165話 季節の果実と乙女心


 いつもより少しヒールの高い靴を履き、恵真が訪れたのは街のデパート内にある喫茶店だ。

 果物を使った品が有名なその店で、祖母の瑠璃子と共に恵真は季節の果実を使ったデザートを味わっている。

 恵真が注文したのは二種類の栗を使ったモンブランとカプチーノ、瑠璃子はワインでコンポートにした無花果を使ったグラスデザートにコーヒーだ。

 ふと、恵真が皿から目を上げると瑠璃子の装いが目に留まる。

 深みのあるボルドーのカーディガンに首元にはチェック柄のスカーフ、装いも季節を意識したものである。よく見ると、マニキュアもワインレッドと服装に合うものに変えていた。

 

「何? 恵真ちゃん、じっと見て」

「いや、おばあちゃん相変わらずオシャレだなって思って」

「あら、今さら気付いたの? ふふ、冗談よ。今日はお出かけだから、気合入れちゃったわ」


 久しぶりに恵真の実家に顔を出すついでに、デパートにも足を延ばそうということになり、装いも少し気合を入れたのだろう。

 そんな祖母の洒落っ気を恵真は好ましく思いつつ、モンブランを口に運ぶ。

 濃厚なマロンクリームと中のまろやかな生クリーム、そこにサクッとしたメレンゲの食感がよく合う。洋酒が少し使われている大人の味わいだ。

 

「やっぱり季節を意識するっていうのは大事だよね。その時期しか楽しめないこともあるんだもん」

「あら、恵真ちゃんも何か着てみたい服とかあるの?」


 ちょうどデパートに来ているのだ。何か新しい服を見て行ってもいいかもしれない。そう思い、香りのよいコーヒーに口を付けた瑠璃子の耳に、恵真の張り切った声が届く。


「うん。これからだとさつまいもに栗、それからりんごとか季節の果物があるでしょ? それを期間限定とか、季節限定っていう形でお店でも出してみるのはどうかなって思って。きっと皆喜んでくれるんじゃないかな」


 確かに恵真の言う通り、期間限定の味わいは魅力的なものである。

 秋は実りの季節、そんな楽しみ方もあっていいだろう。

 薫り高いコーヒーの味わいを楽しんだ瑠璃子は納得したように頷く。


「――恵真ちゃんはどこまでいっても恵真ちゃんなのよねぇ」

「え、何かおかしなこと言った? 私」

「いえ、全然。一緒に秋の味覚も楽しみましょうね」

「うん。あ、おばあちゃんのも一口貰っていい? これ、どんなクリーム使ってるのかな? ……ん! サワークリームも混ざってるかも。ワインの風味とチーズって合うもんね。勉強になるなぁ」


 一口食べた恵真は目を輝かせて、その味わいを瑠璃子に報告する。

 趣のある喫茶店に季節の味わい、そこでも変わらぬ孫娘の在り方に、たまにはこんな休日も良いと瑠璃子は目を細めるのだった。


*****


 今日もナタリアは喫茶エニシへと訪れた。バゲットサンドを冒険者ギルドへと納めて来たその報告のためである。

 冒険者ギルドのバゲットサンドは喫茶エニシで販売しているものとは少し異なる。

 量産出来るようにロールパンを使い、中にはソーセージが入っているのだ。

 そう、便宜上バゲットサンドと称しているが、実のところホットドッグなのだ。

 恵真に報告をし、すぐに冒険者ギルドへと戻ろうと思うナタリアの目に、最近喫茶エニシでよく見る男の姿が目に飛び込む。

 ナタリアが師匠と呼ぶ男、ファルゴレである。


「師匠、それにリリアまで。こんなに早くからどうしたんだ?」

「――ナタリア、大変よ。これはもう革命だわ!」

「ど、どうした? 急に」


 こちらを振り向いたリリアは興奮し、目をきらきらと輝かせる。隣のファルゴレは眉間の皺をさらに深くし、その表情には深刻さが見える。

 よく見ればアッシャーとテオは衝撃で固まっているではないか。

 自分が知らぬうちに、世の中では何か大変なことが起きているのかとナタリアが思いかけたとき、恵真がひらひらと手を振る。


「ナタリアさんも召し上がってみませんか? アイスクリーム」

「エマ! これはどういう……ん、アイスクリームとはなんだ?」

「だからそれが革命なのよ!」


 リリアの言葉に同意するかのようにアッシャーとテオ、ファルゴレも頷く。

 目を瞬かせながら、何事が起きているのかと確認するように自身を見るナタリアにも恵真はその革命的な品を用意するのだった。



「っ! これは……! 革命だ。なんてことだ……今までの私の甘みに対する意識が変わってしまう……!」

「そうでしょうそうでしょう? これを革命と言わずなんと言うのよ!」


 興奮冷めやらぬナタリアとリリアに、恵真は困ったように笑いつつ、試作したアイスクリームが好評であったことに口元を緩める。

 先日、足を運んだ喫茶店、そこで季節限定の味を喫茶エニシでもと考えた恵真は菓子を試作中なのだ。


「だが、氷菓というのは高価だと聞くぞ? 店で出しても問題ないのか、エマ」

「そうです! 王族や高位貴族くらいしか口にしたことがないものを提供して、エマさまの安全が脅かされてはいけません!」

「期間限定ですし、魔獣のクロもいますから。それに凄く美味しく出来たので、皆さんにも食べて欲しいんです」


 恵真の言葉にナタリアとリリアは顔を見合わせる。

 確かに魔獣がおり、リアムやバート、ナタリアなどが出入りするこの店は安全性が高いと言える。しかし、恵真やアッシャーたちを案ずる二人は彼女の言葉にすぐには賛同することは出来ない。

 だが、そんな二人にファルゴレが震える声で訴える。


「問題ない。その期間中、俺がここに必ずいる。この味を必ずや守る……そしてクロさまも!」

「みゃうにゃ」

「師匠……どうしたんですか?」


 そう静かに宣言するファルゴレは大きな手で口元を押さえている。よく見るとその膝の上にはクロが乗り、何かを催促するようにファルゴレに訴えていた。 

 日頃、小さな動物たちは彼の気迫に押され、すぐに逃げてしまう。小動物を愛する彼としては非常に辛いことである。

 だが、今彼の膝の上には愛らしい魔獣クロがいる。

 口に広がるアイスクリームという素晴らしき甘味と膝の上の愛くるしい魔獣、ファルゴレは幸福さを噛み締め、眉間の皺を深くした。


「あー、ファルゴレさんが一番ガードが弱いと判断したんですね、クロは」

「ん? 師匠はこの中で一番腕が立つぞ?」

「ふふ、そうですね。あ、アイスクリームはまだ試作中ですから、心配しないでください。ファルゴレさんも皆さんも完成したときはぜひいらしてくださいね。季節の果実を使ったら、もっといろんなお菓子が作れますし」

「なんと……! わかりました。このファルゴレ、必ずや御力になりましょう」

 

 魔獣にファルゴレ、恵真たちの安全は確保されたとリリアもナタリアも少々ほっと胸を撫で下ろす。

 そんな大人たちの横で、アッシャーとテオはアイスクリームを堪能する。

 

「ゆっくり食べたいけど、ゆっくりしてたら溶けちゃうね。……これ、お母さん食べたらびっくりするねぇ」

「そうだな……でも溶けちゃうからテオが食べるんだぞ。こんなの滅多に食べられないんだから」

「うん、そうだよねぇ……ふふ、美味しいね!」

 

 秋の落ち着いた気温でも、グラスの中のアイスクリームはすぐに溶けていってしまう。流石に恵真が良いと言ってもこれを母の元にまで届けるのは難しいだろうとアッシャーもテオも判断する。

 口の中に広がる濃厚なミルクの味わいと甘さ、溶けてなくなっていく儚さを二人はじっくりと味わうのだった。


*****


 冒険者ギルド長室で、セドリックは頭を悩ませる。

 リアムが他の依頼でマルティアを一時的に離れているにもかかわらず、護衛の依頼が入ってきたのだ。

 相手が商家の年頃の娘ということもあり、その警護を誰に任せるかはなかなかに難しい。

 ギルド長室の来客用ソファーに、ゆったりと座る古い友人にセドリックは声を掛けた。


「どうだ? オリヴィエ。久しぶりにこういう依頼を受けるっていうのもたまにはいいんじゃないか?」

「いやだね。ボク、そんなに暇じゃないし」


 足を組み、悠々と座るその姿で言っても説得力はないのだが、無理強いも出来ず、セドリックは大きなため息を吐く。

 だが、そんなセドリックを気にした様子もなくオリヴィエは携帯食をゴリゴリ齧っている。


「――では、ナタリアさんではどうですか?」

「ナタリアか。悪くない人選だが、バゲットサンドの問題もあるぞ。あちらも他の者には簡単に任せられないだろう」


 同性であるナタリアであれば、依頼主としても安心だ。

 だが、冒険者ギルドへのバゲットサンドの配達の問題がある。

 そちらもまた信頼できる者にしか依頼できぬことなのだ。


「朝のみですし、先方からの依頼はマルティアの街の案内とその間の護衛です。問題なく対応できるかと思います」

「でも一人じゃなにかあったときに対応しにくい。もう一人いた方がいいな。――いっそ、俺がつくか?」


 数日間の間なら、一時的に自分がいなくても副ギルド長のシャロンが対応出来るだろう。彼女への信頼も背後にあったその言葉に、シャロンは深刻な表情で呟く。


「それは――逆に不安が増しますね」

「うん、不安しかないだろうね」

「おい! 俺も貴族の生まれだぞ?」

「それが十分に身についていないから不安なんじゃないか」

「ぐっ……! じゃあどうするんだよ?」


 ガリゴリと携帯食を齧っていたオリヴィエは肩を竦める。

 それを思いつかないのだろうと判断したセドリックがまたため息を吐こうとした瞬間、オリヴィエがある男の名を挙げる。


「あれ、えっとファルゴレだっけ? 最近、あの場所でよく見るんだけどさ。なかなかの腕前なんじゃない? ま、ボクにかかれば大したことないだろうけどね」

「……ファルゴレ? あぁ、あの厳めしい顔つきの……確かに腕が立ちそうだな。だが、人となりはどうなんだ?」


 セドリックの疑問にシャロンがすぐに答える。

 マルティアの街に留まっているファルゴレは、何度か冒険者ギルドにも顔を出しているのだ。


「寡黙な方でしたが、礼節を弁えた方だとお見受けしました。ナタリアさんによるとかつてお世話になった方だそうで、慕ってらっしゃる様子でしたね」

「そうか、なら問題なさそうだな。彼に頼もう」


 優秀な副ギルド長シャロンは一礼すると部屋を後にする。さっそくファルゴレに依頼をするために動き出すのだろう。

 リアム不在時の融通の利かなさを感じつつ、まぁなんとかなるだろうとセドリックは納得したように頷くのだった。


 


 

 

  

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