155話 真夏の肉祭り


 じりじりと刺すような日差しが降り注ぎ、夏真っ盛りという天気が続く。

 山に近いせいか、風が吹くのが救いだと恵真は思いながら、日傘と荷物を持って家へと戻る。

 リビングへと戻った瞬間、ひんやりとした風が汗をかいた恵真を冷やす。


「おかえりなさい、恵真ちゃん。暑かったでしょう? 買ってきたものは私が冷蔵庫に入れるわ。麦茶飲んでて」

「ありがとうー。日差しもかなり強いから、おばあちゃんは今日は家にいたほうがいいよ」

「本当こんな暑さの中で、出かけたら倒れちゃうわ。クロもさっきから床にぺったり寝転んで動かないもの」

「ふふ、全身で涼を取っているのね」


 エアコンの効いた室内では床もひんやり冷えて心地よいのだろう。ぺたりと腹をくっつけて、気持ちよさそうに寝るクロの姿がある。

 買い物袋から食料を取り出して、冷蔵庫へと移しながら瑠璃子は思い出したように話し出す。それは玄関に置かれた大きな木の箱のことだ。


「そうそう、玄関にあった木の箱ね。あれ、そうめんが届いたのよー、お昼に頂きましょう。ひんやり冷たいそうめんは夏の味覚よね」

「いいねぇ、焼き野菜と冷しゃぶを作って一緒に食べたらいいかも。麺つゆに合うし、栄養もばっちりだし」


 麦茶をこくりと一口飲み干して、恵真はふぅと一息つく。そんな恵真の元に、祖母の瑠璃子は梅干しときゅうりの浅漬けが入った皿を置く。水分補給だけではなく、塩分も補給するためだろう。

 つまようじに刺して、きゅうりを口に運ぶとしゃくりと心地よい音がする。冷たい麦茶と浅漬けが暑さで疲れた体に沁み渡るようで恵真はしみじみとする。

 

「このきゅうりを刻んで冷たいお茶漬けにしてもいいかも! あ、でも庭のきゅうりとシソで冷や汁もいいよねぇ」

「今日は冷たいそうめんと焼き野菜と冷しゃぶで決まりよ? もう、恵真ちゃんは料理のことになると急に活発になるんだから! でも、冷や汁は今度作りましょうね。お味噌のしょっぱさとゴマの風味がいいわよね」


 冷房の効いた室内では料理のことになると話題の尽きない瑠璃子と恵真が、あれやこれやと話を続ける。うたた寝をしていたクロはかすかに目を開けると、いつも通りの光景に再び眠りの世界へと落ちていくのだった。



*****


 

 夏の暑さは知らず知らずのうちに体力を消耗させている。

 喫茶エニシに訪れたリアムやバート達の話題も夏の暑さの話である。アイスティーにハチミツをたっぷりと落としながら、バートは暑さにげんなりとした表情を浮かべる。


「差し入れの効果もあって、皆、水分や塩分を摂るようにしてるっすけど、体力自慢の筋肉たちもこの暑さはキツイみたいっすねぇ。オレみたいな繊細なもんはこうして息抜きをしないと無理っす」

「バートはここでのんびりしてていいの?」

「それはほら、特別任務っす!」

「ふぅん。そっかー」


 全く信じていないアッシャーとテオの反応だが、バートは気にした様子もなくカラコロとグラスの氷をかき回す。

 マルティアの街も暑い日が続き、日中は人通りも心なしか減ったようにリアムには思えた。気候や気温が経済や人々の消費にもかかわってくるのはどの世界でも同じなのだ。

 しかし、喫茶エニシは今日も他の客がいる。涼やかな風の吹くこの空間は、料理に居心地の良さにとこの時期にはさらに魅力的に映るのだろう。この暑さに少々、客足を心配していたリアムは安堵する。


「暑いですし食欲も落ちますよね。私が住んでいた場所では、この時期になるとうなぎを食べたり、暑さに負けないような食事を摂る風習がありますね」

「うなぎっていうと川にいるあのへびっすよね?」

「へびに似ていますが、美味しいんですよ。まぁ、生だと血に毒があるんで要注意ですけどね……美味しいんですよ? 本当に!」


 へびに似た外見で毒まであるという情報にバートはげんなりとした表情に、アッシャーとテオは少々驚いた顔になる。しかし、旬ではない夏にうなぎを食べる風習はいくつかの理由がある。そのなかには理にかなったものもあるのだ。


「うなぎっていうかビタミンB1が入っているものは夏バテにいいんですよ。豆とかお肉だとたんぱく質もしっかり摂れますし!」

「なるほど、それでは兵士や冒険者は自然と摂れているのかもしれませんね」


 涼しい喫茶エニシには今日は他の客もいる。その中の一組は恵真たちも良く知る人物だ。ジョージとアメリアが涼を取りに、休憩がてら足を運んでいたのだ。


「肉か……聞いたか? アメリア」

「もちろんさ。たまには休憩も必要だね。こんないい話が聞けるんだからさ」

「肉……肉祭りに決まりだな」

「肉祭りってなに?」


 テオが不思議そうに二人に尋ねる。ニヤッと笑ったジョージはわしゃわしゃとテオの頭を撫でる。

 アメリアとジョージがここに来たのは暑さのせいで、商店の売り上げが下がってきたことを相談するためである。名物になりつつあるフライドポテトもこの暑さでは売り上げの減少は避けられない。そこで相談をし合っていたところ、聞こえてきたのが「夏の暑さに肉がいい」という言葉である。

 そもそも、冒険者の多いマルティアでは肉料理は人気が高い。それを街全体で売り出せば、新しい試みに皆が自然と足を運ぶだろうと二人は考えたのだ。


「肉祭り、この夏の景気対策にもってこいだね!」

「お嬢ちゃん、その案、頂くぞ!」

「……はい? えっと、わかりました!」


 案というのがなんのことかはわからない恵真だが、肉祭りという催しはなんとも楽しそうな響きである。最近、TVでもよく「○○フェス」などと食事を中心としたイベントがあるようだ。マルティアの街でも行うというのは面白い試みに恵真には感じられた。

 暑さで不必要な外出をさけるのであれば、外出したくなる機会を作る。冬にルースの案で屋台を出したことがあるが、それの真夏バージョンと言えるものだろう。


「楽しそうですね、肉祭り。皆さん、どんな肉料理を作るんでしょうね」

「何言ってるんだい? お嬢さんの店も参加するよ、もちろん!」

「冬のときはやりてぇ奴だけだったからな。今回はこの辺の飲食店すべてでやってもいいだろう。きっと盛り上がるぞ!」

「は、はぁ。確かに盛り上がりそうですね!いろんなお肉料理、私も食べてみたいですし!」

「よぉし! 決まりだな! 俺はレジーナに報告しに行くからよ!」


 アメリアとジョージの勢いに押されていた恵真だが、まだ知らない肉料理を食べられるかもしれないという期待で、肉祭りの開催に意欲的になる。いつの間にか、三人の間で肉祭り開催は決定的なものになっていた。


「……間に入って止める隙もなく決まってしまったな」

「いいじゃないっすか! 楽しそうっすよ、肉祭り」


 恵真が多忙になることを案じるリアムだが、肉祭りという響きはバートは嬉しそうに笑う。アッシャーとテオも忙しくはなるだろうが、特別な行事というものへのわくわく感が勝っている。

 今年の夏も皆で思い出を作れそうなきっかけに、恵真は目を細めてアッシャーとテオを見つめるのだった。



*****


「いやぁ、感謝しろよ? 俺とお嬢ちゃんに」

「……結果次第でしょ?」

「本当に可愛くねぇな」

「誰かさんに似たんじゃないかしら?」


 肉祭りというアイディアを商業者ギルドへと伝えに来たジョージだが、レジーナはいつものように素っ気ない態度を崩さない。

 だが、フライドポテトの売り上げが減少し、暑さのために街を行きかう人々も減り、どこか街全体として活気がないのだ。

 そこで冒険者や兵士の好む肉料理を中心としたイベントを起こせば、活性化につながるだろう。夜であれば、酒類の販売の促進も望めるはずだ。

 実際、レジーナの元へも商店主からの相談が相次いでいる。

 小さな商店の話など耳を傾ける必要はない、そんな声もある。だが、レジーナは小さな店の考えは街の民の声を拾うことだと目の前の男から聞いて育った。

 知らず知らずのうちにしみ込んでいる父の教えに、レジーナはじっと父ジョージの顔を見る。


「なんだ? 今さらながら俺の顔立ちの良さに見とれてたのか?」

「……まだまだ仕事があるから、さっさと出て行って」


 いつも通りの素っ気ない娘の言葉に肩を竦めて、ジョージはギルド長室を後にする。突然訪れた父に軽くため息をついたレジーナだが、先程聞いた肉祭りという案を考える。

 それぞれの商店で工夫をこらした肉料理を出す。飲食店側の負担も少なく、人々にとっても外出するきっかけに繋がるだろう。決して悪い案ではない。

 また肉料理であれば、冒険者ギルドが肉を卸すことになり、暑さで活動を控えていた一部の冒険者にとっても稼ぐ理由になるはずだ。


「まったく、そこそこ役に立つ案を持ってくるから始末が悪いのよ」


 父であり、前任のギルド長であるジョージは時折訪ねて来ては、こうして役立つ案をもたらすのだ。まだまだ越せない父の背中を思い出したレジーナには、ジョージの持ってくる案は自分への課題のような気すらしてくる。

 

「よし! 見てなさいよ。私だって負けてらんないんだから」


 氷の女王と呼ばれるレジーナはキッと気合を入れた表情になると、肉祭りの開催について考え出す。

 窓の外に広がる青空は清々しいが、眩しい日差しも降り注ぐ。天候自体はかえられるものではないのだ。十分にこの暑さを利用して、商売をしようとジョージもレジーナも考えていた。






 

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