156話 真夏の肉祭り 2


 レースのカーテンは強い外の日差しを和らげる。今日も喫茶エニシでは魔道具エアコンの涼やかな風が吹いていた。

 

「へぇ、大変そうだね」

「いやぁ、素晴らしい企画ですね! 冒険者ギルドもご協力出来ればと考えております。肉祭り……実にいいですね」


 肉祭りという響きからも暑苦しさが伝わってくる。セドリックは喜んでいるが、オリヴィエは自分には関係のない話だという考えなのだろう。ガリゴリと携帯食を齧りながら、興味なさげに呟く。

 そんなオリヴィエの態度にショックを受けているのはアッシャーとテオだ。

 以前、収穫祭があったときには手伝ったため、当然今回もオリヴィエが一緒だと二人は思い込んでいたのだ。

 しょんぼりとした二人の表情に動揺するオリヴィエは、ごくごくとアイスティーを飲み干す。


「でも、そういうお祭りがあるのはいいですよね。私の家のパンも暑くなってきて、売り上げが下がっているんです。暑さもあるので、仕方のないことなんですけど」

「暑いと食欲不振になりがちだものね」

「そういう意味でも肉祭りという案は素晴らしいですね! 兵士も冒険者もこの話題で持ちきりでしょう。肉は冒険者ギルドからもこちらにお持ちしますね。名案に対する感謝の意です!」

「ふふ、ありがとうございます。昼も夜もお店を出すんですよね。夜店や縁日みたいでいいですね」

「あぁ、昨年行った催しですね」


 恵真の言葉にリアムが思い出したかのように口を開く。昨年、喫茶エニシでも親しい者を呼び、夏祭りの縁日を行ったのだ。

 ちょうどここにいる者たちは夏祭りを体験している。時の過ぎるのは早いものだと、しみじみ思うリアムの横でセドリックが急に大声を出す。


「よし! 冒険者ギルドでも店を出すぞ! 肉なら売るほどあるんだからな!」

「……シャロンにきちんと話を通すんだぞ」

「もちろんだ! 俺に計画性があると思うのか?」


 ないと思うからこそ、シャロンに話せとリアムは言っているのだ。だが、これ以上追及しても仕方がないだろう。シャロンに話が行くならば、問題はない。

 どちらかと言えばリアムは恵真の方が気になる。昼のみの営業とはいえ、三人では大変なのではないかと思えるのだ。

 しかし、恵真は違うことに気を取られているようだ。


「でも、肉祭りっていってもお肉ばかりはどうなんでしょうね」

「はい?」

「集会所やリリアちゃんのお店でも何か出せるんじゃないでしょうか?」

「信仰会の集会所……ですか?」


 急に恵真の口から飛び出した集会所という単語にリアムは戸惑う。喫茶エニシなど飲食店が参加することは考えていたが、それ以外の者が出店することは想像していなかったのだ。セドリックやリリアも目を瞬かせる。


「私が知っている国では、長期休みなどに子どもが飲み物を作って販売したりするんです。レモネード、っていうんですけどトルートの実とはちみつに水、もしくは酒風水で作れるんじゃないかな。暑い夏に爽やかに、夜はお酒を呑まない方にも良いかと思うんです。あ、夜の販売は大人の方がですよ?」

「それでしたら、かかる費用も少ないですね。私の店だと、パンを使ったお酒にあう料理がいいかもしれません。父に相談してみます!」


 リリアは恵真の言葉に目を輝かせる。暑さで売れ行きが落ちているパンも酒に合うつまみにすれば、ある程度の売れ行きは見通せるはずだ。

 リアムもまた、恵真の意見に耳を傾ける。集会所は慢性的な資金不足であることは、リアムの目にも明らかであった。

 それを一時的ではあるが、彼ら自身の手で解決できるのだ。


「トーノさま、そのレモネードの作り方をお教え頂けた場合、集会所に伝えてもよろしいのですか?」

「もちろんです。特にめずらしいものではないですし、基本はアメリアさんに伝えたサワーと一緒ですね。うちで出す場合には氷を入れたり、はちみつじゃなく砂糖にして差別化を図れるかなって」

「それでしたら、こちらにご迷惑をかけることなく集会所で販売できますね」


 喫茶エニシでは氷やグラスなど高級感を出し、集会所が販売するものは安価で手軽な印象で販売する。同じ商品でも生まれる需要や価値が異なるのだ。

 何より、この涼しい空間でゆっくりと腰かけながら過ごす時間もまた、喫茶エニシに訪れる価値になる。


「ご配慮ありがとうございます。集会所の人々に伝えておきますね」

「はい。作り方も後ほどお教えしますね」


 レモネードの販売は海外で寄付などを求める際にも使われる。そのイメージから恵真は思いついた。実際に恵真の暮らす世界では許可など必要なのだが、こちらの国ではそこまでの法整備はない。

 暑い日差しの降り注ぐ夏、爽やかな香りと味わいは多くの人の喉を潤すことだろう。その様子を想像した恵真の口元は弧を描くのだった。



*****


 山に近いせいか、祖母の家の周辺は夜になるとだいぶ暑さが弱まる。

 夜のパトロールを終えたクロがみゃうみゃうと鳴いて、ドアを開けるように催促をする。恵真が裏庭のドアを開けると、するりとクロが室内へと入ってきた。


「クロ、待って。足を拭かせて」

「んみゃう」


 恵真は抱き上げたクロの足裏の汚れを丁寧に拭きとる。膝の上でごろんと横になったクロは、エアコンの涼しさを満喫していた。

 食器を洗い終えた祖母の瑠璃子は手を拭きながら、恵真に尋ねる。


「で、恵真ちゃんのとこではどんな肉料理にするの? 頂けるお肉はまだ決まっていないんでしょ?」

「うん。でも、向こうではひき肉はあまり好まれないから、それ以外かな。冒険者ギルドも出店するみたいなの。きっと、がっつりお肉で来るんだろうなー」

「あぁ、お肉を好む人が多いんだものね。あ、お茶飲む?」

「うん。ありがとう」


 麦茶を二人分、グラスに注いだ祖母の瑠璃子はそれをテーブルへと置く。恵真と二人、椅子に座って向き合うと再び肉祭りへと会話は戻る。

 肉料理といっても色々ある。焼く、揚げる、煮る、炒める、この調理法の中で喫茶エニシに向くのは煮込む調理法だ。恵真とアッシャーとテオ、三人で対応するため、調理には時間がかかっても、提供には温めるだけで良い煮込み料理が良いのだ。

 そのため、今回も恵真は煮込み料理を提供するつもりである。


「どんなお肉でも対応できるし、煮込み料理にしようかなって思ってるんだ。少しクセがあっても、ショウガやにんにくで風味を付ければいいし。煮込む時間は必要だけど、提供する時間もかからないからね」

「いいわねー。味付けは? 赤ワインとかトマトかしら?」

「他のお店と被らないように、今回は和風にしてみようかな」

「あら、めずらしいわね!」


 恵真が喫茶エニシで提供する料理は大きく分けて二つある。

 一つはマルティアの人々でも調理出来るような、この土地に合う料理。手に入りやすい野菜や豆など、マルティアで広がりやすく作りやすいことを念頭に置いている。

 もう一つがあくまで喫茶エニシのみで提供する料理だ。こちらは入手しにくい砂糖などの調味料を使う料理である。アッシャーやテオに作るホットケーキなどの菓子もこれに含まれる。

 今回、恵真が肉祭りで提供しようとしている料理は後者である。


「醤油や生姜を使って甘辛く仕上げるか、和風の出汁で野菜と煮込むか、そこで迷ってるの」

「いいわね。肉祭りって言っても肉ばかりじゃ胸焼けしちゃうもの。何事もバランスが必要よ。バート達には耳の痛い話ね、きっと」

「ふふ、うちはきちんと野菜も出します! アッシャー君とテオ君もいるしね。あとは付け合わせもさっぱりしてるのがいいよね」

「……どんなお肉を持ってきてくれるのかしら。私も食べてみたいわー」


 料理の話となると盛り上がるのが恵真と瑠璃子だ。

 まだまだ話は尽きないことだろう。

 ソファーの上ではいつの間にかクロがお腹を上に向けて熟睡している。

 パトロールを終え、この家の安全を確認したからか、エアコンの効いた室内が心地良かったのか。気持ち良さそうに寝るクロは完全に安心しきっている。

 少々蒸し暑い夏の夜、まだまだ恵真と瑠璃子の話は楽し気に続くのだった。


 

 


 

 

 

 


 


 




 



 

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