152話 緑黄色野菜のススメ


 夏の早朝とはいえ、もう既に暑くなることが予測できるほどの眩しさに恵真は目を細める。帽子に日焼け止めに水分補給と、暑さ対策は万全の恵真ではあるが、なるべく早めに水やりも手入れも済ませた方がいいと判断する。

 けれど、そんな日差しを受けて育った野菜は美味しそうに実った。今日は手入れはもちろん、収穫もする予定だ。カゴとハサミを持った祖母の瑠璃子が、既に頃合いになったトマトを選び、収穫の真っ最中である。


「うん。色も良いし重さもずっしりとしてる。何よりこの香り、新鮮な証拠ね。恵真ちゃん、何にして食べる? やっぱりまずはそのまま、サラダや冷やしトマトがいいわよね。さっぱりしてトマトの味がしっかりわかるもの!」

「みゃうにゃう」

「あら、やだ。興味ないなら家で待ってなさいよ」


 興奮して赤々としたトマトを収穫する祖母に、興味なさげに日陰で寝転ぶクロが鳴く。憮然としたクロはひんやりとした場所で、恵真と祖母の様子を眺めている。

 祖母の近くに歩みを進めた恵真はきゅうりに目を向ける。少々曲がってはいるが、しっかりと棘があるのは鮮度の良い証拠だ。


「トマトときゅうりを一緒にサラダにしたらどうかな」

「それはいいわね。あぁ、でもどんなサラダにしようかしら。それも迷うわね」

「もう、おばあちゃん。まだまだ収穫できるんだから、全部やってみたらどう?」


 恵真の指摘はもっともである。トマトもきゅうりも今日が初収穫なのだ。これからどんどん収穫できるだろう。

 だが、そんな初収穫だからこそ、瑠璃子は張り切っているのだ。わかっていない孫娘に瑠璃子は祖母としてきちんと指摘する。


「まぁ、恵真ちゃん。私はそんなことわかっているわ! 私が話しているのはその初収穫を飾る一品をどうしようかっていう話なのよ」

「ふふ、そうでしたか。それは申し訳ありません」

 

 自分が思う以上に初収穫を楽しみにしていた祖母の言葉に、恵真は笑いながら謝罪を口にした。瑠璃子はトマトを手に取りながら、「やっぱり冷やしトマトね。で、きゅうりはもろきゅうよ」そう一人で納得している。

 クロは興味なさげにフンと鼻を鳴らすとぺたんと冷たい地面で涼をとり始めた。日差しは徐々に強くなる。

 訪れた夏とその恵みに、恵真は先程とは違う意味で目を細めるのだった。



*****


「どうするの? そんなに野菜ばかり仕入れて、売れないでしょうに」

「いいか、売れる売れないじゃねぇ、売るって信じて動くのが商売人っていうもんだろ? で、協力するのか?」

「えぇ、なんで形の悪い野菜を大量に仕入れたかをきちんと説明してくれたらね」

「かぁーっ、まったく頭が固いのがギルド長になっちまったもんだよ」

「どうせ私は前ギルド長とは違いますからね!」


 氷の女王と陰で呼ばれるレジーナだが、彼の前ではいつも感情的になってしまう。 前商業者ギルド長でもあり、父であるジョージの突然の来訪に、レジーナは不機嫌である。

 父のジョージはギルド長退任後も小さな店を経営し、野菜などを卸している。どうやって経営を維持させているのか、レジーナから見ると不思議なのだが、彼女の幼い頃から店は続いていた。

 商売人としての話であるから、形の悪い野菜を大量に仕入れた理由を説明しろと先程から求めているにもかかわらず、ジョージは頑なに理由を口にしない。そのため、話は平行線を辿るばかりで、父娘の喧嘩の域を出ないものとなっている。


「だーっ! もういい! お前に相談した俺が間違っていたな」

「野菜は不人気なのよ? 私は心配してるの」


 その言葉にジョージは不敵に笑う。確かに少し前まではこのマルティアでは野菜や豆は不人気なものであった。しかし、ここ最近は風向きが変わったのだ。それはこの街のとある変わった店の影響だ。


「――そうだな。始めっからあのお嬢ちゃんに相談するべきだったな。不人気だったじゃがいもを今や街の名物料理に押し上げた実力者だ」

「そうね、私も無駄な時間を過ごすことにならなかったわね」

「おうおう、邪魔したな」


 数段重ねた木箱をジョージは軽々と持ち上げて、ドアへと歩き出す。年を感じさせない動きを見せたジョージは一旦、木箱を下ろしてレジーナへとくるりと向きを変えた。


「わざわざ貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます。それでは、失礼いたします。商業者ギルド長、レジーナ殿」


 そう言ってジョージは慇懃に礼を取ると、足で押さえていたドアから木箱を持ってするりと抜け出る。顔を赤くしたレジーナがクッションを投げるが、ドアにぶつかりぽとりと落ちた。


「もう、父さんったら!!」


 そう言ったレジーナは大きく息を吐き、呼吸を整える。この扉を一歩出たら、彼女は商業者ギルド長として、冷静に振舞わなければならない。若さや前ギルド長との関係で地位を手に入れたのだと、揶揄されぬように彼女は気を抜けないのだ。

 感情をしまい込み、氷の女王にふさわしい表情になったレジーナは、自分で投げたクッションをソファーに戻し、ギルド長室のドアを開けるのだった。


*****


「ほう、こりゃなかなか良く育っているな」

「ジョージさんにそう言われると嬉しいですね!」


 喫茶エニシに野菜を運んできたジョージは、恵真が育てたトマトやきゅうりをしげしげと眺める。このマルティアではトマトはもちろん、きゅうりも栽培するには土地と水が必要だ。以前、恵真が収穫時期前にきゅうりを用意したときには、流石にジョージも驚いたものだ。

 恵真にどんな人脈があるのかと思うジョージだが、冒険者ギルドに所属する彼女の詮索は迂闊には行えない。そもそも、既に商業者ギルド長ではないジョージの関心を引くのは恵真の食材やその料理なのだ。

 下手に彼女を探れば、関係も崩れるだろう。それよりも彼女の知識や経験を商売に活かしたいとジョージは思っていた。


「でな、俺のこの野菜たちもなんとかお嬢ちゃんの知恵でなんとかなんねぇかなと思ってる訳なんだよ」

「いや、無理っす。流石に厳しいっすよね、トーノさまでも。ほとんどがピーマンの山っすよ?」


 ジョージが持って来た木箱の中身はほぼピーマンであった。他にパプリカなどもある。しかし、どれも形は不揃いである。

 恵真が見る限る、野菜はどれも鮮度がいい。形など調理してしまえば、気にならない。大事なのは味や香り、栄養だと思う恵真だが、バートは彼女に不利益をもたらさないようにとジョージに対応する。


「なんでだよ! 苦みがあるがそれが大人の味だろ? さては味覚がガキだな、お前」

「オレだけじゃないっす! 兵士や冒険者っていうのは野菜嫌いじゃないっすか! それをトーノさまのとこに持ち込んで何考えてるんすか!?」

「…………そりゃあ、おめえ、お嬢ちゃんの御力を借りてぇんだよ」

「却下っす! ねぇ、トーノさま!?」


 しかし、恵真は片手にピーマンを持ち、木箱の中のピーマンを真剣な顔で見つめ、何事かを考え始めている。バートからすれば、不人気の食材を大量に仕入れかねないこの状況に焦っているのだが、恵真は料理のこととなると思い切りが良い。

 なんとか話を変えようと考えるバートに、ジョージが今年の野菜の収穫状況を話し出した。


「今年は豊作なんだがよ、そうなると値段も下がっちまうのよ。で、形が悪いものなんかは安く売らなきゃならねぇ。農家がいくら作っても利益としては薄いのが問題なんだよなぁ」

「せっかく美味しい夏野菜なのに、それはもったいないことですね」

「だろ? お嬢ちゃんもわかってくれるか!」


 自分の考えに共感を示した恵真にジョージの表情には笑みが浮かぶ。これは商売人としてではなく、純粋なものだ。形は多少悪くとも、それが良い品だと考えたジョージと同じように、恵真もまたそのように思ってくれたのだ。

 価値を共有できた恵真とジョージの話は自然と盛り上がる。


「夏の野菜は緑黄色野菜が多いですし、栄養も豊富です。トマトはリコピンやクエン酸、ピーマンやパプリカはビタミンが多いんですよ」

「おおっ! よくわかんねぇけど、体にいいってことだな!」


 聞き慣れない言葉のオンパレードだが、野菜を褒めているのは十分に伝わってくる。そんな恵真にジョージは再び本題へと話を戻す。


「不揃いなのはわかっちゃいるが、丹精込めて作った野菜を粗末にする気にはなれねぇ。知人の農家から買い取ってきたのよ。で、これをどんな料理にしたらいいかってのがお嬢ちゃんへの相談だ」

「確かにピーマンは苦みもあるので、苦手な人が多いっていうのはわかります」

 

 そんな恵真の言葉にテオはなんとなく視線を下に向け、アッシャーが笑いを堪える。それに気付いた恵真も少し口元を緩める。恵真もまた、小さな頃はあまり苦みのある野菜を好む方ではなかった。子どもであれば、多いことであるし、大人であっても苦手な食べ物は誰でもある。それを無理強いして食べさせる気はもちろん恵真にはない。

 しかし、せっかく育てた野菜を美味しく食べられる方法がないか、探してみたいと恵真は目を輝かせる。


「育てられた野菜を美味しく食べて貰えるように私も考えてみますね!」

「おおっ! お嬢ちゃんがそう言ってくれるなら頼もしいことこの上ないな!」

「一緒に頑張りましょう!」


 なぜか握手まで交わし、意気投合する恵真とジョージにバートは赤茶の髪を掻く。損得関係なく行動に移す恵真をバートなりに、案じていたのだが、料理となると彼女は行動的になってしまうのだ。

 心配するバートにアッシャーが落ち着いた様子で話しかける。


「大丈夫だよ、バート。エマさんなら、きっと美味しい料理にしてくれるよ」

「うん。僕もエマさんの料理なら、もうちょっとピーマン食べられると思うな」

「そっすか……。そうだといいんすけどねぇ」


 木箱を一箱、買い取った恵真は満足げに笑う。

 発色の良さやツヤ、緑色のピーマンは形こそ不揃いだが、青々として美しい。さて、どんな料理がいいかと恵真の口元は自然と緩むのだった。





 

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