113話 余り肉の煮込みハンバーグ 4
恵真が用意したのは玉ねぎに人参、トマトにショウガ、にんにく、そして先程、冷蔵庫にしまって置いた残りの叩いた余り肉だ。本来ならば、セロリも入れたいところだが家にあることが多い食材で作ることにした。
まずは玉ねぎと人参をみじん切りにしていく。出来上がったら、フライパンを熱してサラダ油を馴染ませ、ショウガとにんにくを炒め香りを出す。
次に切って置いた余り肉を入れ、叩いた肉をほぐすように炒めていく。あらかた火が通ったところで、玉ねぎと人参も加えてさらに炒める。そこに水を入れ、種を抜き、皮を剥いたトマトを刻んで入れた。
これを10分から15分程度煮込んで塩で味を調えれば、完成である。
「本当にほとんど同じ材料ですね。味も似てるんですか?」
「うーん、同じ材料だけど食感も違うから、そんなに似てはいないかも。ハンバーグはそれがメインになるおかずで、今作ってるのはパンにつけたり、他のものと組み合わせて食べる形かな」
赤ワインを加えた煮込みハンバーグもソースが煮詰まり、とろみが出てきた。どちらも完成に近いだろう。先にハンバーグを皿に盛りつける。
白い皿に濃厚そうなソースと大きなハンバーグが載るとアッシャーとテオ、そしてナタリアまで目を輝かせる。
「これは旨そうだな! 甘酢っぱいトマトと赤ワインの香りが食欲をそそるなぁ。余り肉からこんな料理が出来るとは。考えを改めなければならないな」
「ふふ、改めるのは食べてからでも構いませんよ。どうでしょう、どなたか試食をしてみませんか?」
皆さんと言わなかったのは余り肉に抵抗があることを配慮してだ。
そんな恵真の問いかけにアッシャーたちが手をまっすぐ上にあげる。一番早かったのは大人であるナタリアだ。ナタリアの横に立っていたリアムはその様子に戸惑いながらも、笑いながらそっと胸元まで手をあげた。
「では、皆さんにご用意しますね!」
余り肉から作られた煮込みハンバーグを皆が試食したいと言ってくれたことに恵真は一先ず安心する。少なくとも見た目は合格、問題は味であろう。
真っ白な皿に取り分けながら、皆を満足させる味になっているかとほんの少し緊張もするのだった。
*****
温かな湯気を立てる煮込みハンバーグにナタリアはそっとナイフを入れる。柔らかな肉はすっとナイフが入り、肉汁と玉ねぎの水分がじゅわっと中から溢れ出していく。濃厚そうなソースに絡めて、ナタリアはその肉を口に放り込む。
再びじゅわっと口の中に広がるその肉汁と玉ねぎの甘さにナタリアは何度も頷く。アッシャーもテオも煮込みハンバーグを口に入れると驚きで目を見開き、笑顔を見せる。
「様々な部位を混ぜているのに一体感があるな。柔らかな食感も今まで食べていた肉とはまた違うが新鮮だ。何よりこの濃厚なソースには野菜の旨味も溶けだしていて臭みを感じさせないな」
「うん。このソースにパンをつけて食べたいくらいです」
「絶対にしみしみにしたら美味しいよね」
そう言いながらもフォークを動かし、煮込みハンバーグを食べるアッシャーたちに恵真は安堵のため息を吐く。ふと、静かにハンバーグを口にするリアムの姿が目に入る。
余り肉はその名の通り、様々な肉のはじきである。それを侯爵家の生まれでもあるリアムはどう評するのだろうとふと不安になったのだ。
「リアムさんはどう思われますか?」
硬い表情のリアムに恵真はおそるおそる尋ねる。じっと余り肉のハンバーグを見つめ、恵真へと視線を移したリアムは口を開く。
「これが幅広い層に普及するのは難しいでしょう。残念ながら、余り肉に未だ抵抗がある者が多いのです。こちらの料理は味も良く、見た目もまた食欲が湧くはずです。ですが、余り肉を好まない人々から、すぐに受け入れられることは困難だと思われます」
リアムの率直な意見に部屋は静けさに包まれる。確かに彼の言う通り、人が一度抱いた抵抗感をすぐに払拭することは容易ではないのだ。
鍋で煮ているもう一品の料理が、くつくつという小さな音だけが部屋に聞こえる。
「トーノ様はどなたのためにこれを作られたのですか?」
リアムの問いかけに恵真は気付く。余り肉の煮込みハンバーグともう一品の料理、どちらも誰のための料理かでその評価は変わる。料理で大事なことは誰が食べる料理かなのだ。
「あ、あの今、余り肉を食べている人たちに新たな調理法として加えて欲しいなって思ってるます。あ、こちらもそうなんです! 今、持ってきますね」
キッチンに立つ恵真は弱火でコトコトと煮ていたソースの火を止める。木べらで時折かき混ぜながら煮ていたもう一品の料理も皿に移した。バゲットサンド用のバゲットを斜め切りにして軽くトースターで焼く。こちらも皿に入れ、皆がいるテーブルにと持っていく。
ことりと置かれた皿に入ったのは温かな湯気と甘い香りがするトマトベースの料理である。
「これはミートソースと言います。ハンバーグとほぼ同じ材料で作れるんですが、お肉はより少なく済むんです」
「旨そうだが、どうやって食べるんだ?」
「焼いたパンに付けてもいいですし、茹でたじゃがいもなどの野菜にかけても美味しいです。アレンジがしやすいのも特徴ですね。バゲットにソースをつけて食べてみてください」
皿に添えられたスプーンでとろっとしたソースを掬い、バゲットの上に載せる。テオがぱくりとバゲットを噛むとサクッという音が聞こえた。
「美味しい! じゅわってソースが染みて凄く美味しい」
ナタリアもアッシャーもその真似をしてバゲットにソースを載せて食べる。甘みのあるソースは刻んだ野菜の効果もあって甘みがあって優しい味わいだ。先程の煮込みハンバーグは赤ワインの風味もあり、もう少しどっしりとした味わいで、似てはいるが異なる良さがある。
「余り肉を使った料理は今、余り肉を食べている人たちに新たな調理法として知って頂けたらと思っているんです。リアムさんのおっしゃる通り、急に印象って変わらないと思うし」
「では、エマはこれを店で出すつもりで作ったわけではないのか?」
「はい。お店ではひき肉の方が便利ですよね。毎回余り肉が出るわけではないですもん」
恵真の言葉に喫茶エニシで煮込みハンバーグを食べるつもりであったナタリアは、目に見えて肩を落とす。
「ではなぜ、余り肉の調理を?」
リアムの問いは当然のものだ。喫茶エニシで調理するつもりでないのなら、余り肉の調理を試す必要が感じられない。
だが、そんなリアムに恵真は驚く
「だってもったいないじゃないですか!」
「もったいない?」
恵真の言った言葉の意味が理解できなかったのはリアムだけではない。ナタリアもアッシャーもテオも不思議そうな表情を浮かべている。
もったいないからこそ、余り肉として販売しているのだ。誰かがそれを買うのであれば無駄がない。そのため、どうして恵真がもったいないと言っているのかが皆にはピンと来ないのだ。
そんなリアムたちに恵真は力説する。
「せっかくの食材を美味しくないまま食べるなんて食材がもったいないです! この調理法なら余り肉を今よりもっと美味しくできるし、家族皆で食べることが出来ますよね。ですから今、この余り肉をそのまま焼いたり煮てる人たちに、ぜひこの調理法を伝えたいと思ってるんです!」
頬を赤く染め、瞳を輝かせながら力強く恵真は語る。
そんな様子にナタリアたちがあっけに取られて黙っているが、室内には静かな笑い声が聞こえる。リアムである。
大きな手で口元を押さえてはいるが、予想外の恵真の答えに笑いを堪えることが出来ない様子だ。
「トーノ様の着眼点は興味深いものですね。もしよろしければ、私の感想の続きを聞いて頂けますか?」
「続きですか?」
てっきり、リアムの満足がいくものになってはいなかったと恵真は思ったのだが、どうやらあの感想には続きがあるらしい。恵真はどんな感想が続くのだろうと少し不安にもなる。先程、庶民には向かないと言われてしまったのだ。
「先程、申したように余り肉に抵抗がある人々には好まれないかと思います。ですが、現在余り肉を購入している人々には受け入れられるはずです」
「本当ですか!」
表情を明るくする恵真にリアムも穏やかな微笑みを浮かべる。
先程、恵真が言った「美味しく皆で分け合える料理」という言葉の意味をリアムは考える。このハンバーグもミートソースも、数々の料理の中からそんな発想で選んだ料理なのだろう。
刻むことで時間や手間こそかかるが、だからこそ食べやすく、野菜が入ることでかさましが可能で皆で分け合えるのだ。
今、余り肉を購入する人々はディグル地域の者や、怪我をした冒険者など、生活に困難を抱える者たちだ。豆やじゃがいも、そして米、人々の食の選択肢を恵真は広げている。その恩恵を受けているのは庶民、なかでも日々の生活に困難を抱える者たちなのだ。
「ミートソースはパンにもいいし、ご飯にかけて焼いても美味しいかと思うんです! で、じゃがいもを薄く切ってソースを引いて重ね焼きにしたり、潰したじゃがいもにソースをかけたり! あとは何が出来るかな、えーっと、とにかく色々広がりますよ」
恵真は嬉しそうに語るが、この件で特に恵真が得することはないだろう。
だが、恵真が料理をすることが好きなのを知る喫茶エニシの皆は、もうそれを疑問に思うこともない。先程の「もったいない」と感じた理由からもわかるように、料理というものとそれを食べるということが人に喜びをもたらすと信じているのだ。
黒髪の聖女は魔獣を従え、魔道具に囲まれた屋敷に住む。彼女トーノ・エマの一番興味深いところは、料理となると夢中になるこの性格にあるだろう。
そんな彼女はまだ楽しそうに余り肉の料理について語るのだった。
余り肉の調理法はディグル地域を中心にひそかに広がっていった。
肉を叩き、細かくして、家にある半端な野菜と組み合わせて作るハンバーグもミートソースも人気となる。特に子どもたちにとっては、固いパンも美味しく感じられる特別な料理となった。
叩くことで柔らかくなった肉は、消化にも負担がかからず味も良い。年齢に関係なく幅広い年齢に愛される料理となったのだ。
となれば、余り肉の値が上がることが考えられたが、その様子は見られなかった。余り肉を買い求める者は増えたが、価格は変動しなかったのだ。
これには冒険者ギルド長のセドリックの配慮がある。リアムから事の経緯を聞いたセドリックは余り肉の価格を変更せず、その数をある程度増やしたのだ。
これは日頃、エマが販売するバゲットサンドや薬草の利益、そしてセドリック個人から捻出したものである。
そして時を経て、ハンバーグもミートソースもディグル地域で育った者や信仰会の子どもたちには思い出の味となっていく。子どもの頃を思い浮かべると、特別なごちそうとしてまず浮かぶのはこの二つだ。
ひき肉を使ったハンバーグとミートソースは、マルティアの庶民の間にも広がっていくこととなる。彼らはもちろん、通常のひき肉を使う。
だが、その始まりはディグル地域だとその地域出身の者は皆、誇る。
彼らの生活に合わせて生み出された料理は彼らの思い出であり、誇りとなったのだ。
この2つの優れた料理がディグル地域のどこで始まったのかは諸説ある。ディグル地域で育った兄弟が近隣の者や、信仰会に伝えたという説が有力視されているが、定かではない。
確かなことはこの料理は先入観に囚われず、料理をより美味しく、皆で分かち合おうというそんな視点を持った者が伝えたのではないかということ。
そして、それが新たな料理と人々の喜びを生み出したということだ。
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