110話 余り肉の煮込みハンバーグ


 冬特有の灰色の空が広がるが、喫茶エニシに集う人々の表情は明るい。

 今日の議題は恵真の胸元に光る、リアムから贈られたというネックレスである。


「ってことはあれかい。これはお嬢さんを守る意味があるっていうのかい?」

「本当の本当に、それ以外の意味はないんですよね?」


 アメリアとリリアの問いかけにリアムは頷く。

 そんなリアムをじとりと見つめるのはリリアである。庶民であれば身に着けるものを贈るのは、特別な意味合いがあると思われても仕方がない。

侯爵家のリアムはそのような意図で渡したわけではなさそうであるが、それでも恵真を慕うリリアとしてはその確認は怠れないのだ。


「えぇ、元々それはハチミツグマが落としていった宝珠の煌めきです。それを加工し、オリヴィエが仕上げたものがそのネックレス、トーノ様をお守りするものです。ネックレスであれば調理中、もしご不安であれば就寝中でも身に着けることが出来ますから」


 ハチミツ色の小さなかけらは恵真にはとても美味しそうに見えるのだが、どうやら恵真を守ってくれるようである。調理の邪魔にならないようにという配慮も恵真にとってはありがたいものだ。


「ありがとうございます。大事にしますね」

「いえ、私に出来ることでしたら」


 にこやかに微笑み合う2人をリリアとアメリアは複雑な思いで見つめ、リリアは眉間に皺を寄せる。


「就寝中でもエマさまと一緒!? ネックレスの分際で……!」

「じゃあなにかい、このネックレスは坊ちゃんとオリヴィエさん2人からってことになるのかい。なんだい、あたしゃ一足早い春の予感に心が躍ってたっていうのにさぁ」


 少々がっかりするアメリアとなぜかネックレスに敵対心を燃やすリリアだが、恵真の身を守るためというのには納得である。

貴重な薬草を扱い、注目を集める恵真だがどうにも人が良いのだ。始終誰かが側にいるわけではないのだから、出来ることはしておいても良いだろうと皆も同意する。

 

「綺麗だし、エマさんに似合ってるよな」

「でも美味しそうだよねぇ。ハチミツの味かな」


 アッシャーとテオは見たままの素直な感想を言い合う。

 そんな中、バートはぽつりと呟く。

 

「希少な宝珠の煌めきを元王宮魔導師が仕上げたって……いったいあのネックレスどれだけの価値になるんすかね」


 だが、バートの真っ当な意見は賑やかな会話の中でかき消されていく。

 本来、恵真を守るべき緑の瞳の魔獣はそんな賑やかな人々を気にすることもなく、ソファーでウトウトと微睡む始末だ。

 恵真としてはネックレスという品より、皆が案じてくれる環境の方が嬉しく感じられる。そして、良いことは続くものだ。


「ふふ、昨日良いものを買ったんですよ! 見てください! お肉です。昨日、精肉店に行ったら切り落としのお肉があってお安くお得だったんですよ!」

「おや、余り肉を買ったのかい?」

「うーん。余り肉といえば、まぁそうですね」


 どうやら、切り落としの肉はマルティアでは好まれないらしい。皆の反応は恵真としては期待外れである。だが、祖母の瑠璃子であっても切り落とし肉に恵真が望むようなリアクションを取らないだろう。

 一般的にはネックレスの方に関心がいくのは当然のことなのだが、恵真は肉もネックレスも同じように嬉しいらしい。


「こりゃ、オレも何か贈るなら食べ物なんすかね」


 小さな声で呟いたバートの言葉は再び、賑やかな人々の会話によってかき消されてしまうのだった。



*****



 喫茶エニシを後にしたリアムはその足で自由市へと向かう。恵真に頼まれたことがあり、アルロの元へ話をしに行くのだ。

 アルロの屋台には数人の者が米を買い求めに訪れている。米の販売を開始した当初は少なかった客も今では問題ないようだ。


「順調そうだな」

「エヴァンスさま! はい、おかげさまで米の販売も上手くいっています。やっぱり、調理法を教えるっていうのがやっぱり大きいですね」


 アメリアの紹介で恵真が教えたリゾットの調理法は、米を買う人々にも教えている。そのことが購買の促進になっているようだ。店を手伝っていたルースもこくこくと頷いて同意する。


「リゾット以外の調理法も聞かれるんですけど、今のところ湯がいて食べる以外には教えられないんです。ここはちょっと考えどころで工夫してみようと思ってます」

「そうか。あぁ、ルースはこのまえの屋台の案が良い結果に繋がったな」


 リアムとアルロの会話を聞いていたルースは急に自身に会話を振られ、びくりと肩を揺らす。リアムの言うとおり、ルースの案が採用され、週末には店頭で簡易な飲食を提供している。飲み歩きするのが面白いようで、なかなか好評なのだ。

 外出するのが億劫になる冬には良い刺激になったようだ。


「い、いえ、意見を出しただけです。他の方が採用してくれたから出来たことで」

「その案を出すというのが難しいだろう? それも他の者が採用するくらい価値のある案だったのだから成功したんだ」

「は、はい! いえ、その、そんな……」


 すっかり恐縮した様子のルースにアルロが笑う。その淡く薄い緑色の瞳、そして風の魔法使いであることもルースの控えめな性格に拍車をかけているのだ。

 だが、風の魔法使いたちで酒風水をアメリアの店に卸すようになって、ルースは少し変わった。

 わたあめの販売も難しく酒風水もあまり売れない冬の期間、ルースは屋台を手伝っているのだが、先日の会合で意見を言う姿にはアルロも驚かされたものだ。

 風の魔法使いはあまり注目されることがない。その魔法の使い道が他の魔法使いに比べると限定的なためだ。そのうえ魔力も弱いとあれば、控えめなルースがさらに委縮してしまうのも仕方のない話である。

 アルロとしてはそんな友人が心配でもあった。


「もう少し魔力の上手い使い方があればいいんだけど、魔法使いって気位が高い人が多いし、誰かに教えを乞うのも難しいよな」

「ア、アルロ! そんなことを言っちゃダメだよ」


 慌てて止めるルースだが、アルロの言葉にリアムもくすりと笑う。確かに魔法使いや魔導士は気位が高く、その力を簡単に使うことを良しとしない。その力を評価されにくい風の魔法使いは例外なのだ。

 そんな魔力を扱える者に友人、それも類がないほど優秀な者がいるリアムではあるが気位はさておき、確かに人に物事を教えるのに向くタイプではないだろう。

 だが、少々控えめであるが温厚な風の魔法使いルースという人物のことを、頭に入れて置こうと思うリアムであった。



*****


 

 恵真が冷蔵庫から取り出したのは、肉屋の店主からおまけで貰った切り落とし肉である。牛や豚の切り落としが入ったその肉は鮮度も良い。何に使うかと楽しみにしていた恵真であったが、どうやらこのマルティアの人々はあまり好まないようだ。

 昼過ぎに喫茶エニシへと訪れたセドリックに恵真が尋ねる。


「じゃあ、こういうお肉ってどうしてるんですか? 前回、赤身肉を頂きましたし、お肉の販売はあるんですよね」

「あぁ、そういった肉は一部の冒険者たちや地域の者には、安価なため買われることが多いですね。獣など様々な動物の部位が使われますので、少々クセが強く扱いにくいんですよ」


 どうやら恵真が思う切り落とし肉と、マルティアでの余り肉はかなり異なるものらしい。それでも調味料や調理法で、風味や食感にも違いが出そうだと恵真は興味を持つ。


「一般的に余り肉はどんな調理法が人気なんですか?」

「そもそも余り肉自体がそんなに人気のあるものではないので……煮込んで食べるのは一般的だとは思うのですが」

「なるほど。部位が違えば、同じ茹で時間だと硬さもバラバラですし、美味しく作るのは難しいかもしれませんね。このお肉の良い調理法が見つかったら、価格はやはり上がってしまいますか?」

 

 そのうえでクセもあるのならば、人気がないのも理解できる。恵真からするとそんな余り肉にも、美味しく食べる方法が何かないかと気になってしまう。

 だが、確認しなければならないこともある。良い調理法が見つかった場合に、余り肉の価格が上がってしまうことだ。そうなれば、今それを購入している者たちが食料に困ることに繋がるだろう。

 そんな恵真の心配にセドリックは微笑む。恵真の懸念の通り、余り肉を購入する者は生活に困難を抱える者が多いのだ。しかしその心配はないとセドリックは思う。

 どんなに良い調理法が見つかっても、急に今までの印象が変わることはない。余り肉を買うことに一般の人々は抵抗があるはずだ。買うのはディグル地域の住人や怪我をして働けなくなった冒険者など、今と変わらないだろう。


「必要でしたら、今度持ってきましょう。ですが、トーノ様はどのように調理なさるおつもりですか?」


 煮込んで食べるのが一般的だが、臭みやクセも強い。そんな余り肉を恵真はどのように調理するのか。肉を仕入れ卸すのも冒険者ギルドの仕事の一環だ。冒険者ギルドのギルド長としても、喫茶エニシの常連客としても気になるところである。

 そんなセドリックに、にこやかに恵真は微笑む。穏やかなその笑顔につられてセドリックも微笑みを返す。


「叩きます」

「は?」

「徹底的に叩き潰します」


 おっとりと品のある微笑みとその口から飛び出した物騒な言葉のちぐはぐな響きに、セドリックは固まる。恵真はと言えば変わらず、にこにことこちらを見ている。

 聞き間違えかもしれないとセドリックは念のため確認する。


「えっと、叩く、のですか?」

「はい! 叩いて叩いて叩き続けてみようかなって」


 どうやら聞き間違えではないらしい。よくわからないセドリックではあるがそれ以上の追及を避け、余り肉が出たときには持ってくると言い、喫茶エニシを後にするのだった。


 

 「エマさんはお肉で何を作るの?」

 

 興味津々といった様子でカウンターキッチンをテオがのぞき込む。昨日、貰った肉の切り落としを試しに使ってみようと恵真は準備を進めていた。

 普段であればフードプロセッサーを使うところだが、余り肉を購入する人でも使えるように実際に肉を叩く必要があるのだ。

 牛や豚の切り落としを細かく切り、それを更に何度も叩いていく。そう、恵真が徹底的に叩くのは肉である。手間がかかるが、柔らかい食感にするために必要な労力なのだ。


「こうやって何度も叩いてひき肉にするの」


 恵真の言葉にアッシャーが頷く。部位の違いから柔らかさも違う肉だが、こうして細かくすれば気にする必要はない。ひき肉は喫茶エニシでもよくテーブルに上がるが、庶民には親しみのある肉である。少量でも肉の旨味が出るのでスープなどにも使いやすいのだ。

 だが、一つアッシャーには気になることがある。そんな疑問はテオも同じようで、恵真をじっと見つめている。


「ねぇ、エマさん」


トトトト、トトトト、興味深げにそれを見ながらテオは尋ねる。


「なぁに、テオ君」


トトトト、トトトト、小気味よく肉を叩きながら恵真が答える。


「ひき肉って一種類のお肉しか使わないと思うよ」


 タントンと肉を叩いていた恵真の手が止まる。

 アッシャーの方を見ると困ったような表情をして、テオに同意するように頷く。

 そう、ここマルティアでは合い挽きという考え方がない。異なる肉を混ぜた余り肉が好まれないのにもそんな事情があるのだ。


「そ、それは予想していなかったな……」


 徹底的に叩き潰す予定であった肉を見つめ、食文化の違いというものを久々に感じている恵真であった。

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