121話 春の訪れとそれぞれの成長 3
街へと歩き出したテオの足取りは軽い。
天気も良く風も心地良い。おまけに今日は特別な仕事を任されたのだ。
そんな張り切るテオの隣を歩くアッシャーは、少し緊張気味である。
「軽くって芯が大き過ぎず、乾いていないこと! だよね、お兄ちゃん」
「あ、あぁ、そうだな。ルリコさんがそう教えてくれたもんな」
「いいキャベツを見極めて、買ってこなきゃね」
瑠璃子の言った「見極め方」という響きがテオには格好良く聞こえたのだろう。張り切っているのが隣にいるアッシャーにはよくわかる。
アッシャーもまた、緊張の裏に意気込みがある。それはアッシャーとテオを「信じて任せて」くれた恵真に報いたいという少年なりの思いであった。
大通りに向かう途中でも徐々に店は多くなり、食堂や軽食などを扱う店も増える。武具を扱う店があるのも冒険者の多いこの街スタンテールでは当然のことだ。
恵真の店は落ち着いて比較的安全な一帯である。周囲にあるのも書店やガラス製品を置く店など、客層が限られている。
そこから少し行くと、このように庶民的な店が増えていく。
活気はあるが冒険者ギルドからも近いため、問題を起こせばすぐに誰かが駆けつける。アッシャーとテオには歩き慣れた道ではあるが、今日は少し心持ちが違う。
今日は二人にとってはじめてのおつかいなのだ。
「お、チビたち、肉を買わないか? ちょうど今焼けたぞ」
「僕たち、お仕事の途中なんだ」
「あら、感心だね。頑張りなよ」
店の主人たちがアッシャーとテオに声をかける。
いつもよく見かける兄弟らしい子どもが今日は少し張り切った様子で歩いているのだ。仕事中なのは推測できる。
胸元に色違いのスカーフを巻き、少し良いところのお坊ちゃん風だが、ズボンや靴はそこらの子どもたちと変わらない。
「感心だね、って偉いってこと?」
「うん、まぁそんな感じだな」
「ふふふ。褒められちゃったね」
「ほら、行くぞ」
普段であれば、挨拶程度の会話をしてもいいのだが今は仕事中である。なるべく早く、仕事を終えて恵真の元に帰らなければならない。
「じゃあね、お仕事頑張ろうね」
「あら、頑張ろうねですって」
「はは、ちっちゃいのに言われたら頑張らんとな」
先を急ぐ小さな後姿を微笑ましく思いながら、彼らもまた日々の仕事へと戻っていくのであった。
野菜を扱う店は大通りに新しくできた店がある。なかなかの繁盛振りでアッシャーとテオはまずそこに訪れた。
日がよく当たる場所に様々な野菜が置かれ、品ぞろえは悪くないようだ。
じっとキャベツを見ていたテオが手を伸ばすと叱責の声が飛ぶ。
「おいおい、売りもんだぞ。気安く触るな」
「だって、触らないとわからないでしょう?」
「は? もういい。子どもの相手はしてられないんだ」
店主らしき男がテオとアッシャーを素気無くあしらう。テオをかばうように店を後にしたアッシャーは気を取り直したように、弟の背中に手を置く。
少ししょげていたテオだが、顔を上げて歩き出した。
「あ、あそこにもお店があるよ!」
「そうだな、行ってみよう」
一つ角を曲がると小さな路地に入る。そこには小さな店があり、野菜を売っていた。
日の当たらないその店にはこの時期の野菜が並んでいる。そのなかには二人の目当ての春キャベツもあった。
「これ、触っても怒られないかな?」
見た目はふんわりと柔らかそうなキャベツだが、先程のように怒られるのではないかとテオは心配する。
アッシャーは奥に座る老人に声をかけた。
「すみません。これ、触ってみてもいいですか?」
「……商品に傷をつけんじゃねぇぞ」
「ありがとうございます!」
そっと春キャベツを持ち上げたアッシャーは重さと芯の様子を確かめる。次に違うキャベツを持ち、比較する。
後に持ち上げたキャベツを下ろし、違うものをまた持ち上げる。
「初めに持ったこれがいい気がするな。テオも持ってみるか?」
「うん!」
「気を付けて持つんだぞ」
そっとアッシャーが手渡した春キャベツを、小さな両手でテオはしっかり持つ。
大きな見た目に反し、意外と軽いそのキャベツは芯も程よい大きさで乾燥はしていない。葉の色合いも良く、瑞々しさが伝わってくる。
「僕もこれがいいと思う! ルリコさんが言ってたのに近いよね」
「あぁ。すみません! これをください」
「あいよ」
アッシャーとテオ以外に客はおらず、店主はゆっくりとこちらへ近付いてくる。
かなり年配の男性で日に焼けてやせている。
野菜の運搬はなかなかの重労働だ。店先にはこの老人しかおらず、他人事ながらアッシャーはどうしているのか心配になる。
「10ギルだな」
「……はい。10ギルです」
袋から10ギル取り出し、手渡すアッシャーに老人はニッと笑いかける。ズボンのポケットに10ギルを入れながら、老人は満足そうな表情だ。
「お前さんは間違ってねぇぞ。キャベツに10ギルは大通りの店より高いもんな。躊躇するのももっともだ」
「……でも、品物はこちらの方が良いので」
「ほう、わかるか。そうかそうか。そいつはいい。じゃあ、もう一つおまけに聞くが、あの店のどこが問題かわかるか?」
春キャベツをリュックに入れながら、アッシャーは考える。大きな店で品揃えも多い。だが、あの店でアッシャーには気になったことが一つある。
「ひさしがないことです。あれだけ日が当たっては野菜が傷んでしまいます」
「正解だ。大通りに面しているのはいいが、直に日が当たるのは良くねぇ。あそこは新規の店でな、色々考えもんだ。キャベツの選び方といい、なかなかいい。どこで働いてる?」
「それは……今日は控えさせてもらいます」
「そうか、じゃあ仕方ねぇな。だが、いい店だな。お前らみたいなチビにきちんと金を渡すんだ。そいつはなかなか出来ることじゃねぇ」
その言葉にアッシャーは静かに頷く。
今日、アッシャーが緊張していた理由がそれだ。恵真は金銭をアッシャーとテオに渡してくれた。今まで働いていた場所では一度もなかったことだ。
何か用事を言いつけられたり、雑用はしてきたが金銭には決して触れることはなかった。それは信頼関係がないからである。
だが、喫茶エニシではバゲットサンドを売る際は店頭で、日中もアッシャーは店の中で会計を手伝う。
そして、今日もある程度の金額を手渡されたのだ。
それを持って二人に外出を許し、仕事を頼む。これは恵真から信頼し、任されている証拠と言える。
「はい、凄く素敵なお店で……凄くいい店主さんです」
「そうか、じゃあおまけもつけてやろう。ほらよ」
人参を取り出して、リュックの中に詰める店主にテオは微妙な表情になる。そんな視線に目ざとく気付いて店主がにらみを利かせる。
「あぁん? ちっこいの、お前人参嫌いなのか?」
「ち、違うよ、たまに苦手なのがあるだけだよ」
「あぁ、たまにクセの強いもんがあるからな。だが、これは大丈夫だ。きっと甘いぞ。何にでも見極め方っていうもんがあるんだよ」
「うん、僕とお兄ちゃんもその見極め方でこのキャベツにしたんだよ」
「おう、そりゃ、良い見極め方したな!」
誉められたテオは得意げにアッシャーに笑いかける。店主に礼を言い、アッシャーとテオは店を後にする。その後姿を店主はじっくり観察する。履いているズボンも靴もその辺りの子どもたちと変わりはない。
おそらく、仕立ての良いシャツとスカーフは店が用意したものだろう。
「噂なんて当てにならないと思っていたんだが……」
噂に聞く黒髪の聖女の店は子どもが接客していると聞く。兄弟らしい少年が接客しているという話であった。
子どもに金銭を渡し、使いに出す。おまけにその少年たちは良い食材を見極める知識を持っていた。
「こりゃあ、面白い店が出来たな。俺もいつか行けるかねぇ」
黒髪の聖女の店、喫茶エニシは邪な心を持つ者には見つけられないと言われている。どんなに金を持っていようとも、高い地位があろうとも辿り着ける保証はないのだ。
「金も名誉も地位もないが、心も綺麗とは言いがてぇからな」
肩を竦めて、店主は再び店の奥に戻り、のんびりと椅子に腰かけながら客を待つのだった。
*****
「ただいま帰りました!」
「エマさん、ただいま! 買ってきたよ!」
「おかえり! 二人とも大丈夫だった?」
喫茶エニシに響く、元気な二人の声に恵真は表情をぱっと明るくする。それまで不安でおろおろとしていたことは一緒にいたクロしか知らない。
クロもよくやったな、というように二人を出迎えて、みゃうと鳴く。
アッシャーがリュックとお釣りの入った袋を恵真に手渡す。キャベツはそれなりに重いものだが、ずっしりとした重量感に恵真は中身を確認する。
中にはふんわりと軽いキャベツと鮮度の良さそうな人参が入っていた。
「その人参はおまけだって。お店のおじいさんが言ってたよ。お兄ちゃんと僕がちゃんと見極められたからだって!」
「そうなの? 頑張ったからだね」
見極められたからというのはよくわからないが、おそらく懸命な二人の様子が可愛らしくおまけをしてくれたのだろうと恵真は解釈する。
取り出した春キャベツは見た目のわりに軽く、芯の大きさもちょうどいい。
「良いキャベツを選んで来たね。おつかい、大成功だね」
「ふふ。ちゃんとね、重さも比べてみたんだよ」
「ちょっと怖そうだったけど、良いお店でした。おまけも頂いたし……。少し他の店より値は高いんですが、大丈夫ですか?」
アッシャーの問いかけに恵真は少し悩んでから、頷く。恵真はこちらの金銭感覚に疎いところがあると自覚しているのだ。
「アッシャー君たちが少し高いけど、こっちのほうがいいと思ったんでしょう? なら、大丈夫だよ」
「…………ありがとうございます」
恵真が自分たちのことを信頼している。そう感じてはいたが、こうして再び言葉にされるとありがたみが増すものだ。
恵真は見た目より軽く、ふんわりとした春キャベツを持ち上げてキッチンへと向かう。さっそく、この春キャベツで料理をするのだ。
「まだ、お客様も来てないし、二人に何か作るね」
そう言う恵真にアッシャーとテオは驚きつつも、手を洗い、次の仕事を探すのだった。
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