111話 余り肉の煮込みハンバーグ 2

 

 今夜の遠野家の食卓に並ぶのは、恵真が叩いた肉を使って作ったハンバーグである。みじん切りにした玉ねぎをじっくり炒めたもの、卵と牛乳を浸したパン粉を加えて、しっかりと練り、焼き上げたのだ。

 牛と豚の切り落としを使って作ったハンバーグはふっくらとジューシーで、ところどころに肉の食感が残るのもまたアクセントになっている。

 食卓にはハンバーグに野菜サラダ、卵とわかめのスープに人参の和え物と白菜の漬物が彩りよく並ぶ。


「確かに海外だとハンバーガーのパテも牛肉100%よね。合い挽きにする必要がないっていうのも理由としては頷けるわ。日本では牛肉の方が値段が高いから合い挽きになっていったのかもしれないわね」


 ハンバーグというのはドイツのハンブルグという地名から来ている。正式にはハンバーグステーキと呼ばれ、アメリカへ渡ったドイツ人たちから広まったと言われている。炒めた玉ねぎや卵を入れる日本のハンバーグはどちらかと言えば、ミートローフの作り方に近いだろう。

 炒めた玉ねぎを入れ、ふっくらと柔らかいハンバーグは、子どもから年配まで多くの人々に好まれる。豆腐を入れたり、鶏肉のひき肉で作るものなど様々なハンバーグが存在し、レストランや給食、家庭でも人気の味である。


「まさか、合い挽きって考えがないなんて思わなかったなぁ。それじゃ、余り肉が好まれないわけだよね。ハンバーグも難しいかも」


 恵真が叩きに叩いたこともあり、今日のハンバーグはなかなかの出来栄えである。同じように余り肉を使って、ハンバーグを作ろうと考えていた恵真としては予定外だ。

 様々な部位があるという余り肉は、やはり叩いてひき肉にするのが一番使いやすいと恵真は思う。肉の硬さや火の通りの違いといった問題を、ひき肉にすることで解決出来るからだ。

 箸を進めながらもそんなことを考える恵真に、祖母の瑠璃子が提案する。


「あら、でも食べてみたら気が変わるかもしれないじゃない」

「え、そうかな。でも抵抗があると思うんだよね」

「ほら、苦手だなーって思っていても食べてみたら美味しいってことあるもの。ハンバーグは年齢関係なく好まれてるし、試しに作って食べてみて貰ったらどうかしら? 試す前にあきらめちゃもったいないわ」


 祖母の言葉に恵真は悩む。余り肉の良い調理法を見つけたら、それは今、余り肉を食べている人々に伝えたいと考えている。

 炒めた野菜やつなぎを使い、ふっくらと仕上げるハンバーグならば、同じ量を肉だけで作るよりも経済的な負担も少ない。

また香味野菜やつなぎを加えれば、臭みや硬さも気にならず味も良くなる。

 そうした面から考え付いた余り肉のハンバーグであったのだが、余り肉だけではなく合い挽きにも抵抗があるのならば難易度が高い。マルティアに住む彼らの食生活や考えに合わなければ、受け入れては貰えないことも考えられるのだ。


「もし余ったら私が食べてあげるわよ」

「おばあちゃんが? うーんそうだね。もし皆の口に合わなかったら、余り肉のハンバーグは二人で一緒に食べよう」

「みゃう」

「クロはダメだよ。猫だからね」


 さっきまで眠っていたはずのクロが、目を輝かせ、いそいそと顔を覗かせるが恵真は首を振る。猫や犬にはネギ類は厳禁、そして人間の食べ物を食べさせるのも内臓に負担がかかり良くないのだ。そんな恵真の答えに、祖母が首を傾げる。


「ねぇ、この子って分類的に猫なのかしら?」


 実はそれは以前より恵真も気になっていた。毎回、猫用のフードをわき目もふらずに平らげる様子からも問題はなさそうだが、他に魔獣がいないため比べようもない。

 早朝からみゃうみゃうと朝食をねだり騒ぐ姿からも、クロ本人は満足しているようでもある。


「う、で、でも魔獣も食べない方が良いんじゃないかな。きっと」

「みゃうぅ」


 確証はないが安全を考え、食べさせないことに決めた恵真に抗議するようにクロは一声鳴く。希少で高貴な魔獣でありつつ、遠野家の飼い猫でもあるクロは不服ながらもテトテトと元いた場所へと戻っていくのであった。



*****


 今日もまた、ふぅと息を吐けば息が白くなるほどに空気は冷えている。

 恵真の祖母である瑠璃子から貰ったマフラーは、開店準備をするアッシャーとテオの首元を寒さから守ってくれている。

 開店の準備のため看板を持ち上げたアッシャーだが、急に軽くなり看板が上に持ち上がる。見上げると紺碧の瞳が優しく二人を見つめていた。


「リアムさん、どうしたの? こんなに早くに」

「あぁ、トーノ様にお話があってな。ほら、この辺りでいいか?」


 《喫茶エニシ》という文字とクロの姿が描かれた看板を立てて、店は開店を迎える。バゲットサンドを買い求めたい人も寒い中、訪れているようだ。

 アッシャーは急いで恵真にリアムの来店を知らせると、バゲットサンドをカゴに入れて持って急いで出てくる。テオは隣に立ち、会計をするらしい。


「ただいまより、バゲットサンドの販売を開始します。整列してお並びください」

「一人一個でお願いしまーす」


 バゲットサンドは二種類ある。現在はカリッと焼いた鶏もも肉にバジルと塩でしっかりめに味付けしたものと、りんごをジャムにしてシナモンで風味をつけたものだ。ボリュームのあるバジルチキンは働く者に人気だが、砂糖を使って煮たりんごジャムとシナモンも幅広い年代に好評である。甘味というのは疲れた体にも心にも安らぎをくれるのだ。

 手慣れた様子で人々に販売していくアッシャーとテオの邪魔にならぬよう、少し離れた場所からリアムは見守る。笑顔で挨拶をし、手際良く売っていく姿は自信も感じられる。少し早めに訪れて良い光景を見られたとリアムはひそかに思うのであった。



 ことりとおかれた白いカップには紅茶の色が良く映える。隣に置かれた焼き菓子のクッキーは恵真からのサービスだ。

 アッシャーとテオは温かいほうじ茶と焼き菓子のクッキーをつまみながら、暖を取る。外でかじかんだ手を温めてから、次の作業に取り掛かる予定なのだ。


「先日、アルロとルースに会って参りました。トーノ様が気にしていらした米の件はまだ在庫にも余裕があり、ご希望でしたらこちらに届けるとのことです」


 その言葉に恵真は笑顔を浮かべる。恵真が作りたいものはこちらの国で手に入る米でなくてはならないのだ。

 恵真の頼みでルースの元に出向いたリアムであったが、米を必要とする理由は未だ聞いていない。恵真であれば、米にこだわらなくとも様々な食材が手に入るだろう。敢えてルースの米を注文するのには何か理由があるはずだとリアムは考える。

 そんな疑問を抱いたのはリアムだけではない。テオも不思議そうに恵真に尋ねる。

 

「エマさん、もちもちのお米があるのにパラパラのお米も買うの?」


 アッシャーとテオはこちらの米も食べたことがある。もちっとして甘みの強い米も喫茶エニシにあることを知っているのだ。あの米がまだあるのであれば、ルースの元で米を買う必要がないだろう。

 だが、恵真としてはこちらの米でこちらの世界に合う料理を作りたいのだ。そうでなければ、マルティアの人々に受け入れられない。

 何よりもちもちとした米は今から恵真が作りたいと考える物には向かないのだ。

 

「普通に食べるならそれでもいいんだけど、今回はパラパラのお米で作ってみたいものがあるんだよね」

「また何か新しい料理を調理される予定なのですか?」

「調理ではないですね。えーっと、私、お米の可能性を探りたいんです」

「米の可能性、ですか?」


 突然飛び出した「米の可能性」という言葉にリアムは再び尋ねる。

 恵真が米で作ろうとしているのは料理というより、そのための食材と言ったほうが的確だろう。恵真が作りたいのは米を使った新たな食材なのだ。

 そのためにはルースの家で輸入しているような、ぱらりとした食感のものでなければ上手くいかないと恵真は聞いたことがある。

 先日、恵真が祖母の瑠璃子に話した「米の可能性」はこの食材を作ることで広がっていくはずなのだ。

 

「私、こちらのお米で米粉を作りたいんです!」


 恵真は意気揚々とリアムやアッシャーたちに宣言する。

 その様子は喫茶エニシを開きたいと言い出したあの日のようだ。あのときも突然、恵真が言い出した言葉にリアムたちは驚いたものだ。

 米粉という聞き慣れない響きに戸惑うリアムたちだが、恵真が何か始めたいというのならそれを応援するつもりである。

 普段、穏やかな恵真だからこそ、こうと決めたときの意志は強い。その意志がこれまでの料理、そして喫茶エニシを築くことにも繋がったのだ。

 また、新たなことに挑戦しようとする恵真の黒い瞳は意欲的に輝くのであった。



 

 恵真が取り出した道具は見慣れないものである。それほど大きなものではないが、透明な部分からは中の刃が見える。これまでの経験上、それが魔道具であることをリアムたちは察する。

 恵真がその道具の透明な部分にルースの米を入れていく。これは以前、分けて貰った米の残りである。それを浸水させ、乾かしておいたものだ。


「フードプロセッサーっていうんです。これでお米を粉状にして米粉を作れるんです。ちょっと音が大きいのでびっくりするかも……」


 そう言って恵真がスイッチを押すとガガガという音と共に、中の刃が回転し、米を粉砕していく。ミキサーという魔道具で慣れているアッシャーとテオも興味深げにその様子を見ている。初めて見たリアムは目を見開く。ここにオリヴィエがいたならばミキサー同様、恐ろしい魔道具だと言うだろう。

 粉砕された米はサラサラとした白い粉になる。それを見た恵真は頷き、リアムたちに笑顔を見せる。


「これが米粉です。名前の通り、お米で作った粉ですね」

「うわぁ、サラサラしてて真っ白だ」

「お貴族さまが使うやつみたいだねぇ」


 恵真が蓋を取り、米粉をボウルに移し替える。サラサラとした白い米粉がボウルに入っていくのを、リアムたちは驚きの表情で見つめる。

 その白さもさらりとした細やかさもまるで貴族向けの粉のようだ。それがルースが販売している安価な米から作られるとは予想外のことである。

 

「米粉に向くのはもちもちのお米じゃないんです。こういった米粉を使って、麺やパンを作れるんですよ。お米の可能性が広がるんじゃないかって思うんです」


 ビーフンやフォーといった麺、また最近では米粉を使った菓子なども人気が出てきている。ライ麦粉に近い、こちらの粉では出来なかった料理も米粉を使えば作れるようになるのではないかと恵真は期待していた。

 また、シャーロットにパンデピスを作ったときのようにアレルギーの問題にも対応できる。米粉を作るというのは料理も、それを食べる人にも可能性を広げていくことになると恵真は考えたのだ。

 さらりとした米粉は真っ白である。この国ではまだ安価な米から作られた米粉、これが使えるのであれば料理の幅は広がり、変化をもたらすだろう。

 料理だけではない。輸入や作物の価格にも変化が起きるかもしれない。

 

「米粉を使えば皆がいろんな美味しいものを食べられます。麺やお菓子にも使えるんじゃないかなって思うんです。でも、もう少し細かく砕けないと米粉とは言えませんね。そこはこれからの頑張りどころです」


 嬉しそうに米粉の可能性を話す恵真は、そのことに気付いてはいないのだろう。リアムにもどうなっていくのかは想像できない部分がある。

 だが、変化を恐れて何も動かないつもりはない。それに貴族たちが安価な米に手を出すとは考えにくい。彼らは外聞を気にして動くのだ。

 恵真が見つけた新たな米の可能性に、リアムたちもまた変化の予感を感じ取っていた。



 

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