120話 春の訪れとそれぞれの成長 2
庭に出た恵真は空を見上げる。
心地の良い風が吹く庭で、祖母と今後何を植えていくのかを話し合おうと考えたのだ。どこに何を植えるか、部屋で話すよりも想像しやすいとの祖母の言葉に恵真も賛同した。
外に出て風を感じたいと思えるような心地の良い青空が広がる。
「バジルは絶対でしょう? あとはハーブ類ももっと植えてみたいなぁ。鉢やプランターが結構必要だよね。ハーブは強いから地植えには向かないもの」
地下茎で増えるミントなどはその根をどんどん他の場所へと這っていってしまう。ハーブ類は植える場所にも注意が必要なのだ。
そのため、ハーブを植えるならば鉢やプランターが必要となる。
「去年、植えたものもまた挑戦したいなぁ。トマトでしょ、きゅうりにしそ、苺も植えたいよね。苗はそろそろお店に並ぶころだよね」
「えぇ、ちょうど植えるのにはいい時期よ。確かに新しいものも植えてみたいわね。あ、でもあれでしょう? ハーブは色々植えて効果を試してみた方がいいんじゃないかしら? バジルも株を増やした方がいいわね」
「みゃう」
会話に参加したいのかクロも恵真と祖母の近くにちょこんと座る。先程までは庭に出た蝶を追いかけていたのだが、急に寂しくなったらしい。
恵真はクロを抱き上げると、クロは嬉しそうに恵真に頭を擦り付ける。
祖母とクロを見つめた恵真はしみじみと思う。
「もうすぐ一年経つんだね」
『クロの世話をしてほしい』そんな祖母の依頼で始まったこの生活は恵真に変化をもたらした。
裏庭のドアから訪れた二人の少年アッシャーとテオ、彼らとの出会いが恵真に再び料理をする喜びを思い出させてくれたのだ。そんな二人を案じたリアムとバートとの出会いから恵真はさらに思い切った行動に踏み出す。
異世界で料理を振舞う店を始める―――今、思うと無謀過ぎて自分のことながら恵真は笑ってしまう。だが、それだけ必死だったのだ。
春は始まりと別れの季節だ。何かせねばならない、周りに置いていかれるのでは、そんな不安に駆り立てられるものなのだ。
あの思い切った行動を恵真は後悔していない。この一年を振り返れば、その思いは強くなる。
「この一年、凄く楽しかった。皆のおかげだね。あ、おばあちゃんがクルーズ旅行に行ってくれたおかげかも?」
そう言って笑う恵真に、めずらしく真剣な眼差しで瑠璃子は孫を見つめる。秋口に帰って来た瑠璃子は再び異世界へと繋がった裏庭のドアに衝撃を受けた。
だが、そのドアがもたらしたものは孫娘の変化だ。
息子たちから聞いていた様子とは異なり、生き生きとかつてのように笑顔を見せるその姿に瑠璃子も恵真を応援したいと思うようになったのだ。
「大事なことを忘れているわ」
「え?」
祖母の言葉に恵真は風になびく髪を耳にかける。
小さな頃、走り回って遊んでいたこの庭で、今は大人となった恵真と会話をする。 孫娘の成長を思い、瑠璃子は微笑みを浮かべた。
「恵真ちゃんが自分で決めて動き出したのよ。出会った人に感謝するように、自分のことも認めて褒めてあげなさい」
この一年の変化、そのきっかけは裏庭のドアから始まった。
だが、人々との出会いやそこでの行動、変化の一番大きな要因は恵真自身にあるのだ。
「えっと、その……ありがとう」
「ふふ。どういたしまして」
二人の髪を揺らす風は穏やかで温かい。くすぐったくも心地の良い風は祖母の優しさのようで、大人になっても変わらない祖母との関係に恵真は感謝するのであった。
*****
その日の朝から、恵真は強い緊張と心配に襲われていた。若干胃の調子も悪い気がしている。
そんな恵真にテオが不思議そうに尋ねる。
「エマさんはお留守番だから、緊張しなくっても大丈夫だよ? 僕とお兄ちゃんでおつかいに行ってくるから!」
今日は二人のはじめてのおつかいである。
自信満々といったその様子に恵真は口元を押さえる。自分のことではないからこそ、心配なのだ。
そんな恵真の隣で祖母の瑠璃子もそわそわとしている。
「わかるわー。恵真ちゃんのはじめてのおつかいも覚えてるもの! 全然戻ってこなくって心配になって迎えに行ったら、そのお店でお茶とお菓子をごちそうになっていたわ。『お友達になったの』って。あのときは安心したやら恥ずかしいやらで……」
「……おばあちゃんは今日出かける用事でしょう?」
記憶にないが恥ずかしい自身のおつかいの話題を逸らしながら、恵真が尋ねると瑠璃子は当然のことのように言う。
「だって、可愛い二人のはじめてのおつかいよ?」
「そうだよ。だから私は昨日は心配で眠れなかったの……」
「あの、僕たちなら大丈夫ですから!」
「そうよ、恵真ちゃん。可愛い子には旅をさせよっていうじゃない。挑戦、挑戦! 信じて待つのみよ」
はじめてのおつかいに備えて、恵真は自分の小ぶりのリュックサックを一つ用意した。重いものを運ぶ場合には腕で持つより力がいらず、両手も空くので安全だからだ。野菜は意外と重さがある。今日、恵真が頼んだものもそうだ。
「春キャベツの見分け方は持って、見た目より軽いものがいいの」
「軽い方がいいの?」
「春のキャベツはふんわりして、甘さがあるの。他の時期だとまた違うんだけどね。あとは裏の芯の部分。あまり大きくなくて乾燥してないものがいいんだよ」
「何事にも見極め方があるのよ」
「それがわかってると格好いいね! まかせて、エマさん」
張り切ってそわそわするテオと少し緊張しながらも慣れないリュックを背負うアッシャーに恵真は何度も頷く。
日本で二人が買い物をするのであれば、恵真もこんなに緊張はしない。安全であることがわかっているからだ。だが、マルティアの街を恵真は全く知らない。わかるのは冒険者や兵士がいるということは、それなりの危険もあるということだけだ。
「二人は街に詳しいでしょうし、大丈夫よ」
「大丈夫! そんなに遠くには行かないよ。大通りの方でお店がたくさんあるんだよ」
「ですって。ほらほら、信じて待ちましょう」
既に心労で疲れている恵真がアッシャーとテオ、二人の頭に手を置く。テオのふわふわとした髪に、アッシャーのハリのある髪を撫でる。目を瞬かせる二人に恵真は確認するように話しかけた。
「危ないことや困ったことがあったら無理しないで帰ってきていいからね、約束」
「うん、大丈夫だよ。エマさん」
「はい、街には慣れていますし、任されたことをきちんとしたいんです。……エマさん、信じてくれてありがとうございます」
「う、うん? 気を付けて行ってくるんだよ」
「はい!」
張り切って元気よく出ていった二人の姿に恵真はため息を吐く。そんな恵真の足元でクロが「みゃう」と鳴く。
「自分がついて行こうか? ですって」
「クロが? そっか、クロが見守ってくれたら安心だよね。でも……」
恵真の頭の中で先程のアッシャーの言葉が響く。「信じて任せる」そんなアッシャーの思いをクロに後を追わせれば、裏切る気がしたのだ。
「ありがとう、クロ。でも、二人を信じて待ってみる」
「みゃう」
「それがいいわ。クロがついて行ったら『魔獣が出た!』って大騒ぎになるかもしれないしね。でもこの子、アッシャー君たちのことも気に入ってるのね」
そんな瑠璃子の言葉にふいと背中を向けて、クロはいつもの定位置ソファーの上に行く。くるりと丸まっている姿はいつもと同じだが、少し気恥ずかしそうなのは恵真の気のせいではないだろう。クロなりに二人のことを気にかけているのだ。
「信じて待つ、いい言葉だわ」
レースのカーテン越しに見える空は綺麗な青空だ。今日もまた春らしい穏やかな天候である。
二人のはじめてのおつかい、恵真はいつも通り仕事を進めつつ、アッシャーとテオを信じて帰りを待つことにしたのだった。
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