154話 緑黄色野菜のススメ 3
集会所の食事には今も米が主食となっていることから、恵真は米や緑黄色野菜を使った料理を考えた。同時にかさましすることで、より安価で負担のないものにしようと考えた。
「でも一番大事なのは美味しいことよね」
「みゃうみゃ」
「うん、野菜が苦手な子でも食べやすいと思うよ!」
苦手な野菜に心当たりがあるのか、テオも強く賛同する。
恵真は玉ねぎをみじん切りにする。これは今回作る料理、すべてに使う予定だ。
油を引き、熱したフライパンで玉ねぎを炒めていく。火が通るにつれ、甘い香りが部屋に漂ってくる。
いったん、それをバットに取り出して冷まして置き、次はパプリカとピーマン、トマトを準備する。へたを切り、中の種をくりぬいて、パプリカは半分にピーマンはみじん切りにしていく。トマトはざく切りにしたものと、みじん切りにしたものに分けて皿に置いた。
冷蔵庫から出しておいたひき肉は三分の二をボウルに入れ、三分の一はにんにくと共に炒めて火が通ったら先程の玉ねぎを半分加える。そこにみじん切りにしたピーマンを少量加え、塩と刻んだトマトを加え、加熱する。十分に温まったら、ごはんに乗せて完成だ。
「ひき肉とトマトの炒めごはんの完成! 調味料はマルティアのものでもアレンジしやすいと思うんだ」
「んみゃうみゃ」
「余り肉を使った料理ですね。これはうちでも作れそうです……!」
合い挽きのひき肉などはあまり好まれない現状がマルティアではある。そのため、比較的安価で入手できるのだ。余り肉に米、トマトに塩と家でも作れるようにしている。ガパオライスに着想を得た、ボリューム満点の料理だ。
出来上がった料理にアッシャーとテオは目を輝かせるが、恵真はもう一品の料理に取り掛かる。こちらも余り肉を先程の残りから少量使う。
油を行き渡らせた熱したフライパンにひき肉を加え、炒めていく。火が通ったところで先程の残りの玉ねぎを半分加え、トマトをみじん切りにしたものを加える。
塩を加えて火を通していくが、大事なのは水分を飛ばしていくことだ。
「ここにご飯を加えるから、さっきより水分を飛ばしていくのよ。そうしないと、ご飯がべっちゃりしちゃうんだ」
「じゅわじゅわって言ってるもんね!」
テオの言う通り、フライパンではトマトの水分が飛び、じゅうじゅうと音を立てている。ある程度、水分が飛んだところで恵真はご飯を加えて炒めていく。そこにみじん切りにしたピーマンも加えた。後から加えたのは彩りを失わないためである。
テオの眉が下がり、少々困ったような表情になるのが見えた恵真とアッシャーは笑わないように見ぬふりをした。
赤く染まったご飯を恵真が皿へと盛りつける。
「これはトマトライス。もっと水分を多くしたら、リゾットにもなるわね」
ケチャップライスに着想を得たトマトライスも、子どもには食べやすく調理にも時間がかからない。正道院の集会所で、調理する人数と時間が足りない場合にはリゾットにしてもいい。この二品はどちらも米がメインで、作りやすい料理である。
同じ食材を使っていても、ひき肉がメインになるか、トマトがメインになるかで風味も見た目も異なる料理になるのだ。
「エマさん、お兄ちゃん、これも僕のうちでも作れる?」
「基本的な食材は二つとも同じだから、大丈夫だと思うよ。味付けはテオ君のうちの好みで変えてもいいし」
今回の二品はどちらもご飯を使い、手に入りやすい食材を使っている。それはディグル地域の信仰会の希望と、ジョージの依頼、どちらも満たすものである。
しかし、恵真はもう一品ジョージの依頼に合う料理を作ろうと考えていた。それが、残しておいたひき肉と炒めた玉ねぎ、そして半分に切ったパプリカだ。
ボウルのひき肉に冷めた玉ねぎを入れ、じっくり練るように混ぜていく。塩も加え、米粉も加えた。
「米粉はパプリカにも振って、お肉の生地を離さないようにもするの。火を通すとお肉が縮むから粉を振るのよ」
「ちゃんと理由があるんだねぇ」
ふむふむと頷くテオは関心が苦手意識を上回ったらしい。
米粉はアルロの元から流通し始め、フライドポテトやチキンにも使われ始めた。薄力粉より安価で入手しやすいと好評である。
パプリカの裏に粉を振って、練った生地を乗せていく。赤や黄色のパプリカは色鮮やかだ。熱したフライパンに油を引き、肉の面から焼いていく。焼き色が付いたら裏返し、酒を入れ蓋をして蒸し焼きにしたら完成だ。
「パプリカの肉詰めよ。本当はピーマンで作るんだけど……苦手な子も多いしね。甘みが強いパプリカにしてました!」
赤や黄のパプリカは色合いも良く、こんがりと焼けた肉も美味しそうに香る。塩のみで少々物足りないかもしれないが、マルティアの人々の好みで変えられるように敢えて薄味である。恵真としては醤油などで味を付けたくなるところだが、こちらで手に入らない場合は再現が出来なくなってしまうだろう。
三品とも出来栄えは上々、集会所の人々やジョージはどう思うだろうかと口元が緩む恵真であった。
*****
昼過ぎに喫茶エニシに訪れたリアムを、満面の笑顔で恵真は出迎える。恵真の様子に少々驚くリアムだが、そんな彼に構わず恵真は冷蔵庫から大ぶりのタッパーを三つ取り出した。
その姿をアッシャーとテオはもぐもぐと口を動かしながら眺める。兄弟の前には恵真が作ったトマトライスがある。ピーマンが細かく刻まれているのだが、ぱくぱくとテオも食べ進めていた。
「……テオ、平気なのか?」
「うん。ちっちゃいし、トマトの味がするから平気だよ!」
弟の名誉のために小声で聞いたアッシャーだが、苦手なものを食べられる嬉しさからテオは大きな声ではっきりと伝える。ちらりとアッシャーが恵真を見ると、目がしっかりと合い、なんとなくお互い頷きあう。
そんな二人の気を知らず、テオは満足そうにスプーンを口に運んでいた。
リアムの方に向かった恵真は大きなタッパーを三つ、どんとリアムに手渡す。
「どうぞ、皆さんに試食してもらってください!」
「……はい?」
めずらしく自信満々といった様子の恵真であるが、リアムの依頼と恵真の行動は微妙に食い違っている。ずっしりとした重さのタッパーを受け取ったリアムは、確かめるように恵真に尋ねる。
「トーノさま、私がお願いしたのは調理法を教えて頂けないかというものでした。その認識で問題はないでしょうか?」
自分の頼み方が間違っていたのだろうかと言葉を選びつつ、リアムは確認する。
そんなリアムに恵真は満面の笑顔で返答した。
「はい! ですから、こちらがその試食です。実際に食べて美味しくないものや作れないものの調理法を聞いても仕方がないじゃないですか。皆さんにこれを食べて頂いて、問題なければお教えしたいなって! ……あれ、リアムさんどうかしましたか?」
「いえ、間違っていたのは私の認識の方でした。ありがとうございます」
「皆さんが喜んでくれるといいんですけど……。あとはジョージさんですね」
どうかしているのは恵真の人の良さだろう。試食にしても作り過ぎだと、両手の中の料理の重さが伝えてくる。集会所では返礼の品もさほど送れない。恵真とて、そのことは知っているはずなのだが。
しかし、恵真の厚意を否定するようなことは口に出来ない。困ったように笑って、感謝の言葉をリアムは恵真に伝えると、柔らかな微笑みが返ってくる。
米を使ったこの料理は集会所の新たな味となっていくだろう。
相変わらず人の良い店主の危なっかしさと寛容さに、彼女の力にならねばとリアムは思うのだった。
*****
「ほぅ、なかなかいいじゃねぇか」
「そうでしょう! こうするとね、苦みもそんなに気にならないんだよ!」
訪れたジョージの言葉に得意げなのがテオである。
先程から自分でも美味しく食べられたのだと主張する。その行為がピーマンが苦手だったと打ち明けているようなものなのだが、誰もそこには触れずにいた。
「肉詰めはピーマンでも大丈夫ですよ。お好みに合わせて、ですね。今回は余り肉を使って価格を抑えたんですが、お肉好きの方には違う部位のものを使うといいかと思います」
「あぁ、余り肉を下に見る奴も多いからな」
パプリカの肉詰めは別として、今回恵真はピーマンやパプリカを使いつつ、米に合う料理を選んだ。それは集会所に合う料理を意識したからだ。
多少の形の悪さも切ってしまえばわからない。大事なのは味と栄養なのだ。
「――お嬢ちゃんがあいつの小さい頃にも、この街にいてくれてりゃあなぁ」
小さなジョージの呟きはただの独り言だ。
じゃがいもやキャベツ、豆など食材の評価が変わりつつある。少しずつ人々の意識が変わってきているのだ。それは他ならぬ、恵真のおかげであろう。
興味深いと思うジョージは冷たい緑茶を一口飲んで楽し気に、にやりと笑うのであった。
****
正道院の集会所では恵真の新たな料理が作られることが増えた。
安価な余り肉を使い、玉ねぎでかさましした料理は正道院の負担も減らし、より多くの人々に食事を振舞うことが出来る。
今日、訪れたリアムは厨房に積まれた野菜の木箱に気付き、首を傾げる。どこかで同じものを見た気がしたのだ。
「あぁ、あれかい。あれはジョージさんが持ってきてくれるんだよ。不揃いの物や熟し過ぎているからってね。寄付してくださっているんだよ」
「……そうなのですか」
意外な人物がこの集会所に訪れていたことにリアムは少々驚く。
クラークもくすりと笑い、頷く。ジョージの印象からはその行動は想像できないだろうし、何より本人はそれを知られたくないだろう。
「なんでもね、『過去の自分が出来なかったことを今の俺がしているだけだ』僕が、礼を言うと彼はそう言って去っていくんだ。不器用な方なんだろうね」
クラークのその言葉に、リアムはジョージの行動を自分の心の中に秘めておこうと思うのだった。
久しぶりに商業者ギルドにジョージはいる。
前回、言い争うように出ていったきりでレジーナとしては複雑な心境なのだが、父親であるジョージは気にした様子も見せない。
「……何しに来たのよ」
「ギルド長に会いに来たわけじゃねぇ。今日は娘に会いに来たんだ」
「は?」
そうレジーナに告げたジョージは立ち上がり、ギルド長室のドアへと向かう。
その背中に慌ててレジーナが声をかけようとする。
「……昼飯、まだなんだろ? ホロッホ亭に行くぞ」
「……へ?」
「ほら、早くしろ」
「ちょ、ちょっと父さん!」
気恥ずかしさからか、ドアを開けて出ていった父親をレジーナは慌てて追いかける。少し緩みかけたその表情を、きゅっと引き締めて、レジーナはギルド長室を後にした。
素直になれない父と娘は、その日久しぶりに食事を共にするのだった。
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