166話 季節の果実と乙女心 2


 最近、足繁くファルゴレが通うという喫茶エニシへと、副ギルド長シャロンは足を踏み入れる。

 いつもながら、置かれた調度品も客席に置かれたグラスも質が良い。何より食欲をそそる香りが漂うのが、仕事中のシャロンには辛いところだ。

 ゆっくりと食事かせめて飲み物でも味わっていきたいところだが、そんな思いをシャロンは振り切り、目的の人物を探す。

 昼食時ということもあり賑やかな室内のカウンター席、一人黙々と食事を摂る大柄な男がそこにいた。


「ファルゴレさん、探していたんです」

「――君は冒険者ギルドの……」

「はい、副ギルド長のシャロンです。実はファルゴレさんに護衛の依頼をお願いしたくて探しておりました。お話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「そちらが他の者に聞かれてまずくなければね。私の方では問題はない。そこに座るといい」

「ありがとうございます」


 席に着いたシャロンは今回の依頼内容をかいつまんで話すことにする。ファルゴレが気を配ったように、相手が商家の娘であることなど情報が広まらない方が良いことは口にはしない。


「ナタリアさんとファルゴレさんに護衛をお願いしたいのです。といっても、数日間街の案内をする形で、ご負担は少ないかと思います」

「――なるほど、ナタリアとか。他に引き受けられる者もいないのだろう。引き受けても構わない。だが、問題がひとつある」

「……なんでしょう?」


 ナタリアと同行するということで護衛対象が女性や子どもであること、またそういった人物を相手に出来る者が、冒険者には少ないとファルゴレは判断したらしい。話が早くて助かるが、ファルゴレが口にした言葉にシャロンは少し表情が強張る。

 ファルゴレの予測通り、リアムがいない今回はナタリアと彼以外に適任者がいないのだ。依頼料を釣り上げられたり、不利な条件を飲まざるを得ない可能性もある。

 そんなシャロンの予測に反し、ファルゴレは恵真に問いかける。


「店主殿、礼の品はいつ頃のご予定ですか?」

「あ、礼の試作品ですね! そうだな、もう少しで完成するのでファルゴレさんやナタリアさんのご都合の良いときにお出し出来ればなと思っています」


 恵真としては試作品を急ぐ必要は何もない。期間限定の品ではあるが、秋の味覚はまだまだ楽しめる時期である。

 恵真の返答にファルゴレの目じりには皺が寄る。恵真の気遣い、そして何より試作品を待ち遠しく思う心から自然と笑みが浮かんだのだ。

 その柔和な笑みと先程までの厳めしい顔つきとのギャップに、シャロンは内心で驚きつつファルゴレの答えを待つ。


「――では、問題ないようだ。その依頼、引き受けよう」

「あ、ありがとうございます! ナタリアさんにもこちらよりご報告しておきます」


 シャロンの言葉に無言で頷いたファルゴレは元の表情に戻ってしまった。

 ファルゴレの意外な一面を見たシャロンは、依頼を引き受けて貰えたことに安堵しつつ、席を立つ。冒険者ギルド副ギルド長は多忙なのだ。

 漂う香りに後ろ髪を引かれる思いになりつつも、シャロンは喫茶エニシを後にするのだった。


*****

 

 マチルダは届いた吉報に胸を躍らせ、その興奮のまま部屋に戻るとベッドに飛び込んだ。

 やっと念願であった他の街への来訪が叶うのだ。それも今注目の街マルティアにである。

 兄がこの年頃には既に、名のある店や商人たちの元に挨拶回りをしていたことを考えると、その差を感じて歯がゆい思いであった。

 しかし、マチルダもやっと見知らぬ街を歩き、そこで見聞きしたものを自分の経験とすることが出来るのだ。

 マルティアは冒険者の街ではあるが、最近商業の面でも話題になる。

 特に食文化の変化が大きく、冒険者と食の街になるのではと期待する声もある。

 そんな街の変化や情報を掴み、父や兄に商人としての才覚を認めて欲しい。

 必死な思いがマチルダにはあるのだ。


「出来るわよ。私にだって……。きっと認めて貰うんだから! 完璧にこなしてみせるわ」

 

 父はマチルダがあまりしつこく言うので、観光程度の気持ちで許可したのだろう。それは彼女も重々承知の上である。

 兄や父の働く姿を見て来たマチルダは、いつ頃からか自分もまた同じ道を歩みたいと考えていたのだ。きちんと結果を残し、認めて貰いたいと考える。

 だが、それ以上に初めて離れた街に父や兄の同行なしで行くことの興奮が勝る。


「マルティア――いったいどんな街なのかしら」


 ぎゅっと枕を抱きしめながら、マチルダはまだ見ぬ街マルティアに想像を巡らせるのだった。


*****

 

「ファルゴレさんたちがご依頼を終えるまでには、試作品を完成させるように私も頑張りますね」

「あれだけの品です。問題などおきぬよう私もしっかりと警護致します」


 先日の冒険者ギルドからの依頼以上の熱心さを見せて、ファルゴレは頷く。

 その言葉を聞いたリリアも満足気に頷いた。

 形は違えど、恵真を慕うその心に年齢も性別も関係はない。


「リアムさんも今は不在ですし、私もエマさまをお守りします! ファルゴレさんが無事、ご依頼を終えたときには一緒にあの味をまた味わいましょう!」

「おぉ、これは心強い。どうぞよろしく頼む」

「私と師匠がいない分、エマを守ろうというのだな……リリアの勇気は素晴らしいものだ」


 なぜか盛り上がる三人だが、恵真としてはそれほど危険だとの認識はない。

 何しろ裏庭のドアがあり、てとてとと自由に店を歩き回る魔獣クロがいるのだ。

 自身を守ろうとする三人の姿を好ましく、少々くすぐったいような思いになりつつ恵真は話題を少し変えようと問いかけた。


「それでご依頼は難しいものなのですか?」

「いえ、令嬢の街案内と護衛を兼ねたものですので、そこまで難しいものではないと――」

「と思うだろ? だが、その娘さんはなかなか強情だと聞くぞ」


 ファルゴレの言葉が終わる前に口を挟んだのはジョージである。

 新鮮な野菜が入った箱をアッシャーたちに手渡したジョージは恵真たちの方を向く。


「商業者ギルドにも、親御さんから情報が入ってきてな。なんでも歳の近い兄さんがいて、跡を継ぐらしい。だが、その娘さんは自分も商いに関わりたいと必死なそうでな。そんな気持ちを考えて、他の街を見せるらしいぞ」

「――なるほど。そういった事情がある令嬢なのか。少し気を引き締めねばならぬな。ありがとう、参考にしよう」


 ただの観光だと思われていた少女の街案内だが、将来への不安や決意を持ってのものだとすればその行動にも注意をより払わねばならない。 

 ジョージへの感謝を口にするファルゴレだが、リリアやナタリアは全く異なる反応を見せる。


「将来を自分自身で切り拓くための街案内なのね! 大変、責任重大じゃない! ナタリア、その子に良くしてあげてね」

「あぁ、もちろんだ。なかなか気骨のある少女なのだな」


 なぜかリリアは会ったこともない少女を応援し、ナタリアまで称賛する。

 リリアは父に実家を継ぐことを反対されていた経緯もあり、彼女の状況に自分自身の葛藤を重ねたのだろう。そして、そんな姿を見ていたナタリアもまた、同じように考えたのだ。

 二人の人の好さにジョージはげんなりとした表情になる。


「マルティアとは違う街からいらっしゃるんですよね、その子。マルティアの美味しいものとかいっぱい食べられたらいいですね」

「じゃあ、ここに来たらいいんじゃないかな。エマさんのご飯、他の街では食べられないし!」

「うーん。まぁ、ファルゴレさんやナタリアさんがいるしな。何より、クロさまがいれば何があっても大丈夫だろ」

「みゃうみゃ」


 アッシャーの言葉にクロは誇らしげに目を細める。

 ジョージの報告を聞いた後でも、恵真たちは相変わらずのんびりとしたものだ。

 そんな様子にジョージは小さくため息を吐いて、歩き出す。今日はまだ仕事が山積みなのだ。

 

「お前ら、俺は知らねぇからな! 一応、報告はしたぞ」


 そう言って喫茶エニシを後にするジョージではあったが、口元は緩む。

 いつもと変わらぬ喫茶エニシの姿はジョージにとっては好もしいものだ。

 仕事を兼ねてはいるがついつい足が向く――ジョージにとってそんな存在に喫茶エニシはなっている。


「まぁ、あいつらならなんとかなるか」


 そう呟いてにやりと笑ったジョージは自身の店へと向かうのだった。


*****


 冒険者ギルドで出会った少女はマチルダと名乗った。

 商家の娘だと聞いていたが、服装も装飾品もそこまで目立つものではない。

 おそらく、街歩きでも目立たぬ服装を今日の日のために選んできたのだろう。

 そんな少女の配慮に、ファルゴレはジョージからの情報を思い出す。

 

「今回、ご依頼を頂きましたファルゴレと申します。隣はナタリアです。この街での観光、そして護衛を致します。どうぞよろしくお願い致します」

「よろしくお願い致します!」

「彼は非常に優秀ですし、ナタリアもおります。ご安心して、街を見ることが出来ると思いますよ。冒険者の街マルティアですが、最近は食でも名を高めているので」

「はい! それを見たくて楽しみにしていました!」


 マチルダはファルゴレの風貌にも委縮した様子もなく、目を輝かせる。

 マルティアの街の散策を楽しみにしているのだろうとファルゴレもセドリックも微笑ましく見つめた。

 ただ、ナタリアだけがめずらしく眉間に皺を寄せる。

 マチルダに似た少女をナタリアはよく知っている。その少女は目標に向けて熱意を持ち、純粋でまっすぐであるため、時に周囲の言葉に耳を貸さない。

 そう、リリアとマチルダに似た雰囲気を感じたのだ。


「これは普通の街案内では終わらない気がしてきたな」


 ナタリアのその予感は正しい。

 初めて訪れる街に目を輝かせる少女マチルダ――そんな彼女の表情が不機嫌なものに変わるまでそこまで時間はかからなかったのだ。

 


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