157話 真夏の肉祭り 3
それから数日後、肉祭り当日を迎えた恵真は朝から気合十分である。
クロが起こすより早く目覚めた恵真は既にキッチンに立ち、料理の味を確認する。冒険者ギルドから貰った肉は牛に近いかたまり肉だ。それを使って恵真は和風の味付けをした。
見た目はトマトや玉ねぎ、ショウガが入っているが甘じょっぱい味付けである。他の料理はそうめんをピーマンや人参と炒め、冷やしたナスの煮びたしと夏野菜も満載だ。
肉祭りであるが、野菜もしっかりと摂れる喫茶エニシらしいプレート料理に恵真は満足げに頷く。
「はは、楽しそうで何よりだね」
「うん、オリヴィエ君もこんなに早く来てくれるなんて助かるなぁ」
「…………ボクは決して来たかったわけじゃないからね?」
「うんうん。あの日の二人のがっかりした表情が気になっちゃったんだよね。なんだかんだ面倒見がいいよね、オリヴィエ君」
「…………はぁ」
以前行った収穫祭ではオリヴィエが手伝った。当然、肉祭りにもオリヴィエが参加するものだと考えたアッシャーとテオは前回の様子で少々落ち込んでいたのだ。
だが、オリヴィエは参加するとも不参加だとも言っていない。
素直でないオリヴィエのことだ。アッシャーとテオの反応で来ることは間違いないと恵真は思っていた。
「おはようございます! ……あ! オリヴィエのお兄さん!」
「わぁ! 本当だ! オリヴィエのお兄さんも手伝ってくれるの?」
「あ、えっと、まぁね。そういうことになったかな」
ドアを開けて店へと足を踏み入れたアッシャーとテオは、オリヴィエの姿に目を見丸くしつつも驚く。ぱたぱたと駆け寄ってくる二人に、それまでげんなりとしていたオリヴィエの表情も少し引き締まる。
予想していた以上に喜ぶ兄弟の様子に悪い気はしないのだろう。
なんだかんだと言いつつも、オリヴィエはやはり二人を気にかけているのだ。
隣で口元を緩めた恵真を軽く睨むと、オリヴィエは支度をするように兄弟に告げる。
「――いいから、支度をして。忙しくなるよ」
「うん! わかった。皆で頑張ろう!」
「オリヴィエのお兄さんも頑張ろうね!」
「……あぁ。わかってるよ」
そんな少年たちの光景を、恵真と瑠璃子が目を細めて見ている。
誰かに見守られるというくすぐったさに、オリヴィエは肩を竦めてため息をつく。
自身の中の決して不快ではないその感情に、素直にはなれないオリヴィエであった。
*****
今日の喫茶エニシは普段より賑わっている。
それは肉祭りというイベントに合わせ、価格を抑えたことが大きい。また、人が入っている姿を見て、安心するように入店する者も多いのだろう。初めて喫茶エニシに訪れた者も多く、辺りを見回したり、涼やかな室内に驚く光景が見られる。
活気のある店内には一人、よく見知った者も訪れていた。薬師ギルド中央支部長のサイモンである。
「人々はこうして気付かぬうちに女神の恩恵を受けているのですね……素晴らしいことです」
「はい。皆さん、美味しいと言ってくださって作った甲斐があります」
炒めたそうめんは洋風の味付けでバジルを加えているのだ。サイモンは満足そうに褒め称えているが、恵真としては美味しく食べて貰えれば充分である。
薬草として卸しているバジルだが、だからといって食事に使わないわけではない。影響がわからず、あくまで少量のみ使うようにしているのが恵真としてはもどかしいくらいなのだ。
「女神にとっては日々の何気ないことなのでしょう。しかし、あなたの存在や行いはこのマルティアに変化をもたらしている。譲って頂いているあれも、確実に誰かを救っているのです」
真摯なサイモンの言葉に恵真は少し困ったように目を伏せる。
喫茶エニシを出たことがない恵真にとって、薬草の効果は目に出来るものではない。薬草として役立っていることよりも、食事として喜ばれていることの方が実感できるのだ。
「広め、伝えるのは私たちの仕事です。女神は今のまま、その才覚を振るってください!」
「はぁ……。えっと、料理を頑張っていくということで……」
「その結果がこの街、そして人々の変化に繋がります!」
少々熱量に差があるものの、薬師のサイモンがこう言うのだ。薬草を卸したことに間違いはないのだろう。
これからも変わらず喫茶エニシを続けていけばいい。今日、恵真の目に映る人々は皆、食事を楽し気に進めている。アッシャーとテオは忙しく動きながらも、いきいきとして見える。その事実が恵真の全てなのだ。
また店のドアが開き、新たな客が足を踏み入れる。恵真は笑顔を浮かべると、客に席を勧めるのだった。
*****
慌ただしかった喫茶エニシだが、それには理由がある。喫茶エニシの肉祭りへの参加は今日一日のみなのだ。
閉店準備中の喫茶エニシのドアが開き、よく知っている二人が入ってくる。
「トーノさま、お疲れっす! 差し入れっすよー!」
「失礼します。他の店舗の料理をお持ちしました。よろしければお召し上がりください」
「うわぁ! すっごく興味あります! どこのお店のものですか?」
テーブルに置かれた料理は肉とじゃがいもを炒めたものと、何か野菜が挟まれたパンである。一目見た恵真はそれがどこの料理かピンと来た。
「アメリアさんとハンナさんのとこですね」
「正解っす! ……ん、どうしたんすか? ぐったりして」
一人ソファーに横たわるオリヴィエを見たバートが尋ねるが、キッと睨んだ視線にもいつもの勢いがない。
「いいかい? 優秀な魔法使いほど、体力はないものなんだよ。戦いに置いても魔力が全てを補うからね!」
「いやぁ、優秀な人は違うんじゃないんすかねぇ?」
「はあっ!? ボク以上に優秀なものなんか、この辺りにいるもんか!」
「あぁ、元気が出たようでなによりっすねぇ」
怒りを浮かべるオリヴィエだが、それ以上の口論は無駄だと考えたらしい。ムッとした表情のまま、アイスティーを飲み干す。
帰り支度を始めたアッシャーとテオはまだまだ元気そうに、にこにこと微笑んでいる。今日はこのあと、予定があるのだ。
「肉祭りを見に行く前に、一回おうちへ戻るのよね? これ、持って行ってね」
「そうか。二人は肉祭りを見に行くのか。気を付けるんだぞ」
恵真からタッパーが入ったエコバッグを受け取ったアッシャーが軽く頭を下げる。テオは嬉しそうに今日の予定を告げた。
「うん! お母さんと暗くなる前に少しだけ見に行こうって」
「夏だから、暗くなるまで時間があるっすもんねぇ」
「そうか……。体調も良くなっているんだな。気を付けるんだぞ」
肉祭りというイベントに微笑む二人のように、街の人々が新たな催しを楽しんでいるのだろう。 昼夜に渡り、各所で開かれる屋台、そこで販売される肉料理は、暑さで気力も体力も失った街に活気を取り戻させたのだ。
その発起人の一人である恵真が参加出来ないことにリアムとバートは心苦しさを感じた。そのため、こうして料理を持って来たのだが当の恵真は楽し気に微笑む。
そんな様子にリアムはもう一つ報告を付け加えた。
「そういえば、集会所のレモネードは暑い日差しの中で好評で、夜の分もさっそく売り切れたようです」
「本当ですか! やっぱり暑いと炭酸が飲みたくなりますよね。あ、あとビタミンCも日差しで失われるんです。もしかしたら、少し塩を加えることで熱中症対策にも……」
「トーノさま、落ち着いてくださいっす」
「……魔道具で涼しい部屋の中で暑苦しいってどうなのさ?」
マルティアの街に少なくない影響を与えつつ、恵真は今日もいつも通りである。
変わらぬ恵真の様子と久しぶりに活気に満ちた街、そのギャップにリアムは口元を緩めるのだった。
*****
静かになった夜、恵真は祖母と夕食を共にする。
今日は豆乳を使い、冷やし担々麺風に仕上げたそうめんだ。ひき肉にショウガ、練りごまとラー油で変化を加えた。
「マルティアは今頃、お祭りなのねぇ」
「うん。肉祭りっていうから、がっつりお肉の料理なんじゃないかな」
「あ、そうそう。お祭りといえば、もうすぐ縁日があるのよ。行ってみない?」
「へぇ、いいねぇ。そういうの随分参加してないな」
昨年、皆に夏祭りの食事を提供した恵真だが、自身は久しく夏祭りに足を運んでいない。幼い頃に楽しみだった夏を思い出す恵真に、祖母の瑠璃子はもっともらしく言う。
「今の時間だって振り返ったら思い出になるのよ。年を重ねたら、積極的に思い出は作って行かなくっちゃ!」
「ふふ、なんだかおばあちゃんが言うと説得力があるね。じゃあ、岩間さんも誘ってみよっか」
年を重ねても、意欲的な祖母の姿は恵真の背中を押してくれる。
子どものときを振り返るように、いつか今日を振り返る日が来るのだろうかと恵真は思う。
まだまだ、こんな日が続くと感じる恵真には実感はない。
だが、もう夏も半分ほど過ぎ去った。
時間というのは気付かぬうちに経っているものなのだろう。
夏ももう少しで終わる。そう思うと、この夏の暑さも楽しもうという気持ちが生まれてくる恵真であった。
今日も涼しいソファーの上に陣取り、クロはすぅすぅと良く寝ている。
夏を存分に味わうその姿に恵真はくすりと笑うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます