112話 余り肉の煮込みハンバーグ 3


 ルースの米は糠を取って精米したものである。輸出元の国では水車を使っているのか、手作業でしているのか。これもまた恵真としては気になるのだが精米済みということで手間が省ける。問題はどうやって細かく砕くかであろう。

 マルティアで米粉を作る際に問題なのはその道具だ。フードプロセッサーのように一気に粉にすることは難しい。恵真の率直な感想から言えば、フードプロセッサーで砕いたこの米も細かさには満足は出来ない。

 だが、このような機械のない時代にも米は様々な国で米粉として利用され、麺などに使われてきた。


「これをどうやって細かく砕くか。そういった面では課題が残るんです。それに細かさもまだまだで粒が残っています……米粉を使えばいろんな料理が出来るんですけどね」


 頭を悩ませる恵真だが、リアムはあることに気付く。それは恵真がこの国スタンテールに留まる意思を見せていることだ。先日、何気なく恵真が放った自身がいなくなったとしてもという言葉が、妙にリアムの心には残っていたのだ。

 

「まだトーノ様はこちらに、この街に留まってくださるのですか?」


 ゆっくりと、だが確かめるように尋ねたリアムに恵真は目を瞬かせる。恵真としては、そのようなことを尋ねられたこと自体が不思議に思えたのだ。


「遠い未来はわかりません。でも、今私がいたいと思える場所はここです。ここで、喫茶エニシで皆と過ごしたり、料理をすることがもう私の日常なんです」


 恵真の黒い瞳はまっすぐリアムを捉えている。

 その瞳から嘘のないことが伝わり、リアムは安堵する。恵真がここにいたいという理由がこの街にあるのだ。

 ほっとしたのが伝わったのか、恵真は慌ててリアムに話しかける。


「あ、薬草のこと心配ですよね! 大丈夫ですよ、何かあっても大丈夫なようにちゃんと多めに渡していますし! 急にいなくなる予定もありませんよ」

「何かあってからでは遅いですし、いなくなられても困ります」


 なぜか勘違いをしている恵真を嗜めるようにリアムが言う。恵真の身に何かあってからでは大問題である。何も起こらないようにリアムはオリヴィエにも力を借り、ネックレスを贈ったのだ。

 そんな身を案じるリアムの言葉をどう捉えたのか、恵真から提案がされる。


「そうですよね。やはり、そういうときのために対応策は考えた方がいいですよね。薬草やバゲットサンドも困りますし」

「いえ、我々にとってトーノ様は大切な存在ですから」

「え、私のことですか……」


 突然のリアムの言葉に恵真は固まる。

 てっきり薬草の重要性を話しているのだと思い込んでいた恵真は、自分自身のことを肯定された言葉に咄嗟に言葉が出てこない。そんな恵真の手を、くいと小さな手が引く。

 左手を見ると、テオが不安気な表情で恵真の手に触れ、見上げている。何も言わずにこちらをじっと見ているテオの手が、きゅっと恵真の手を握った。その確かな温かさがなぜか恵真の胸に沁みる。

 アッシャーもまた心配そうに見つめ、リアムは穏やかな眼差しで恵真を見つめていた。

 家族以外の他人が自分を肯定し、案じつつも見守ってくれている。そのことを恵真は今、改めて実感し、目が潤む。

 慌てて恵真がテオに触れられた左手ではなく、右手で涙を拭うとなぜか三人が笑う。


「エマさん、粉がついちゃってますよ」

「え、あっ、右手で粉を触っていたから……」


 米粉を触っていた右手で涙を拭ったため、粉が顔に付いたのだ。


「ふふ。エマさん、手を洗ってください」

「はい、そうします」


 そう言われて恵真は皆に背を向ける。米粉のついた手を洗い、米粉と涙で汚れた顔をエプロンで拭う。大人になって泣く姿を見られるのは、なかなか気恥ずかしいものだ。そんな恵真の背中にリアムから声がかけられる。


「私は、これからもトーノ様の御力になりたいと思っておりますので」


 それはいつもリアムの言葉ではあるが、出会った当初とは意味が異なる。黒髪黒目の聖女としてではなく、トーノ・エマとしての彼女への言葉だ。


「今だって十分力になって貰ってます!」


 背中を向け、油断していたときにかけられた言葉に、恵真の涙腺はまた緩む。動揺しつつ返した言葉は、少し怒っているかのような言い方になってしまった。

 恵真の照れ隠しに気付いたアッシャーとテオはクスクスと笑うが、リアムは恵真の言葉にほっとしたように微笑む。

 ゴシゴシとエプロンで顔を拭う恵真は、心の中でマルティアの人々との縁に感謝をするのだった。



*****



「エマ、冒険者ギルドへ行って来たぞ。外は冷えるな」

「おかえりなさい。ナタリアさん」


 ドアが開き、ナタリアが戻ってくる。アッシャーたちより先に来たナタリアは既に冒険者ギルドへのバゲットサンドを搬入し終えたのだ。

 そんなナタリアは何やら袋を持って、恵真へと渡す。キンキンに冷えた袋に驚く恵真にナタリアは頷く。


「鮮度が良いうちにとギルド長に渡されたんだ。おまけにオリヴィエが魔法で冷やしてな、このとおりしっかりと冷えたままだ」

「なんですか? これ」

「聞いてないのか? お前が欲しがってた余り肉だ。こんなものを欲しがるなんてエマは面白いな」


 冷たさに驚いていた恵真の表情がぱぁっと明るくなる。余り肉でこんなに喜んでもらえるとは思っていなかったナタリアは目を瞬かせた。

 そんなナタリアを気にすることもなく、恵真は肉を持ってキッチンへと向かう。

 先程まで米粉の可能性に目を輝かせ、その次は皆の優しさに涙した恵真だが今度は持ち込まれた食材に期待をしている。

 そう今、優先すべきは余り肉を調理することである。鮮度の良いうちは臭みも少ないため、早めに調理した方が良いのだ。

 

「エマさん、余り肉で何を作るの?」

「ふふ。皆、大好きハンバーグです! このまえの赤葡萄酒もありますしね」


 だが、アッシャーとテオの反応は恵真の期待通りとはいかない。ハンバーグ自体を知らず、おまけに余り肉を使うためピンと来ないのだろう。ナタリアだけが機嫌良く恵真に笑いかける。


「肉料理か! 余り肉をどう調理するのか、エマ期待しているぞ!」

「まかせてください。きっと皆が驚く美味しい余り肉のハンバーグを作ります!」


 先程まで涙していた恵真は笑いながら、キッチンに立つ。涙を拭いていた白いエプロンをぱんっと叩いて直し、包丁とまな板を取り出した。

 そんな姿にアッシャーとテオも安心したように、自分たちの仕事へと戻るのであった。


*****


 まず、恵真は玉ねぎのみじん切りから取り掛かる。洗った玉ねぎの皮を剥き、細かくみじん切りにしていく。こちらは煮込むソースの分もあり、多めに必要だ。同じように人参も細かくみじん切りにしていく。

 温めたフライパンに油を入れ、全体に行き渡らせる。玉ねぎを入れるとジュッという音が立つ。恵真はそれを木べらで炒めていく。玉ねぎをしっかりと炒めることが甘さとジューシーさに繋がるのだ。

 三分の一ほどを鍋に移し、残りは平らなバットに入れて粗熱を取っていく。完全に冷ましてからでないと肉の傷みに繋がるからだ。

 細かくパンをちぎり、皿に入れ牛乳に浸す。これは生地のつなぎの役目である。本来は卵も加えるのだが、この国では卵は高価なのだ。


 次にショウガも細かく切っていく。これは風味付けと臭み消しのためである。同じようににんにくのすりおろしも入れる予定だが、今回はチューブのものを使う。

 袋から取り出した余り肉はその名前通り、様々な部位がある。豚のもも肉に似たものや牛のすね肉のはじきのようなもの、種類も部位もバラバラだ。

 まな板に取り出して、まず細かく繊維に逆らって細切りにしていく。それを今度は小さく切ったのち、包丁で叩く。トトトトと小気味よく叩いていく。


「余り肉を細かくして使うのか?」

「そうですね。私の国では違う種類のお肉を合わせて使うこともあるんですよ。ハンバーグを使うときは結構使いますね。柔らかくふっくら仕上がるんですよ」


 恵真は徹底的に叩いた余り肉をボウルに入れ、三分の一ほどは別の皿に入れ冷蔵庫に入れておく。これは後ほど違う料理を試すように取っておくのだ。

 次に煮込むソースの準備である。皮を剥いたトマトを種を抜いてサイコロ状に切る。それを人参と共に、先程玉ねぎを加えた鍋に入れて赤ワインで煮込んでいく。じっくりと玉ねぎやトマトの形がなくなるまでが良い。

 先程、炒めておいた玉ねぎの粗熱が取れたら、冷蔵庫で冷やしていた肉にショウガとにんにく、牛乳に浸したパン、塩も入れてしっかりと混ぜていく。ショウガとにんにくを多めに入れたのは臭み消しの効果を狙ってのことだ。


「余り肉とはわからないな。見た目は普通のひき肉のようだ」

「うん。それにお肉がたくさんになったね」

「いや、肉は増えてないよ。野菜のおかげだな。でも、こうすると少ない肉でも皆で分けて食べられるようになるのか」


 十分にこねた生地は本来、冷やして寝かせてから成型する。

 だが、恵真は今回この作業を省く。この世界で冷蔵庫を庶民の多くは持っていない。余り肉を購入した人々が、可能な調理法でなければならないのだ。

 生地を手に取った恵真は小判型に成形し、両手に交互にその生地を移動させる。リズミカルに叩きつけるように移動させることで、生地の中の空気を抜くのが目的だ。


「おぉ、手慣れたものだな」

「ハンバーグは元々違う国の料理だったんですけど、私が生まれた国でも人気だったんです。どこの家庭でもお店でも食べられる、そんな料理で子どもの頃から好きな人が多かったと思いますよ」


 成形した生地を恵真は次々に皿に入れていく。生地の中央部分は少し窪みを作ることも重要だ。

 生地で汚れた手を洗った恵真は、フライパンを温める。サラダ油を流し、全体に行き渡らせてそっと生地を置いていく。

 ジュッという音が小さく鳴り、ナタリアが小さく声を出す。


「余り肉なのに旨そうだな。余り肉はその時々のばらつきが多いんだが、こうして叩いて細かくすればそれもなくなるのか」

「野菜を入れることで少ない肉の量でも満足感が得られるのですね」

 

 生地の裏側に十分に火が通ったのを確認した恵真は、そっと生地を裏返す。こんがりとした焼き色のついた面が見え、香ばしい匂いもしてきた。

 恵真は隣のコンロで煮込んでいたソースを確認する。こちらからも先程から良い香りが漂ってきている。

 両面に焼き色が付いたのを確認した恵真は、フライパンの中をキッチンペーパーで軽く拭き取る。これは余分な脂や焦げを取るためだ。

 ソースをフライパンに流し入れるとジュワッという音と共に香りと蒸気が上がる。その様子にアッシャーとテオがわっと歓声を上げた。

 

「煮込みハンバーグにするのは火の通りのわかりやすさと、濃い目の味付けにすることでクセが気にならないんじゃないかなって。あ、でも赤葡萄酒って手に入りやすいものですか?」

「あぁ、安いものはかなり安いぞ。まぁ、そんなに味も良くはないんだがな」


 ソース自体も煮込むことで野菜が溶け、味がよく馴染んでいくだろう。くつくつと小さな音を立てるフライパンのハンバーグに恵真は笑みを溢す。

 フライパンの中で良い香りと音を立てる余り肉のハンバーグは、もう既に食欲をそそる出来栄えだ。

 

「これを少し煮込んで完成です」

「まだ食べられないのか……」

 

 悲し気なナタリアの言葉に皆、吹き出す。

 だが、この香りと見た目であればその思いも当然であろう。


「煮込んでいる間にもう一品、余り肉で作ってみたいものがあるんです」

「また余り肉で、ですか?」

「はい! これもほとんど同じ材料で出来るんですよ」


 そのために恵真は先程、余り肉を細かくしたものを冷蔵庫に入れておいたのだ。

今度の料理もほぼ同じ材料で作れる上に、ハンバーグより時間がかからない。

 片付けを手早く行いながら、恵真は次の料理に取りかかる準備をするのだった。

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