3、青鬼と琴姫

 

 朱雀門すざくもんの暗がりの中、鬼は考えた。


 美しい魂をこの世に、自分の手元にとどめる方法を……。



「お前の滅びた肉体を元に戻すことはできぬが、この門にはいくつもの亡骸がある。それにお前の魂を入れることはできそうだ」


 鬼の言葉に、魂はかすかに光を強めた。


「どうだろう、そうして私の元へとどまってはくれぬか?」


 冥界めいかいの王にそむいても、この魂を手に入れたい。青鬼は強く願った。

 鬼の言葉は真剣なものだった。

 だからこそ、魂も生前の像を結び答えた。

 浮かび上がったのは、美しい女だ。

 その姿は、闇の中で淡く光を放っていた。


(あなた様の元へ留まることはできませぬ)

 女は、悲しげに目を伏せ柔らかな声で答えた。


何故なぜだ! お前の望みを叶えてやるといっているのに!」


 青鬼の怒声は地を響き揺らしたが、女はおびえることなく返事を返した。


(わたしくの望みは、あの方の心をおなぐさめすること……)


「あの方?」


中納言ちゅうなごん 紀長谷雄きのはせおさま様にございます。わたくしは、はやり病であの方とお別れができぬままに亡くなりましたゆえ、長谷雄様はご自分を責めていらっしゃいます。そのことだけが、わたくしの心残りなのでございます)


「相手を思うゆえに魂となってまで彷徨さまよっているのか……」

 鬼は、声を荒げたことをすまなく思った。


(青鬼様、一時でいいのです。どうか、わたくしに長谷雄様へ別れを言わせてくださいませ)


「私の物になるというなら考えてもいい」


(それは、無理にございます……)


「ならば、あきらめろ」


 鬼は女から目をそらした。彼の心もまた揺れていたのだ。

 青鬼の知る『人間』と言うものは、何も語らず冷たく横たわる門に捨てられたむくろのことだった。

 それは、喰らうものでありそれ以上に何かを自分に与えてくれるものではなかった。


 ―――けれど、目の前の女はまぶしく温かい。


 闇に生きるものにとって、初めて知ったぬくもりはあまりにも愛しく手放しがたかった。

 同時に、この女の望みならば叶えてやりたい、なんでもしてやりたいと心が騒ぐのだった。

 思い悩む鬼に、女は必死に懇願こんがんした。


(どうかわたくしに機会をください! 青鬼様が長谷雄様と勝負をし、お勝ちになったならばわたくしも覚悟を決めてあなたさまのものになります。ですが、長谷雄様がお勝ちになったなら、わたくしをあのお方のもとへ行かせてくださいませ)


 琴姫の言葉に、青鬼はひざを打ち答えた。


「わかった、その賭けにのろう!」


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