93話 冬至の贈り物 2

 

 翌日もまた空からは雪が舞い降りる。

 コトコトとスープを温めながら、恵真は今日のかぼちゃ料理のプレートをどう盛りつけるかを考えだす。

 そんな様子を見つめながら、テオは恵真に質問をする。


 「エマさんの国ではどんなかぼちゃ料理があるの? 僕たちはスープに入れたり、茹でて食べるんだよ。あとはね、ハチミツをかけると美味しいんだ」

 「そっか、甘くして食べたりもするのね。お菓子にしたんだけど、それなら2人とも大丈夫だね」


 野菜が甘いという事に抵抗はないらしい。作ったかぼちゃ料理を思い出し、安心する恵真だがアッシャーが申し訳なさそうに呟く。


 「でも、なんだか悪い気がして」

 「あ、違うの! ほら、今日はお店にも出すから問題ないんだよ。お客さんのためでもあるの」


 遠慮するアッシャーに慌てて恵真は説明するが、それは今考えた嘘である。アッシャーはもちろんハンナが気を遣うだろうという恵真なりの配慮だ。

 一応は雇用をする立場となる恵真では、祖母である瑠璃子が何か贈るのとはまた感じ方が違うだろう。

マフラーは祖母の思いもあるうえに、この寒空で店に通うアッシャーたち兄弟にはぜひ使って貰いたいと恵真は考えていた。

 

 「そうなんですね。じゃあ、お言葉に甘えます」

 「ふふ、かぼちゃのお菓子かー」

 

 少し遠慮しつつも納得したのかアッシャーからも同意が得られた。テオは嬉しそうに笑い、そんな弟の髪をアッシャーは撫でる。

 そんな2人に恵真は過去の聖女が伝えたというこの時期にかぼちゃを食べる由来となった冬至の話をする。

 

 「私の国では冬至っていう風習があってね」

 「トージ、ですか?」

 「おんなじ風にかぼちゃを食べるのよ。かぼちゃにはビタミンやベータカロテンに食物繊維が入ってるし、免疫効果を高めるの。だからこの時期にはぴったりなんだよ」


 冬至は一年で最も昼が短くなり、夜が長くなる日である。

 そもそもは「ん」のつく食材がいいという話だったのだが、いつのまにか「かぼちゃ(南京)」が定着した。ゆず湯に入るなど、そういった季節の風習は未だ恵真の時代にも残っている。

こちらの世界にも形は違えど、冬至やお歳暮の文化が伝わっていったのだろう。


 「じゃあ、聖女さまの教えは本当なんだね」

 「そうね、きっと皆のために教えてくれたのね」

 

 そう言いながら、冷蔵庫に用意したかぼちゃ料理を確認する。

 4種類ほど作ったその料理はもちろん、喫茶エニシのプレート料理としても出す。

だがそれをアッシャーとテオに持たせるつもりだ。恵真はオードブルのように詰め合わせようと考えていた。

 拙い恵真の嘘だが、純粋な2人にはバレていないようだ。安心した恵真は仕込んでおいた料理をお客さんに提供するタイミングを考えるのだった。



 今回、恵真が用意した料理は全てかぼちゃを使ったものだ。

 同じ材料を使っているため、食感や組み合わせなど飽きの来ないように工夫した。同時にかぼちゃ特有の固さが大きな問題だった。

 来客分のかぼちゃを切るのは一苦労だし、薄く切るのならばなおさらだ。

 そこで今回恵真はかぼちゃを電子レンジで温めた。柔らかく蒸し上げることで、かぼちゃの甘みが引き出され、同時に調理もしやすくなる。

 1つの料理は温めたかぼちゃを切り分けて使ったが、他の料理は潰してペースト状にした。そのことで、3つの料理を作りやすくしたのだ。


 「そろそろお客様が来る時間帯ね」

 

 最初の料理は蒸して切り分けたかぼちゃをココット皿に入れて、ホワイトソースを上にかけ、チーズとパン粉を乗せる。それを焼き上げて完成するのがかぼちゃのグラタンだ。

こちらもかぼちゃを潰したものでも楽しめるのだが、食感の変化が欲しいので蒸したまま一口大に切り分けたものを使った。

 次に恵真は油を温めだす。冷蔵庫の中には冷やしておいたかぼちゃのコロッケのタネがあるのだ。それに小麦粉をはたき、卵とパン粉をつけて適温になった油の中に滑り込ませる。

 きつね色に揚がったかぼちゃコロッケをそっとすくい上げ、バットに乗せる。油を切っている間に、次の料理だ。

 

 「いらっしゃいませ、こちらにどうぞ」

 「今日のプレート定食はなんだい?」

 「今日はかぼちゃ料理なんですよ」

 「あぁ、そりゃいい。聖女さまが体にいいと勧めたんだ。今の時期にはちょうどいいな」


 潰したかぼちゃと温めてから冷ました牛乳、スライスした玉ねぎを炒めたものをミキサーにかける。それを丁寧にこし、塩コショウと粉末コンソメを加えて温める。これはかぼちゃのポタージュスープである。提供するときには上に、クルトンと生クリームを乗せた。

 そしてもう1品はデザートとなるかぼちゃプリン。卵と牛乳と生クリーム、砂糖とペースト状にしてなめらかにしたかぼちゃで作り、冷やしておいたものだ。型に香ばしいカラメルを敷き、蒸しあげたプリンはかぼちゃがたっぷりと入り、色合いもかぼちゃそのものだ。


 かぼちゃばかりの4品だが、それぞれに見た目はもちろん味や食感が違う。それにいつものパンを添えて完成だ。冬に摂ると良いと聖女が伝えたかぼちゃ料理のプレート定食はきっと喜ばれるだろう。

 アッシャーに運ばれていく定食のプレートを見ていた恵真はドアがそっと開いたことに気付く。ちらりと見える銀の髪、そこから覗く深い緑の瞳の持ち主は恵真が知る限り、一人しかいない。

 約束を守ってくれた元王宮魔導師に恵真は手招きして店の中へと入るように促すのだった。



*****

 


 「こんなに頂いていいんですか?」

 「うん。ほら、残っても私と祖母の2人っきりだし余っちゃうからね」

 「……そうなんですね。いつもありがとうございます」

 

 嘘がバレやしないかとぎこちない言葉を綴る恵真だが、アッシャーは笑って用意した料理を受け取ってくれた。

エコバッグの中には小さな手紙と祖母の作ったマフラーの包みも入っている。中が見えないようにしたため家に帰り、袋を開くまでは気付かないだろう。

 祖母の編んだマフラーは2人に似合うはずだ。

だが、同時に兄弟や母であるハンナの負担にならないかとも恵真は思うのだ。その点は祖母である瑠璃子も気にしていたようだ。

 そんな思いを抱く恵真に、テオが照れながら何かを差し出す。


 「これね、僕とお兄ちゃんが描いたんだ。エマさんだよ」

 「その、上手ではないかもしれないんですけど! でもリアムさんやバートも手伝ってくれて、だからその、」


 テオが差し出したのは1枚のはがきサイズの絵だ。

 そこに描かれているのは黒髪黒目の女性が笑う姿、喫茶エニシで働く恵真であろう。そして絵には「いつもありがとうございます」そんな言葉が丁寧に綴られている。


 「リアムさんが綺麗な紙やインクを用意してくれてね、バートも応援はしてくれた。あと、文字はお兄ちゃんで絵はね、僕が描いたんだよ」

 「えっと、あくまで気持ちというか。日頃の感謝を伝えたいなって思ったんですけど、僕ら出来ることってそんなにないし、エマさんは色々持ってるかなってわかってるんですけど……エマさん?」


 恵真の目からはぽろぽろと涙がこぼれる。

 驚くアッシャーとテオだが、恵真の表情からそれが喜びによるものだとわかったのだろう。お互いに目を合わせ、アッシャーは照れながらテオは嬉しそうに笑う。


 「ありがとう。素敵なものを貰ってびっくりした」

 「エマさんにびっくりしてほしくって内緒にしてたんだよ。でも秘密にするのってすっごくドキドキするね」


 おそらく、リアムやバートと共に兄弟は恵真を驚かせようと秘密にしていたのだろう。そしてその計画は大成功を収めた。

 涙で頬を濡らしたまま、恵真は手渡されたその絵を見て2人に尋ねる。


 「この絵、お店に飾ってもいい?」

 「え! これをですか。えっとでも、」

 「凄いね、お母さんに報告しよう」

 「じゃあ、決まりね」

 

 誇らしげに胸を張るテオと困ったようにだが嬉しそうに笑うアッシャーの姿に、恵真はくすくすと笑う。そんな彼女の手にした紙の中で、同じように微笑む恵真の姿がある。

 灰色の空からはちらちらと雪が舞い落ちる。だが、ここ喫茶エニシはいつも以上に温かな空気に包まれていた。



*****



 家に戻ってきた息子たちが持ってきた荷物の重さにハンナは驚く。だがそれ以上に嬉しそうに2人から伝えられた話に驚くことになる。


 「え、飾るってお店に飾られるの?」

 「うん、そうだよ。お店に飾ってもいい? って聞かれたんだ」

 「俺も驚いたんだけど、エマさんからそう言ってくれたんだ」

 「そう、そうなのね」

 

 息子たちが懸命に描いた絵だが、幼く拙いものでもある。

 それをどう受け取るかは相手次第だ。

 母であるハンナはその姿を見ていたが、同時に不安にもなった。もし、恵真に喜んで貰えなければ2人が傷付くのではないかという懸念があったのだ。

 だが、それは杞憂であったらしい。懸命に描いた拙い絵を恵真は喜び、その頬には涙が伝ったという。そしてそれを店に飾るとまで言ってくれたのだ。

 

 「お母さん? どうしたの」

 「テオ。エマさんに貰った料理の準備をしよう」

 「う、うん」


 母である自分以外の者にも息子たちは愛されている。夫ゲイル亡き後、1人で息子たちを育ててきたハンナにとって、それは何よりも嬉しいことだ。

 涙を堪えたハンナの元に手編みのマフラーを持った息子たちが訪れるのはあと数分後。そのとき、ハンナの堪えていた涙も不安も一気に零れ落ちるのだった。


 



 翌日、喫茶エニシのドアを開け、中に入ったテオは嬉しそうにアッシャーの袖を引っ張る。テオの指さした方向には額縁に入った1枚の絵があった。

 それは2人が描いた恵真の姿、きちんとした額に入ったその絵は昨日よりもどこか立派に誇らしげに見える。

 嬉しそうにだが気恥ずかしさもありつつ笑う2人の姿に恵真も微笑む。

 彼らの首元には祖母が編んだ赤と青の色違いのマフラーが巻かれていたからだ。

 今日もまた雪が降る。暖かそうなマフラーはこれからも寒さから2人を守ってくれるだろう。

 

 

 

 

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