ね。

 で、顔が80点、股間が100点なんだよな。

 今更だけど、こいつらやっぱり頭おかしいわ。価値観がおかしい。センスもない。

 やっぱりなんか、イライラしてきた。


「おら、立てよ」


 ポケットに手を突っ込んだ勝俣の膝が、座っている俺の脇腹にめり込む。


「――ぐっ」


 思わぬ衝撃。

 くすぐったい……!


 猫に足の裏をさわさわされたときのような、タッチ感。

 吹き出すのを我慢するために空気を少しずつ吐いていたら、勝俣が誇ったように言った。


「連休分の借金が溜まってるからなあ? こんなもんじゃすまねえぞ。もっと痛い目にあわせてやるから、楽しもうぜ? な? 景山」

「……っ!」


 俺は恐怖し、震えた。

 俺は……俺は……今日、くすぐったくて、悶死してしまうかもしれない。

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