92話 冬至の贈り物
息が白くなるような寒い日だが、喫茶エニシは温かな空気に包まれている。
それは魔道具エアコンの効果だけではないだろう。そんな空気に惹かれたのか今日はバートとアメリアが訪れている。
「かぼちゃ料理ですか?」
買い物中に喫茶エニシに寄ったアメリアは温かな緑茶を飲みながら頷く。バートもいつものハチミツ入り紅茶を飲みながら頷いた。
「そうさ、この寒くなる季節にかぼちゃを食べると健康にいいってとある聖女さまがおっしゃったそうでさ。この時期はどこの店もかぼちゃ料理を出すんだよ」
「12月にかぼちゃ、それは冬至では?」
「え、なんのことっすか?」
「いえ、こちらの話です。そんな風習があるんですね」
冬至にかぼちゃを食べるといいという風習が日本には残る。かつて、日本から向こうの世界に渡った恵真の祖先がそれを伝えたのだと恵真は感慨深く思う。
そんな恵真にテオがもう一つこの時期の風習を教える。
「冬にね、いつもお世話になった人に贈り物をするんだよ」
「え、それはクリスマス?」
アッシャーと食器を片付けていたテオは、恵真の言葉に小首を傾げた後、その首を横に振る。そんなテオが持っていた食器を受け取ったアッシャーは恵真に補足する。
「それはわからないんですが、大事な人やお世話になった人に感謝を伝える行事なんです。これも聖女さまの教えだって言われてます」
「そうそう、だけど今年の末までにしなきゃならないっすけどね」
「年末までに送る贈り物、ですか」
「その聖女さまのお生まれになった国での風習だって聞いたね。まぁ、この世界には女神さまや聖女さまのお話が残ってるわけさ」
やはりクリスマスなのではないかと思った恵真だが、バートとアメリアの言葉でそれが何なのかピンとくる。
日本独自の年の瀬に贈り物をする風習、それはお歳暮であろう。異世界であるマルティアの街に冬至やお歳暮という日本の文化が残っているのを驚く恵真だが、どこか親しみも沸く。
裏庭のドアの向こうへと行ったことのない恵真だが、彼らの世界にはあちらへと行った恵真の祖先たちが文化や知恵、風習を残しているのだ。
「そういえば女神さまと聖女さまって違うんですか?」
「あぁ、そこからっすよね。この世界を作られたのは黒髪黒目の女神さまだと伝えられてるんす」
「この国を作った……?」
「まぁ、伝承とかそういうもんすね。で、そのあと女神さまのご意思でこの世界に黒髪黒目の女性も来られるって考えなんすよね。その方々を聖女さまってお呼びしてるんす。てか、トーノ様のお生まれになった国はそうじゃなかったんすね。この周辺は大体そんな感じなんすけど」
「そ、そうなんですか。へぇー」
バートの言葉に慌てる恵真だが、女神と聖女の違いの説明はまだ続く。今度はアメリアも恵真に説明をしだしたのだ。
「教会は数年に一度聖女さまを自分たちで選定し出してね。といっても、ただ地位の高い家のお嬢さん方なんだけどさ、教会の儀式になんかには参加してそれが名誉に繋がるとかなんとか言ってるよ。まぁ、お飾りだね」
「ちょ、アメリアさん!」
「いいじゃないか。他に誰もいないんだし」
「アッシャーもテオもここだけの話っすよ!?」
そんなバートの言葉にアッシャーとテオもこくりと頷く。教会への非難と取られかねない言葉は使わない方がいいことを2人は既に知っていた。
ディグル地域には信仰会の集会所がある。聖女を選定し出した教会に困惑する信仰会の人々の姿を見ていたのだ。
問題発言をしたアメリアは気にした様子もなく、じっと恵真の姿を見つめる。
「始めこそ驚いたけど、お嬢さんは女神さまとか聖女さまってガラじゃないね。お生まれはどうか知らないけど、気立てのいいお嬢さんだもんねぇ」
「ははは」
「まぁ、どちらにせよ黒髪黒目は信仰の対象になるんだ。怖い奴らに捕まらないように十分気をつけな。バート、お前さんもこの子らを守ってやりなよ?」
教会への不信と取られかねないことをアメリアが口にしたのは、女神と聖女に関する情報を持たぬ恵真を案じたためであろう。
魔獣であるクロやリアムたちがいるとはいえ、恵真の安全をより高めるには当人の意識も大切だとアメリアは考えたらしい。
「もちろんっすよ。オレらもクロ様もいるんすから」
「うん、クロさまがいれば安心だよね」
「クロさま可愛いし、魔獣だもんな」
「いや、そうなんすけど。オレも……なんでもないっす」
2人の厚い信頼に任せろと言わんばかりにクロは胸を張る。
そんな姿が愛らしく恵真はくすくすと笑うが、他の人々は魔獣であるクロのその姿に頼もしさを感じるのだった。
*****
「出来たわ! ほら、見て恵真ちゃん。可愛いでしょう?」
「うわー、いいね。素敵な色合い」
「でしょでしょ?」
完成したのは赤と青のマフラーだ。以前から編んでいたそれがついに完成したのだ。もっちりとしたアラン模様の入ったマフラーは、ふんわりと柔らかい。
「アッシャー君とテオ君にどうかなって思ったんだけど、ハンナさんにご迷惑になるかしら?」
「大丈夫だよ。今日、聞いたんだけどこの時期に贈り物をする習慣がマルティアにはあるらしいの。日頃、頑張ってる2人にって贈ればいいんじゃないかな」
恵真の言葉に祖母はほっとしたような表情になる。
以前からクロにちょっかいを出されながらも編んでいたマフラーはアッシャーとテオのためのものだったらしい。
時間をかけ、丁寧に編んでいた祖母の姿を見て、恵真はあることを思い出す。
幼い頃、恵真もマフラーを祖母に編んでもらったことがある。
その頃はただマフラーへの喜びだけでそこに込められた細やかな愛情には気付くことは出来なかったのだ。
嬉しそうにマフラーを手にする祖母の姿に、あらためて感謝の気持ちが込み上げてくる恵真であった。
*****
「で、君も何かを2人に送りたいと。別にいらないんじゃない?」
「えぇ、どうして。だってそういう風習があるんでしょ」
喫茶エニシに訪れたオリヴィエに温かな紅茶を出した恵真は、アッシャーとテオに渡す贈り物のアイディアを同年代のオリヴィエに聞いた。
アッシャーとテオは休憩時間中で、少し離れた場所で笑いながら食事を摂っている。自分の近くに寄り、小声で話す恵真を面倒くさそうにちらりと見たオリヴィエは肩を竦める。
「少なくともボクはしたことないし」
「オリヴィエ君はまだ10代だし、仕方ないよ」
「……」
実のところハーフエルフで齢156になるオリヴィエは気まずそうに紅茶を口にする。そのことをここ喫茶エニシの人々は知らないのだ。
だが、恵真としては兄弟と同年代の知り合いなどオリヴィエしかいない。なんとしてでも有益な情報を聞き出したいと必死だ。
「じゃ、じゃあ貰ってうれしいものは?」
「入手困難な魔導書かな」
「そう、聞いた私が間違ってた。アッシャー君やテオ君は何が欲しいんだろうなぁ」
その言葉に緑の目をした魔導師は美しい目を恵真から兄弟へと向ける。
オリヴィエの答えは一般的な子どもの答えではないため全く参考にならない。聞く相手を間違えたと思う恵真に、オリヴィエはさらに追い打ちをかける。
本当に恵真が聞く相手を間違えたと思うのはこれからだ。
「じゃあ、直接本人に聞けばいいんじゃない」
「え、ちょっとオリヴィエ君?」
「君たち、何か欲しいものはないかってこの子が聞いてるんだけどさ」
手招きするオリヴィエに食事を終え食器を片付けていた2人が、こちらへと向かってくる。
直接聞けば確かに本当に欲しいものか迷惑にはならないものが贈れるだろうと、仕方なく前向きな考えに切り替えるのだった。
「僕たちは母に日頃の感謝を伝えて、家の手伝いをします」
「いつもしてるけど、いつも以上に頑張るんだよ」
「そっか、贈り物っていうけど物に限らなくってもいいものね」
欲しいものに関しては特にないという2人だったが、贈り物の話になると母ハンナへの贈り物を教えてくれた。2人の言葉に恵真は自分に出来る最適な贈り物があることに気付く。
この時期にはかぼちゃ料理を食べるという。日頃、世話になっている2人にかぼちゃ料理を作ろうと恵真は考えたのだ。
「じゃあ、私は日頃の感謝を込めて、かぼちゃ料理を作ろうかな」
「ご苦労なことだね」
「え、オリヴィエ君の分も用意するからね」
「は?」
「皆でご飯を食べるのは夏以来だね」
恵真の言葉にアッシャーとテオも目を輝かせ、嬉しそうに笑う。
そんな姿を前に、参加しないとは言えなくなったオリヴィエは肩を竦めて、窓の外を見る。
灰色の空からは白い雪がちらちらと舞い降りてきた。紅茶を一口飲んだオリヴィエは楽しそうなアッシャーたちの姿を見つめ、無意識にかすかに口元を緩めるのだった。
「バレてないよな」
「うん、多分大丈夫じゃないかな」
話す言葉が白い息となる中を、アッシャーとテオは歩く。
空から降ってきた雪は地面に落ちればすぐに消える。今日は積もることはないだろう。
「オリヴィエのお兄さんが話しかけてきたときはびっくりしたよね。こっちの話が聞こえてたのかなって思ったもん」
「うん。内緒にするのってドキドキするな」
空からは雪が次々と舞い落ちる。
恵真には言えない秘密を抱えながら、アッシャーとテオは母が待つ温かな部屋へと足を急ぐのであった。
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