153話 緑黄色野菜のススメ 2


 その日、ディグル地域にほど近い正道院の集会所へとリアムは一人、訪れた。最近、物価の上昇が著しい。恩師であるクラークが務めるこの正道院へと、物資の支援を持って来たのだ。

 子どもたちに囲まれていたクラークは、リアムの姿を捉えると穏やかに微笑み、手を上げた。


「クラーク先生、食材をお持ちしました。どちらにお届けしたらよろしいですか?」

「エヴァンス君、また来てくれたのかい? さぁ、こちらだ。皆、お客さんだからね」


 クラークの言葉に子どもたちは頷くと、軽くリアムに挨拶をしたり、隠れて様子を見たりと様々な反応を見せる。そんな賑やかな庭を後にし、集会所の中へとリアムとクラークは歩いていく。

 ギシギシとなるこの廊下を進む途中で、修道士の一人と出会い、クラークが足を止める。どうやら、その修道士は厨房で主に働いているようでリアムを見て、礼をする。リアムが食材を渡すと再び頭を下げて、足早に去っていく。


「おやおや……すまないね。彼はきっと、久々に肉を皆に振舞えるのが嬉しいんだよ。アルロくんからコメも手に入れることが出来たし、余り肉の調理法もディグル地域では広がっているんだ。それでも、最近の物価高の影響は大きくてね。きっと、皆喜ぶよ。ありがとう、エヴァンス君」

「いえ、御力になれたようでよかったです」


 コメが集会所に販売されているのは恵真とアルロの約束であろう。恵真は強制ではなくお願いとしていたが、コメの販売が軌道に乗ったのは恵真の協力が大きい。そのため、アルロは今も優先的に安価にこの集会所に販売している。

 ディグル地域に広がりつつある余り肉の調理法とは、恵真がアッシャーたちに教えたハンバーグやミートソースであろう。様々な部位の余り肉は不人気ではあるが、栄養もあり、調理法によって美味しく食べられる。とこちらもまた、恵真が関係している。


「コメで非常に助かってはいるんだが、まだ調理法に詳しくなくってね。試行錯誤しつつ調理をしているよ。アルロくんに聞いたら、彼もまだ詳しくはないということでね。世話になっている中で心苦しいんだが、何か調理法を彼女が知っていたら、教えて頂けるかい?」

「えぇ、尋ねてみますね」


 コメに関しては恵真が詳しいだろう。調理を依頼するわけではなく、方法を聞くだけならば恵真の負担にもならないだろう。リアムの返答に申し訳なさそうな表情を浮かていたクラークは安堵の表情へと変わった。

 集会所へと訪れる人々は多いようで、窓から見える中庭でも人々が相談する姿が見える。


「そして、こちらも」


 そう言ってリアムは小さな袋をクラークへと渡す。中に入っているのは献金である。本来、エヴァンス侯爵家として、特定の宗教に肩入れすることのないリアムだが、これは正道院へではない。ここへ訪れる人々のための献金である。

 だが、エヴァンス家と教会の微妙な関係性を知るクラークは、リアムを案じたのか差し出された袋を受け取らない。


「ありがとう。しかし、君の立場を考えると――」

「私はこの街の冒険者でもあります。これは正道院のためではなく、民のための献金ですから。お受け取りください」

「すまないね、エヴァンスくん。ありがとう」


 古びた集会所は日陰にあり、冬は寒く夏は涼しい。しかし、室内でも暗いのが難点だ。リアムとクラークを遠く離れた場所から、ある男が見つめている。男はじっとリアムを見つめていた。

 その視線に、恩師と和やかに話すリアムは気付くことがなかった。


*****


 リアムからコメの調理法を新たに教えて欲しいと言われた恵真は快諾した。 恵真も集会所で米がどうなっているのか気になっていたのだ。

 微笑んだリアムが恵真に感謝を伝えようと口を開いた瞬間、恵真の口から思いがけない言葉が出る。


「じゃあ、何を作ろうかなー。お金をかけず、美味しいものを! 家庭料理の永遠のテーマですよね」

「いえ、調理法を教えて頂けるだけで充分なのでトーノさまはご無理なさらずに」

「だって、作ってみて皆さんの口に合わなかったらどうするんですか?」

「それはそうですが……いえ、今までトーノさまの作られる料理は全て喜ばれておりますので」

「はい! なので、今回も出来たら皆さんに喜んでいただきたいなって思うんです」


 料理になるとどうしてこうも積極性を見せるのか、そう思うリアムだが、そのおかげでマルティアの街の食は変化を遂げた。何より、なぜか嬉しそうに恵真が語るため、リアムとしてもそれ以上何か言うことが出来ない。

 先程、恵真が言った言葉もまた興味深い。恵真は金をかけずに美味しいものを作ることが家庭料理だと言う。高貴な生まれである恵真がこのような視点で料理を作っているからこそ、喫茶エニシの料理は街の人々にも受け入れられるのだろうとリアムには思える。


「ちょうどジョージさんに夏野菜のピーマンを使った料理を考えて欲しいって言われてたので、お米と合わせた料理も考えてみようかな」


 旬の野菜であれば、値段も安定していて手に入りやすい。ちょうど、ジョージから買い取ったピーマンが一箱分あるのだ。

 そう思って口にした恵真だが、その言葉にテオの眉毛はへにょりと下がる。アッシャーは黙って皿を拭きつつ、弟の様子に口元が緩む。


「僕は平気だけどちっちゃい子は苦手だと思うな。だって苦いでしょ?」

「そうだな。確かにテオは平気だけど、小さな子は苦い野菜は苦手だもんな」

「そっか、テオくんは平気でも小さい子は苦手よね。うん、そこも考えて作ってみようかな」

「うん、そうした方がきっと僕……よりもちっちゃい子はいいと思うな」


 夏野菜と呼ばれるトマトやピーマンは緑黄色野菜で彩りも良く、栄養も豊富だ。庭で採れたトマトも使い、何か皆が食べやすい米と野菜を使った料理を考えようと恵真は考え出す。

 降り注ぐ日差しはレースのカーテンを通し、アイスティーのグラスを光らせ、外の暑さを伝える。魔道具エアコンのある室内と外の温度差はかなりあるはずだ。

 しかし、リアムがつい長居をしてしまう理由は暑さだけではないだろう。

 兄弟と恵真のやりとりを聞きながら、リアムはかすかに微笑むのだった。

 

*****


「確かにピーマンはあれね。子どもは嫌う子の方が多いわよー。恵真ちゃんはそこまでじゃなかったけど、圭太も苦手だったし……貴史なんかちっちゃく切ってもダメだったわね」

「お父さん、そんなに苦手なの? ……確かに食べてないかも。他に家庭料理ってどんなことを気を付けてた?」

「大人でも苦手なものは当然あるもの。そうねぇ、栄養もだけど、好みや体調かしらね。あとはもちろん、お財布ともしっかり相談してたわ。そこはどこのご家庭も一緒じゃないかしら?」


 家庭料理に関しては、長年作ってきた祖母の瑠璃子の意見を参考にしたいと思ったのだ。思いがけず父の苦手な食べ物を知ってしまった恵真だが、気になるのはどんな工夫を祖母がしていたかだ。

 今回、恵真が作るのはピーマン、そして米を使った料理である。米の料理、ピーマンの料理と切り分ければ、幾つも頭に浮かぶのだが、一緒に使うとなるとなかなかに難しい。


「まぁ、忙しいとそうも言ってられないわよ。冷蔵庫を見たら、お肉が足りなくって急遽ハンバーグに豆腐を入れてかさまししたり、ミートソースに玉ねぎを入れたりね。そういう工夫も大事よね」


 瑠璃子の言葉に恵真は目を輝かせる。喫茶エニシで提供する料理と集会所で望まれる食事は異なる。信仰会の集会所の食事は、健康的でより多くの人に振舞えるための料理なのだ。 

 

「かさまし……それ、いいかも! 参考にするね、おばあちゃん」

「あら、そう? まぁ、きっと恵真ちゃんなら大丈夫よ。ねぇ、クロ」

「んみゃう」

「ほらね?」


 そう言われても恵真にはクロが何を言っているかわからないのだが、自信ありげに胸を張るクロからは、なぜか応援されている気持ちになる。頭を軽く撫でると、もっと撫でろと言わんばかりに頭をこすりつけてきた。

 見守り、応援してくれる祖母とクロに、自信を貰う恵真であった。


 


 


 

 


 

 



 

 

 

 


 


 

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